第33話.二つの実
「あなた、灼賢妃ではないですね」
探りを入れようとしていたのに、なぜか逆に探りを入れられてしまっている――。
衝撃を受けた依依だったが、動揺を隠して頬に手を当ててみせる。
「潮徳妃……? なんのことでしょう?」
知らぬ存ぜぬの態度を貫けば、ただでさえ細い瞳をさらに細めて、桂才は間近から見つめてくる。
彼女には妙な迫力があった。なぜか、ここに居るのが純花ではないのだと確信しているようにも見える。
(でも、純花は他の四夫人と折り合いが悪いのよね……? それなのに、こんなにあっさりとばれるものかしら?)
現に、桜霞や深玉は入れ替わりには気づいていないようなのに。
もしや――桂才こそ、純花をつけ狙う人物なのだろうか。
それならば、疑いをかけられた依依は狼狽えるわけにはいかない。
緊張と共に黙っていると、やがて桂才は小さく息を吐き、依依から顔を離した。
追及を諦めてくれたのか、とほっとする。
しかし桂才は、さらにぼそりと呟いたのだ。
「……小さな二つの実は、腐りかけていますよ」
「!」
「それでは、私は帰ります」
二言目は深玉たちにも聞こえるように放ったらしい。
桂才は連れてきていた女官を連れて、さっさと庭院を出て行ってしまう。
その背中を見送って、深玉がはぁと溜め息を吐いた。
「潮徳妃はいつもこうねぇ。すぐに帰りたがるんだから」
「でも、こうして参加はしてくださいましたもの」
深玉を宥める桜霞の声を聞きながら、依依ははっとする。
先ほどの桂才の言葉に、思い当たることがあったのだ。
小さな二つの実。腐りかけている。
――まさか。
(このお茶会では、女官による毒見が許されていない……)
その理由は、この茶会が淑妃・深玉が個人的に開いた会のため。
深玉付きの女官が供す食物や飲物を毒見するということは、深玉が毒を盛ると疑っているということになってしまう。
逆に言えば、茶会で何かが起きれば、全て深玉の責任になるわけで……だから何も仕掛けてこないだろうと考えていたのだが、桂才の言葉が正しいとするなら、依依は知らない間に腐った果物を食べさせられていたのかもしれない。
慌てて、目の前の長卓に置かれた皿を見やる。
惜しげもなく盛られた果物。その中から黄赤色の杏を持ち上げて、まじまじと観察してみる。
その結果、愕然とした。
(ぜ、ぜんぜん腐ってない……!)
――はて、と不思議に思いつつ、念のため他の果物も確認してみるがやはり異常はない。
しかも、ここに出されているのは全て干した果物ばかりだ。さすがに腐っていたら臭いで分かるだろう。
それに、よくよく冷静になって考えれば、依依は胃袋も丈夫なので腐った果物を食べたくらいでは腹も壊さない。
つまり、別に焦る必要はなかった。
「うふふ。今日の灼賢妃は食いしん坊さんですね」
桜霞に微笑ましげに見守られつつ、依依は検分したばかりの干し果物をぱくぱくと口に入れていく。
どれもやっぱり、とても美味しい。ちょっとお土産に分けてもらえないだろうか。
「……樹貴妃。ずっと思ってたのだけど、何かおかしくないかしらぁ?」
「何がでしょう、円淑妃」
「灼賢妃って、すっごく小食だったじゃないのぉ。こんなに食べるなんて、まるで別人みたい……」
依依はぎくっと身体を強張らせた。
「そもそも、運動も苦手だって聞いたことがあるわよぅ。あたくしの女官が、何もないところで躓く灼賢妃を見たのですって」
「まぁ……。でも、転んでしまうことくらい、誰にでもありますわ」
「でも去年の夏頃までだけで、五回くらい見たらしいのよぅ。それなのに舞台から落ちかけた女官を助けて、優雅に着地できるなんておかしいでしょう? やっぱり別人――」
依依はすっくと立ち上がった。
後ろを振り返ると、長い睫毛をばちんばちんと動かしながら激しく瞬きする。
(林杏! 明梅! 大変よーっ! どうか気づいてーっ!)
緊急事態があった場合に使おう、と取り決めていた合図だ。
桂才に入れ替わりを見破られたかもしれないし、何やら深玉にも疑われているようなので、これは十分に緊急事態だろう。
さり気なさの欠片もない合図に戸惑った林杏だが、一応近づいてきてくれる。
よしと頷いた依依は申し訳なさそうな顔を作りながら、あいたたたとお腹を押さえてみせた。
「すみません、円淑妃。私、食べすぎで腹痛を起こしてしまって……」
「まぁ……それだけばくばく食べていれば、そうなるでしょうねぇ」
「それでひとつだけ、お願いがあるんですが」
「あなたがあたくしにお願い? ふんっ、いったい何かしらぁ?」
ふんぞり返るように胸を張る深玉に、依依は「では」と意気込んで告げる。
「すっごく美味しかったので、蛋捲と干し果物をお土産にもらいたいです!」
「………………ついさっき、食べすぎで腹痛だって言ってなかったぁ!?」
再び言い争う二人に、桜霞は涙さえ浮かべて楽しそうに笑っていた。






