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【書籍③発売中】後宮灼姫伝 ~妹の身代わりをしていたら、いつの間にか皇帝や将軍に寵愛されています~【コミック③5/7発売】  作者: 榛名丼
第二部

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第60話.甘味に釣られて

 


 文にはいつでもお待ちしているとあったので、依依は翌日には冬潮宮(トウキョウキュウ)を訪ねることにした。


 初めて訪れる宮ではあるが、恋華宮や灼夏宮に比べても、やや地味めな内装という印象だ。

 だがそれも、この宮殿の主のことを思えば不思議ではない。彼女は、自身も妃嬪らしく華美に着飾るのを好まない性質だ。


 林杏を連れて応接間へと案内された依依は、そこで待ち受けていた人物に頭を下げる。


「潮徳妃、こんにちは」

「はい……またお目に掛かれて本当に、嬉しいです……」


 相も変わらずぼそぼそと聞き取りづらい声で喋る桂才だが、その頬はうっとりと紅潮している。

 やや不気味な様相ではあるが、依依は深くは突っ込まない。また竜脈がどうのこうの訥々と語られても困るからだ。


(にしてもやっぱり、一目で私だって分かってるのね)


 魂の色を見分けられる、と口にしていた桂才。

 彼女は自力で、純花の身代わりを演じる依依を見破ってみせた。その能力はやはり本物のようだ。

 席を勧められた依依は、さっそく切り出してみる。


「潮徳妃。実はこちらに伺ったのは、瑞姫様についてご意見をいただけたらと思いまして」


 得心がいった、というように頷く桂才。


「幼い皇妹殿下の症状に、呪いが関係しているか……でしょうか?」


 さすがに察しがいい。


 桂才の女官が、茶器に茶を注いでいく。

 透明な黄色の茶から湯気が立つ。香りからして茉莉花茶だろう。


 それで唇を湿らせた桂才が、ゆっくりと口を開き直す。


「結論から、申し上げますと。皇妹殿下は、誰かに呪われたりはしていませんね」


 依依の予想通りの言葉だった。


 以前にも桂才は、紅桃によって陥れられた純花を救おうとして、灼夏宮の周りに呪符を貼りまくったという過去がある。


 結果はともかくとして、損得は考えずに誰かを救うために行動する人だ。

 もしも瑞姫が呪われているなら、桂才は恋華宮にもぺたぺたと呪符を貼っていたはずだが、そんな話はどこからも聞こえてこなかった。


「無論、呪いにも満たない恨みや嫉みの気配は、恋華宮からも感じられます。が、その程度であれば、どの宮でも大なり小なり、漂ってくるものですから」

「では瑞姫様は、やはりご病気なんですね」

「そうですね……。あの方も黄竜の血が濃い方。気を弱らせて病を得たわけでは、ないでしょう」


 つまり瑞姫の症状は精神的なものではなく、身体の不調を来してのもの。


「お役に立てず、申し訳ありません」

「とんでもない。助かりました、潮徳妃」


 実際に、桂才の話はかなり参考になった。

 本人はやや変わった気風の人だが、ほしい情報は十分に得ることができた。


「では、私はこれで」

「噂で」


 立ち上がろうとした依依は、そんな言葉に押し留められ座り直す。


「――聞きました。清叉軍将軍と一緒に、皇妹殿下の下に通われている、とか」

「ええ、まぁ。瑞姫様の話し相手を務めるようにと、陛下からお話しがありまして」


 桂才もすでに知っていたらしい。


 実は今日も、朝餉のあとに依依と宇静は恋華宮を訪ねていた。

 瑞姫から昨日の非礼について謝りたい、とわざわざ申し出があったからだ。

 やはり具合は悪そうで、起き上がることもできない彼女とは二言三言交わし、その場を辞したのだが。


(後宮って本当に、噂が出回るのが早いわね)


 しかしその理由が、身代わり生活を送った今は依依にも理解できる。

 後宮に住む妃や女官が、常に異変に敏感なのは、降りかかる火の粉を避けるためというだけではない。

 娯楽がないからこそ、起伏や変化を求めるのだ。彼女たちは他人の噂話を楽しみ、日々の糧としている。


 だから依依は、そこまで驚かなかったのだが。

 桂才の話には続きがあった。


「一部では灼賢妃と将軍閣下の関係を、危ぶむ声もあるようです」

「は? 私と将軍様の仲、ですか?」


 よく意味が分からない依依は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 桂才は細い眉を下げつつ、続けた。


「……お二人が男女の関係なのでは、と」


 飲んでいた茉莉花茶を、依依は危うく噴きそうになった。


(な――なんですってっ!?)


 依依と宇静が、男女の仲?

 それはつまり、それはつまり――そういうことなのか?


「そ、そんなのただの噂です!」

「もちろん私には、分かっています」


 真っ赤になって否定する依依に、桂才が大きく頷く。

 その目はやたらとぎらぎらしている。研がれた刃物のようだ。


「でも、どうかお気をつけて。将軍閣下は特に黄竜の血が濃いのです」

「思いっきり疑ってるじゃないですか!」


 非難の色濃く指摘する依依だが、桂才は不安そうな表情だ。


 まさか桂才と、こんな話をする羽目になるとは。

 慣れない色恋絡みの話でぐったりしつつ、依依は立ち上がろうとした。


「では、私はこれ」

(ファン)。例のものを準備して」


 が、再び桂才が依依の退室を阻止する。

 先ほどお茶を淹れていた女官が頭を下げ、部屋を出て行く。


「では、私は」

「実は」

「…………」


 三度も遮られ、うんざりする依依の耳に。

 その単語が飛び込んできた。



「――――杏仁豆腐をご用意しています」



(え……っ、杏仁豆腐!?)


