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第34話.宮を飛びだして

 


「灼賢妃! 木刀を振り回すのはおやめください!」



 今日も灼夏宮では、素っ頓狂な悲鳴が上がっている。


 純花(チュンファ)付き女官である林杏(リンシン)が、子犬のように騒ぎ立てるのを、額の汗を拭いながら依依は振り返った。

 その弾みに、高く結っただけの赤い髪の毛が身体の動きに合わせて大きく揺れる。


「振り回してるわけじゃないわ。これは素振り、つまりただの訓練よ」

「上級妃が素振りする時点でおかしいのです!」


 そうは言われても、一日でも休めば身体は鈍ってしまうのだ。

 これでも背の高い木に隠れた中庭で、宦官にお願いして持ってきてもらった木刀をこっそりと振っているだけなのだから、依依としては譲歩しているほうだ。

 本来であれば、このだだっ広い後宮内を走り回って体力の維持に努めたいというのに。


(妃の身代わりって立場じゃ、許されないことだものね……)


 悲しくてしゅんとしてしまう。

 そもそも身代わりだろうとなかろうと、後宮内をむやみに走るのは主たる帝でも困難なのだが、そこのところはよく分かっていない依依だった。


(妃である純花は、毎日退屈だったんじゃないかしら)


 野山を駆け回り、獣と素手で格闘する生活を送っていた依依にとって、後宮での生活は信じられないほど窮屈なものだ。

 妃たちは様々な規則に縛られ、制限された暮らしを送る。

 広くて煌びやかな後宮といっても、自由に歩き回れるわけではない。


 林杏によれば、純花はほとんどの時間を灼夏宮で引き籠って過ごしていたらしい。

 呪われた妃とあだ名され、行く先々でひそひそと噂話をされれば、無理のないことだろう。

 しかも自身の宮殿内で不審な事件がいくつも起こったのだから、この場所でも気の休まることはなかったのかもしれない。

 依依は勘違いしていたけれど、ここは"家"と呼べるほどの温もりがあるところではなかったのだ。


 少しずつ純花の暮らしぶりを理解していくとともに、武官寮で彼女が見せていた屈託のない笑顔の理由にも、依依は近づけたような気がしていた。


 ――つい数日前のこと。

 純花を狙う犯人捜しをしたいと、依依は二人の女官に告げた。


 若干、事実とは異なるが、純花からの依頼だとも伝えている。彼女の居場所については宇静(ユージン)から口止めされているので、ただ信頼できる場所に身を潜めているとだけ明かしておいた。


 依依の目的を理解しているはずの林杏と明梅(ミンメイ)だが、積極的に協力してくれているかというと微妙だ。

 訊けば大抵のことには答えてくれる林杏だが、過去の事件については口が重く、あまり触れてほしくないように見えた。


 その理由は、妃に顔のよく似ただけの依依を、計りかねているからか。

 もしくは、他に何か理由があるのだろうか。


(潮徳妃の言葉の意味も、よく分からないままだし……)


 先日のお茶会で、謎めいた言葉を囁いた桂才(グイツァイ)

 彼女が口にした『二つの実』とは、いったいなんのことを指しているのか。


 桂才自身が何かを知っているのか。それとも……。

 考えていると、木刀を振る手はいつの間にか止まっていた。


 林杏と明梅。

 凸凹な身長差のある女官のことを、じぃっと依依は見つめる。


「な、なんですか?」


 不審げに林杏が眉を寄せる。

 明梅はその隣、いつも通り困惑した顔つきで、汗を拭う手巾を手にしている。


(……いや、まさかね)


 純花は、残った二人の女官のことを信用しているようだった。

 その可能性は捨てないにしても、確かめるのは最後の最後にしておきたい。そう思ってしまうのは、単なる姉の身勝手だろうか。


(ん?)


 ふと風に乗って、生き物の鳴き声が依依の耳に届く。

 一瞬だけ目を閉じて、風の流れる方向から位置を探る。

 確認が終われば、依依は足早に動きだしていた。


「あっ。ちょっと、灼賢妃っ?」


 木刀を軒先に置いて、さっさと灼夏宮を出て行く。

 まだ後ろから林杏が騒ぐ声が聞こえるが、連れ戻されると分かっているので立ち止まらない。


「あら……」


 桜の木の下で、何か小さなものが動いている。

 依依は、吸い寄せられるように近づいていった。




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