番外編5.どっちが好き? (コミック3巻発売記念SS)
『後宮灼姫伝』コミックス3巻(最終巻)発売を記念してSSを書きました。
「――ねえ、お姉様って結局、どちらが好きなの?」
ある日の灼夏宮での出来事である。
何やら真剣な顔をした純花に問われた依依は、ぱちぱちと目をしばたたかせた。
皇太后より佩を授かったために、依依は武官でありながら後宮に入る許可を得ることができた。今日はその権限を行使して、久しぶりに純花に会いに来たのだ。
(といっても、自由に出入りできるわけじゃないけど……)
今日は飛傑の付き添いという名目で、後宮に入ることができた。
簡単な給仕なら依依にも行えるので、今は林杏と明梅も下がっている。二人は姉妹水入らず、応接間でお茶の時間を楽しんでいたのだが、そんなときに唐突に純花が放ったのが先の問いである。
「うーん……そうね。かなり悩ましいけど……」
「な、悩ましいけど?」
ごくり、と唾を呑み込み、純花は一心不乱に依依を見つめる。
腕を組んだ依依は考えに考えた末、答えを口にした。
「やっぱりお団子かしら」
なぜか純花は勢い余って、卓子に頭を打ちつけそうになった。
「ちょっと純花、大丈夫?」
「だ、大丈夫……じゃない。そうじゃなくて! お菓子の話じゃなくて!」
ぷりぷりと怒りだす純花に、依依はきょとんとする。
よく分からないながら指で示すのは、卓子に用意された色鮮やかなお菓子だ。
「えっ。月餅とお団子、どっちが好きかって話よね?」
「だから違うってば! わたくしが言いたいのは――」
しかし、そこで純花は勢いを失って黙り込んでしまう。
形のいい眉をぎゅっと寄せて、「むう……」と小さく唸る純花。そんな妹の頭を、結った髪の毛を崩さない程度に依依は撫でてやる。
「うーん。よく分からないけど……私が好きなのは純花ね」
「な、なに言ってるのよ、急に」
「なんだか純花が寂しそうな顔をしてるような気がしたから。違った?」
にっこりと微笑むと、純花は驚いたように目を見開いてから苦笑した。
「っもう……お姉様って本当に、勘が鋭いのか鈍いのか分からないんだから」
それから、ぼそりと呟く。
「お姉様がいつまでもそんな調子だと、わたくし、いつか背後から刺されるかもしれなくてよ……」
「! どういうこと、純花。何か身の危険を感じるような出来事でもあったのっ?」
それには肩を竦めるだけで済ませた純花は、焦る依依に構わずぬるくなったお茶を飲む。
しかし依依は落ち着いてはいられない。今の発言の意味を正確に聞きだそうとするのだが、そこに扉の外から客人の来訪を告げる専属女官たちの声がかかった。
開く扉の向こうに立つのは、背格好のよく似た二人の美丈夫である。
「依依。お前も来ていたか」
「依依。そろそろ帰るぞ」
林杏と明梅にそれぞれ案内されてきた宇静と飛傑が、顔を見合わせる。
「……ほう、宇静。余が任せた仕事は終わったのか?」
「無論です。陛下こそ、他の四夫人が陛下が顔を見せないと寂しがっているそうですが」
さっそく小手調べのような言い合いを始める二人を前にして、純花は儚げな溜め息を吐く。
「――ね。わたくし、きっと近いうちに刺されるのだわ」
「だからそれ、どういうことなの純花! 純花ーっ!」
以前はわびしいほどの静寂に包まれていた灼夏宮は、今日も賑やかであった。