 薬膳料理のひとつとして知られる杏仁豆腐。

 気管支などの症状に重宝がられる杏仁(きょうにん)はそれ単体だと苦いため、牛乳や桂花糖を使って苦みを消すという。

 辺境では牛乳や、それに高級品の砂糖も滅多に手に入る代物ではなかった。依依は若晴から教わった杏仁豆腐なる食べ物がどんなものか、思いを馳せていたものだった。


 しかし今、桂才はその杏仁豆腐を用意していると言う。

 そんなことを言われてしまっては――、依依はこう返すしかできない。


「ありがたくちょうだいします」

「灼賢妃!」


 林杏に袖をぐいっと引っ張られても、依依の気持ちは揺らがない。


「いけません! 妃ともあろう者が甘味に釣られて!」

「林杏の分も用意しています」

「な、なぜあたしの名前を……っ」


 林杏が震えている間に、芳と呼ばれていた女官が戻ってくる。


 銀の盆の上に並んでいるのは、菱形に切られた、見るも涼しげな白い寒天。

 依依は目を瞠る。その上に、なんと赤紫色の桜桃まで載っていたのだ。


(豪華だわ!!)


 歓声を上げたい気分になりながら、依依は遠慮せず匙を手にする。

 ぷるぷると震える寒天をすくい上げ、口の中に運ぶと、舌の上で甘さが爆発する。


「甘いっ! 甘くておいしいわ……!」


 もはや、どこが薬膳料理なのか。脳を蕩かす凶器じみたおいしさである。

 ほっぺたを押さえて身悶えしつつ、依依はさらに二口、三口と味わう。


 そんな依依の横で、林杏はばつが悪そうな顔をして黙っている。


「林杏ももらったら? ほら、だって林杏の名前には杏が入っているじゃない?」

「意味が分かりません……」


 上機嫌の依依は、ほらほらと林杏にも勧める。

 せっかく桂才が用意してくれたのだ、林杏にもしっかりと極上の味を知ってほしいものだ。


「遠慮することないのに」

「だから、あたしは別に」


 目を背けながらも、林杏は卓上の杏仁豆腐の存在を明らかに意識している。

 そこで依依は気がついた。


(そっか。明梅が居ないのに抜け駆けできないと思ってるのね)


 幼い頃から共に灼家で働いてきた林杏と明梅には、強い絆がある。

 明梅に隠れて高級甘味を味わってはいけないと、林杏は必死に我慢しているのだ。


「ご安心を。留守番中の明梅の分を含め、お土産用の杏仁豆腐も用意しています」


 そこに、桂才が信じられない言葉を放つ。

 まさに至れり尽くせり。これにはさすがの林杏も目を見開いている。

 だが、やはり匙を手に取らないので、依依は彼女の匙で寒天をすくってやる。


「ほら、口開けて。おいしいわよ」


 それでも林杏は躊躇っている。

 だが、依依が引かないと理解したのだろう。やがて、根負けしたようにおずおずと口を開けた。

 小さな口で、匙の中身を頬張る。つり目がちな林杏の目元が、ゆるりと和む。


「……甘い。おいしいです」

「ね。ほら、あーん」

「じ、自分で食べられま――、うっ!」


 唐突に林杏が呻き声を上げた。


「林杏!? どうしたのっ」

「今……突然、胸に痛みが走って……」


 はあはあ、と荒く息を吐く林杏の顔色はすっかり白い。

 匙を置いた依依は、林杏の背を優しく撫でてやる。心臓の疾患となると命の危険がある。

 灼夏宮で共に過ごしていた間、林杏にその兆候はなかったように思うのだが……。


「も、もう治まりました。大丈夫です」

「……そう? ならいいんだけど」


 ふと、依依は何者かの殺気だった視線を感じた。

 素早く顔を上げると、林杏のことを親の仇のように睨みつけていた桂才が、ふいと目を逸らす。

 しかも何か、人形のようなものを懐に隠し持っていたような。


(…………え、まさか)


「潮徳妃。今、林杏を呪ったりしました?」


 ふるふるふる、と首を横に振る桂才。


「呪ってません」

「本当ですね?」


 依依に嘘は吐きたくなかったのか。

 無表情の中に、桂才はとたんに困惑を浮かべる。


「呪っては、いません」


()、って何!?)


 ちょっと変わっているけれど、基本的には無害な桂才。

 その認識は改めなければならないかも、と思う依依であった。




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新連載です→ チュートリアルで死ぬ令嬢はあきらめない! ~死ぬ気でがんばっていたら攻略対象たちに溺愛されていました~
短編を書きました→完璧超人シンデレラ
【コミック2巻】8月6日発売!
後宮灼姫伝C2

【小説3巻】発売中!
後宮灼姫伝3
― 新着の感想 ―
[一言] このエスパー後宮に置いといて良いのかよw というかこれファンタジーだったのね!?
[良い点] 作者様の、意外に変態を書かせたらとても文才があるところに惚れています。
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