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第122話.妃の登場


 根城にしている、小さな鍾乳洞にて。


 奥側の鍾乳石に腰かけた男は、にやにやと笑っていた。山中で妃らしい女と、それを守る武官を発見したという報告が入ってきたからだ。

 周りを囲んで指示を待つのは、全員が頭から布を巻いて顔のほとんどを隠した男たちである。


 合計して十八名。数名は清叉軍との衝突で命を落とし、捕虜にされた者もいる。

 その後も山奥で彷徨ったのか、清叉軍と交戦したのか。合流地点まで戻ってこない連中がいるが、知ったことではない。男にとっては、全員がただの捨て駒である。


 皇帝である飛傑が、温泉宮にて休養を予定している。

 その情報を仕入れたとき、これはまたとない好機だと男は奮い立った。


 宮城に留まる以上、堅固に守られる皇帝に手出しするのはほぼ不可能だ。

 だが移動中であれば、必ず付け入る隙が生じる。考えは的中し、男たちは見事、飛傑を警護隊から分断させることに成功した。


 おそらく妃と武官は、飛傑と行動を共にしているのだろう。

 少人数の護衛は、数で圧倒して蹴散らせる。飛傑の身柄さえ手中に入れば、それでいいのだ。


 迫りつつある勝利の予感に、男は込み上げてきた唾をごくりと呑み込む。

 すぐに妃が見つかった地点を襲撃し、飛傑を拘束しろ。


 そう指示を下そうとしたとき、矢筒を背負った長身の男が外から駆け戻ってきた。


「お頭! 妃を連れてまいりました!」


 しかし、報告の内容は信じられないものだった。


「なんだと?」


 訝しげに目を向ければ、薄暗い鍾乳洞をしずしずと歩いてくる女の姿があったものだから、男は息を呑んだ。


 慌ただしく全員が立ち上がり、武器を構えれば、広場のように開けた場所で女が立ち止まる。

 顔を隠した荒くれ者に囲まれれば、か弱い女子は泣き出してもおかしくないだろう。


 しかし少女はまったく狼狽えず、落ち着いた様子で黒布の群れを見回している。

 彼女が歩を進めるたび、裾の長い白の衣がふわりと膨らみ、荒々しげな鍾乳洞に似合わない、たおやかな風が流れ込んだかのように男は錯覚する。


 ……いや。そもそも。


「お前……灼純花、だと? なぜここにいる!」


 男は立ち上がり、鋭く純花を睨みつけた。


 男には、純花との直接の面識はない。しかし赤い髪の毛に赤い瞳は、灼家の人間の証だ。血が薄れるほど色素も薄まるそうだが、目の前に立つ少女は見事な赤色をその身に宿していた。

 見張りが制止できなかったのも、知らされていなかった彼女の存在と、護衛の姿もなく単独で現れたことに動揺したからだろう。


「お前は、後宮に留まっているはずだ。皇帝に随伴しているのは、円淑妃と潮徳妃のはず……」

「あら、おかしなことを言うわね。後宮の外部に漏れる程度の情報が、真実であるわけがないでしょう?」


 妃らしい、高慢な口調で純花が言い放つ。

 襲撃した際、温泉宮に向かって逃げていく馬車は三台あった。その一台から女が落ちたのは数人が目撃している。だがそれが誰であったのかは、確証が得られていなかった。


(あれが、灼純花だったのか?)


「今回、皇帝のお供に選ばれたのは、わたくしと樹貴妃なのよ」

「……では、我々が把握していた情報とは真逆だったと?」

「そうよ。少し頭を使えば分かることじゃない。貴妃として寵愛を受ける樹桜霞を、皇帝陛下が後宮に置いていくわけないでしょう」


 くすくす、と小馬鹿にするように純花が笑う。

 だが男は怒りではなく、純花の言動に得体の知れなさを覚えていた。

 背中を冷や汗が流れていく。


(この娘……なぜ我々に、情報を流す?)


 その言葉に不穏な何かを感じ取ったとき――赤髪の妃は、鬱陶しげに溜め息を吐いた。


「何が楽しくて同じ灼家の人間に、追われなくちゃいけないのよ。もしわたくしの身に何かあったら、灼雄にどう弁明するつもりだったの?」

「……は?」

「それで、わたくしはどうすればいいのかしら」

「…………」

「まったく。皇帝を弑するつもりだというなら、事前に連絡しておいてほしいわね。ひとりで抜け出してここに来るのも、大変だったんだから」


 絶句する男に、純花は続ける。


「わたくしは灼家の人間よ。もちろん一族の人間として、お前たちに協力する心積もりだわ」


 そこでようやく、男はすべてを理解した。


 これは――使える。



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