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第29話.入れ替わる姉妹

 


「楊依依。あなたの人生、わたくしにちょうだいな」



 艶やかに笑いながら、純花(チュンファ)は言う。


「いいですよ」

「だって、減るものじゃないじゃない。下っ端武官としての人生なんて、大したものじゃないけれど、その代わりあなたにはもうすぐ殺される哀れな賢妃の座をあげる。うふふ、悪い取引じゃないでしょう? 後宮の妃として、死ぬ前に贅を尽くした一夜の夢を見られるのだもの――って、え?」

「はい、いいですよ」

「……………………えっ?」

「欲しいならあげます」


 二人の間をそよそよと、春風が流れる。

 竹の葉が頭上で揺れる。太陽の光は背の高い竹林の合間から、こぼれるように降り注いでいる。


 表情が影になった純花は、ぎこちなく顔を引き攣らせていた。


「……本気で言ってるの? それともやっぱり、殺されるなんて話を信じていないだけ?」

「いいえ、信じます。灼賢妃は何者かに命を狙われ、脅かされている。後宮内では呪われた妃なんてあだ名をつけられて、皇帝陛下とも距離ができている。そうですよね?」


 純花が押し黙る。


「じゃあ……なぜ?」

「さっきあなたが、笑っていたので」


 迷いなく応じれば、純花はぽかんと口を開けた。


「……何よ、その理由。わけがわからない。いったい何を考えているの? あなた……」


 それにはうまく答えられず、依依は曖昧に笑った。


 誤解されることもあるが。

 楊依依は、決して親切で心優しい人間ではない。


 辺境で育った依依にとって、他者とのやり取りの多くは物々交換が基本であった。

 取引の内容に納得できないときは、首を横に振った。

 自分や若晴(ルォチン)の生活や健康を損なうくらいなら、誰かの助けを求める声を無視することもあった。

 恥ずかしいと思ったことはない。依依の手は二本しかないのだから、誰も彼もを救うことなどできはしないのだ。


 しかし純花の提示した取引に応じる理由は、あった。

 至極単純な理由だ。



(妹だから)



 生まれてすぐに引き離されたとしても、純花は依依の妹だ。

 だから、純花のことを助けたいと思っている。自分でも不思議だけれど、心底そう考えている。

 でも純花には話せない。だからこれは、依依の胸の奥に仕舞っておけばいい。


(灼賢妃だったときの純花は、苦しそうだった)


 春彩宴の日。

 出会ったときから、純花はたったひとりで泣いていた。

 丸まった小さな背中は孤独だった。切羽詰まっていて、逃げ場所を求めてもがいていたのだ。


 だから依依の居場所を手に入れることで純花が笑えるなら、それでいいと依依は思う。


「でも私は一応、灼賢妃の命を狙う輩について調べてみます。捕まえられるのがいちばんいいでしょうしね」


 あっけらかんと言えば、純花は眉を下げている。

 依依の居場所を欲しがりながらも、その表情は依依の身を案じているようで。


「……分かってるの? そのまま身代わりを続ければ、あなたが殺されるかもしれなくってよ?」

「平気ですよ。身体は頑丈なので」


 あまりに純花が不安げなので、依依はにっこりと笑顔で付け足した。


「それに何があろうと、棍棒さえ振ってれば大抵のことはどうにかなります」


(今は手元に、棍棒ないけどね!)


 大雑把な物言いに、純花は目を見開いていた。

 しかし、やがて――その表情が和らいで、彼女は少しだけ笑った。


 かと思えば慌てたようにそっぽを向き、「ふん!」と鼻を鳴らしている。


「……や、やれるものならやってみなさいよ」

「はい。やります。頑張ります」

「その代わり、し、死ぬのは許さなくてよ。ただの身代わりでも、死んだら寝覚めが悪いでしょう。そこのところちゃんと分かっているのかしら?」

「分かりました。死にません」


 いちいち真面目な顔で依依が応じると、純花もそのたび「うんうん」と満足げに頷く。


「それと灼賢妃。あなたのことを教えてほしいのですが」

「わたくしのこと?」

「普段、周りにどんな人たちが居るか。その人たちのことをどう思っているか。隅々まで、私に教えてほしいんです」

「……やっぱり、犯人は近くに居るの?」


 口にしながら、しゅんとしてしまう純花。

 誤魔化すことはせず、依依は答える。


「それはまだ分かりませんけど……でも、私ひとりでは調査に限界があります。だから、灼賢妃にも手伝ってほしいなと」

「わたくしが、手伝う?」

「灼賢妃と、私にそれぞれ見えるものを重ねたら、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれないでしょう?」


 まだ純花は躊躇いがちだったが、おずおずと頷いてくれた。


「そう、ね……依依の言う通りかもしれないわ」

「それとよろしければ私からは、最低限の身体の動かし方も教えましょう。太っちょなんて言われたら、女としての矜持に関わりますしね!」

「……あなたそれ、わざと言ってるのかしら?」


 未だ赤い額を押さえて、純花が頬を膨らませる。



 それから手頃な庭石の上に座って、依依は純花と話をした。

 日が暮れるまで二人で、ずっと話をしたのだった。




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