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第72話.純花の贈り物

 


「すごいわ純花。犀角って本当に貴重なの。若晴も一度しか見たことがないって言ってたわ」

「まぁ、若晴氏が?」


 目を輝かせて大喜びする依依に、純花もまたにっこりとしてしまう。


 依依の育ての親であり、武術の師である若晴の話は、純花も依依から聞いていた。

 もともとは思悦の乳母だった若晴は、他にも野菜や薬草の育て方など、あらゆる生活の知恵を依依に叩き込んだ人物である。


「犀角というだけで貴重なんだけど、特に烏犀角と呼ばれる黒い犀角はあらゆる毒に効くとまで言われてるのよ」

「お姉様ったら、博識だわ」


 こんなに喜ばれるとは思っていなかった純花は、頬を緩めてにまにましてしまう。


 一応、持ってきた商人からも説明は受けていたのだが、純花はよく聞いていなかった。

 大事なのは、犀角がとにかく貴重で、皇族であってもなかなか手に入らない代物である――という点だったのだ。


(他の妃嬪たちに先を越されなくて、本当に良かったわ!)


 許可なく依依を姉呼ばわりし、好き放題に宮殿に呼びつけているという瑞姫に、純花は敵対意識を持っている。

 瑞姫は簪集めが趣味だと知っていた純花は、敢えて依依への贈り物に簪を選ぶことにした。宣戦布告というやつである。


(それとなく仙翠あたりの耳に入れて、たっぷり悔しがってもらうんだから!)


 嫉妬というには可愛げのある企みに、当然、犀角にはしゃぐ依依は気がついていない。

 そして依依が、簪を装飾品としてではなく薬の材料としてためつすがめつ眺めていることに、純花も気がついていないのだった。


「お姉様にはこの黒いほうをあげるわね。わたくしはお揃いの白いほうを使うから」

「ありがとう、純花!」


 美しくすれ違う二人。

 見守る明梅だけは察していたが、無論、しっかりと口を噤んでいる。


「そうだった。私からも純花に贈り物があるの」

「贈り物! 何かしら?」

「菖蒲よ。花湯に使ってもらおうと思って」


 市には花屋も出入りしていた。そこで選んだものだ。

 純花は嬉しげに顔を綻ばせる。すぐにでも贈り物を渡したくなる依依だが、残念ながら手元に品物はない。


「今は屯所に置いてあるから、今度……そうね、仙翠さんにお願いして届けてもらうわ」

「嬉しいわ……! 届くのが楽しみね!」


 朗報を聞き、純花は跳び上がらんばかりに喜ぶ。

 折しも、ちょうど季節は端午の節句。魔を祓うとされる菖蒲湯は、実は薬草としても優れている。贈り物として相応しいだろうと選んだ依依だった。


 純花の喜びようを見て、密かに胸を撫で下ろす。


(良かったぁ。これならきっと、()()()()()()()()()()()()


 ……というのも依依は、二人の妹に同じ贈り物を選んでいた。

 基本的に食べることにばかり興味が向く依依だから、最初は菓子の類いがいいと思ったのだが。


(食べ物を持ち込むのは仙翠さんたちが許さないだろうし)


 神経質になっているという恋華宮の女官たち。そこを、敢えて刺激するような真似はしたくない。

 しかし飲食物を抜きとすると、後宮で雅やかな生活を送る彼女たちが、どんなものを喜ぶのかさっぱり分からなかった。


 詳細をぼかして相談したところ、同期の涼に「花でも贈ってみたら?」と言われ、花湯という贈り物を思いついたのだった。


「それじゃ私、そろそろ行くわね」


 名残惜しいが、そろそろ帰らないといけない。

 しかし呼びかけた瞬間、近づいてくる複数人の足音を、依依の耳が拾う。


 依依は顔を強張らせると、さっと室の入り口に目を走らせた。


「お姉様、どうしたの?」

「誰か来たみたい」

「えっ。どなたかしら?」


 あまり客人のない灼夏宮だから、純花も驚いている。

 この足音には聞き覚えがある。だが、なぜ彼女が訪ねてきたのだろうか。


(……って、それどころじゃないわね)


 依依の顔を見られるのは得策ではない。

 今さら出て行っても鉢合わせになる。しかし鎧を着ているので、どこかに身体を折りたたんで隠れるというのも難しい。


 すると明梅が、すすっと部屋の隅を指し示した。

 というのも衣架には、大量の衣服が吊るされている。裾が長い華美な服が多いので、確かに隠れ場所としては最適である。


 見れば純花もこくこくと頷いている。

 許可を得た依依は、鎧をなるべく鳴らさないよう気をつけつつ、素早く布の中に入り込む。


 しゃがみ込んだ依依の全身が、柔らかい布の感触に包まれたときだ。


「……ごきげんよう、樹貴妃」


 硬く挨拶する純花の声が聞こえてきて。

 布地の間から、こっそりと依依が見ると……礼をとる純花の前に、微笑む桜霞の姿があった。




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