第141話.思いを馳せる
瑞姫に話したら彼女の兄弟まで筒抜けになりそうだし、桂才に相談を持ちかけたりしたら「悩みの種ごと消しましょう」とか言って、怪しい術を使いそうだ。皇帝相手にそんな真似をさせたら、彼女が罪人になってしまう。
(もしも私が宮城を去ったら、この二人にも会えなくなるのよね)
今だって毎日のように顔を合わせている、というわけではない。
だが、そもそも依依はただの平民である。出身が灼家だとしても、依依は北の寒村で走り回って生きてきたのだ。
殿上人である瑞姫や桂才、清叉軍の同僚たち。他の面々にも、二度と会うことはなくなるだろう。それを思うと寂しい気がしてくる。
まだ都にやって来て半年足らず。
しかしここで、依依は多くの人と出会い、言葉を交わしてきた。結ばれた縁は数多く、今すぐ純花を連れて後宮を離れられるとしても、きっと依依は戸惑ってしまうことだろう。
(それだけ、毎日が楽しかったってことよね)
事件だらけで、陰謀に巻き込まれて、それでもなんやかや楽しかったのだ。
おいしいものを食べて、ふかふかの布団で寝て、きれいな花を見て――今までの依依では知りようもなかった場所に、同じ顔をした妹がいる。
後顧の憂いを断つのは、依依が想像していた以上に簡単なことではない。
「なんだか眠くなってきました」
「今なら、いい夢が見られそうです……」
「……二人とも、寝ちゃだめですからね」
温泉で寝たら、それこそ風邪を引いてしまうだろう。
そう窘めたはずなのに、瑞姫も桂才も両の目蓋を閉じている。寝る気満々だ。
やれやれと呆れながら、依依は可憐な姫と、素朴ながら整った顔立ちの妃とを交互に見つめる。
(こういうの、両手に花っていうのかしら)
正しくは両こぶに花、だろうか。
そんなことを考えながら、依依はふわぁと欠伸を漏らし、同じように目蓋を閉じる。
温泉宮の屋根からは、ぴちぴちと可愛らしく囀る小鳥の声がしていた。
読んでいただきありがとうございます。
本日より新連載を始めました。もしご興味ありましたらそちらもぜひ。
(下にリンクを貼っております)