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第16話.宦官ではありません!

 


 それから、半刻ほどが過ぎて。


 命じられるがまま純花(チュンファ)の私室でお茶を淹れていた依依は、ふと顔を上げた。

 茶器を卓子(つくえ)の上に置いて、耳を澄ませる。


「二人、こっちに近づいてきてます」

「依依、耳がいいのね」


 感心したように息を吐く純花は、誰が近づいてきているのか知っている様子だ。

 純花が落ち着いているので、依依も警戒を緩めに待ち受けていると。


「灼賢妃、どうされたのです。勝手に春彩宴の会場を抜け出すだなんて!」


 足音と共に、甲高い子どものような声が聞こえた。

 何かと思えば、やって来たのは二人組の女官である。


「お腹が痛かったのよ。もう治ったけどね」


 いけしゃあしゃあと言う純花に、女官のひとりが「信じられない」というように天井を仰ぎ見る。


「皇帝陛下と四夫人の集う公式行事の場ですよ! それを――」


 しかしさらに文句を言い募ろうとしたところで、目を見開く。

 卓子の傍らに立つ依依と目が合った彼女は、絶句している。


 素知らぬ顔でお茶を啜っていた純花が、なんでもなさそうに言った。


「依依、紹介するわね。わたくしの女官の林杏(リンシン)と、明梅(ミンメイ)よ」


 林杏と呼ばれたのは、背の低い女官だ。

 輪を作るように、耳の横で髪の毛を結っている。

 目鼻立ちは整っているが、いかんせん目つきが鋭い。今も睨むように依依を見ている。


(手を出したら噛みついてきそうね)


 明梅と呼ばれたのは、林杏とは反対にひょろっと背の高い女官だ。

 朴訥とした印象で、林杏に比べ飾り気もない。化粧も、唇に紅をつけているだけだろう。

 先ほどから一言も喋らず、ただ依依のことを遠慮がちに見ている。


(こっちは、元気がなさそうな感じ)


 並ぶと背丈に差がありすぎて親子のようだが、年齢は二人とも十七、八歳くらいだろうか。


「初めまして」


 とりあえず言葉少なに挨拶してみる依依。

 明梅はぺこりと頭を下げてくれたが、林杏は得体の知れないものを見る眼差しを向けてくるだけだ。


「依依? 誰ですかこの人。新しい女官……ではありませんよね?」

「女官の格好をさせているけれど、依依は武官よ」


 あんぐりと林杏が口を開けた。

 もしかすると悲鳴を上げようとしたのかもしれない。しかしそこはさすが上級妃嬪つきの女官、大声は堪えたようである。


「ぶっ、ぶっ、武官……どうして武官が後宮に居るんですか!?」

「春彩宴の警備で、皇帝陛下が入れたのでしょ?」

「あたしはそういうことを訊いているんじゃありません!」


 林杏は真っ青な顔でぶるぶると身体を震わせている。


(おもしろいわ、この子)


 小さな女官の百面相を依依が興味深く見つめていると、純花はさらに林杏を追い詰めるようなことを言った。


「女顔で、しかもちょっぴりわたくしに似てるでしょう? だから連れてきたのよ。わたくしの身代わりにしようと思ってね」

「……っ!」


 もはや林杏は卒倒しそうだった。おもしろいを通り越してちょっぴり心配になってくる。

 しかし今は林杏より重要なことがあるのだった。


「灼賢妃。結局、身代わりというのはどういうことですか?」

「そうね。この子たちも来たし、そろそろ教えなくてはね」


 純花が目を細める。


 身代わりをしろ、と一方的に命じてきた純花だが、その理由については何度訊いても教えてくれなかったのだ。

 自分の女官が揃うまで待てとのことだったので、ようやく説明する気になったのだろう。


「あのね、実は――」


 しかし純花が言葉を呑み込む。

 何かと思えば、林杏が据わった目をして依依の正面に立っているのだった。


「少し足の間を広げてもらえる?」


 急な要求に、きょとんとする依依。


 何やら林杏は思い詰めたような顔をしている。

 純花を見ると頷かれたので、とりあえず言われた通りに両足の間を広げてみると。


「では、失礼」




 あろうことか。

 屈んだ林杏は、ぱんぱん――と大きな音を立てて、依依の股を叩いてみせた。




「――――――、」


 あまりの出来事に、目をむく依依。

 だがあくまで真剣にぱんぱんぱんぱんしていた林杏は、やがて手応えの薄い手のひらを見つめ、ほっとした様子で息を吐くと。


「なぁんだ、男といっても宦官じゃない! 宦官を連れ込んでいたのですね、灼賢妃!」


 などと元気良く言った。


 確かに(ひげ)も生えてないしね、女みたいな顔だしね、とかなんとか言っている林杏を横目に……少々現実逃避気味に、依依は思い出す。


 宦官については、若晴(ルォチン)手書き帖でも解説されていた。

 宦官と呼ばれる彼らは、男の大事な部分を切り落としている。だからこそ、帝の所有たる妃や女官が働く後宮にも出入りすることができるのだという。


 どうやら林杏は依依の股の間に、あると思ったものがなかったので安心したようだ。

 しかし小さな女官は、はっと我に返った様子で。


「――って、ますます大問題です灼賢妃! この宦官と二人きりで不埒な遊びに興じていたのですか……!?」


 ぽかんとしていた純花だが、見る見る頬が真っ赤に染まっていく。

 彼女は卓子(つくえ)をばしんと打って立ち上がった。その弾みに茶器が揺れたので、落ちないように慌てて明梅が支えている。


「不埒……って、そんなわけないでしょう?! 林杏、わたくしがそんな下品な女だと思ってるの!?」

「思っ……ては、いませんけど」

「なぜそこで言い淀むのよ!」


 純花は腹立たしげに、立ち尽くしたままの依依を指差した。


「というか、そもそも依依は武官なのよ。宦官ではないわ!」

「だけど、なかった――ありませんでしたよ、大事なものが!」

「ちょっと小さいだけかもしれないじゃないの!」

「なっ、なんて破廉恥なことを仰るのです!?」

「破廉恥はあなただわ! 男の股を何度も撫でさするなんて」

「なななっ、撫でさすってなんていません、叩いただけでしょう!」


 わあわあと年頃の少女たちが騒ぎ立てる。

 その間で明梅は、おろおろと視線をさまよわせている。


「…………です」


 え? と純花と林杏が、揃って呟く。

 二人が首を巡らせた先――呆然と立ったままだった依依は、低い声で告げた。



「私、女です」




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