第139話.女三人まったりお風呂
「あら、お客様みたいです。どなたかしら」
これを受け、仙翠が迎えに行く。依依はこっそりと瑞姫に話しかけた。
「私、隠れたほうがいいですよね?」
武官を自身の宮に連れ込んでいた、なんて他人に思われるのは、瑞姫にとって望ましくはないだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。わたしに公に文句を言えるような人はあんまりいませんし、そういう失礼な人は、追い出せば済む話なので」
(おお)
力強い返答である。常日頃から穏やかな顔ばかり見せているが、やはり瑞姫は皇族の一員なのだと、依依は実感した。
仙翠に連れられてしずしずと入室してきたのは、芳を後ろに連れた桂才だった。
「潮徳妃!」
「皇妹殿下にご挨拶申し上げます」
膝を折って形式的な挨拶を述べた桂才に、瑞姫が首を傾げる。
「潮徳妃、どうしたの?」
「……それが偶然、室内から話し声が聞こえた、もので」
(いや、嘘ね)
徳妃に与えられた宮はここから遠い。偶然通りかかるということはないだろうし、そもそも桂才の息は上がっていた。
桂才は人型の呪符を用いて、いろんなところを歩かせたりしている。依依が瑞姫の宮に向かったと知り、慌ててやって来たに違いなかった。
「皇妹殿下、後生です。私も、依依様と一緒に、温泉に入らせていただけませんか」
瑞姫が伺うようにこちらを見る。
「潮徳妃は、私の秘密について知ってます」
「そうなんですね。もちろんいいですよ」
前半は依依に、後半は桂才への返答だった。
「ありがとうございます……!」
桂才は額づく勢いで頭を下げている。
必死すぎる態度に依依はさりげなく引いていた。
よくよく考えると、依依と温泉に入る許可を瑞姫が出すというのもおかしい。しかし細かく突っ込みを入れると、この二人相手ではきりがないような気もする。
(まぁ、いいか)
誰と入浴しようと、温泉は温泉である。依依は観念することにした。
◇◇◇
混浴温泉――ではなく、花湯や炭酸泉が楽しめるという区画に、依依たち三人はやって来ていた。
温泉から上がる時間に合わせて、厨房では夕餉の準備も進めてくれているらしい。
今日の夕餉はなんだろう、とわくわくする依依に、瑞姫が明るい笑顔で話しかけてくる。
「依依姉さま、お背中お流しします!」
「いえ、大丈夫です」
さすがの依依も気が引ける。皇族に背中を流させる武官とかどんなんだろう。
「お待ちください。依依様のお背中は、私が流したく存じます」
「だめですよ、潮徳妃。この役目だけはさすがに譲れませんっ」
「しかし私も、この日を夢にまで見ていたのです」
二人が背中を流す権利を争っている間に、依依はさっさと身体を洗い、ざぶりと温泉に浸かった。
「あーっ! 姉さま、ずるいです!」
気がついた瑞姫がぶーぶー言っているが、ずるいも何もない。あのまま決着を待っていたら、依依は風邪を引いていただろう。
なんだかんだ言いつつ、二人はお互いに身体を洗っている。泡だらけになった背中を流し合っている姿を湯気の向こうに眺めて、依依は熱っぽい息を吐いた。
洗い終えた二人も、ちゃぷちゃぷと湯に入ってくる。
「温泉、気持ちいいですねぇ」
「……ですね」
「はい、とっても」
三人で、恍惚の溜め息を吐く。
「依依姉さま。力こぶ、見せてください」
「こうですか?」
前にもしてやったように、ぐっと上腕に力を込める。それだけで瑞姫は大喜びしている。
全員、身体に巻いているのは一枚の薄着だけ。
のんびりと湯に浸かっていると、豪奢な衣装をまとっているときより開放的な気分になってくるものなのだろう。瑞姫は依依の曲がった肘に頭を載せるように、ぴっとりとくっついてくる。