第120話.援軍の到着
空気を裂き、一本の矢が飛んでくる。次の瞬間、左腕に灼けるような痛みが走った。
依依は歯を食いしばり、声を上げるのを堪えた。
「や、楊依依!」
「平気です!」
「将軍、早く来てちょうだい! 依依が!」
真っ青になった深玉が混乱のまま叫ぶ。そのおかげか、あるいは援軍を呼びに行ったのか、木々の間に引っ込んだ相手は追撃してこない。
依依は手早く、余った包帯を腕に巻きつけた。まずは止血だ。
そうしながら地面に刺さった矢を引き抜いて確認するが、見たところ矢尻に汚れはない。
(遅れてくる毒とかだったら、それはそれね)
また鴆毒を持ってこられるならまだしも、そんじょそこらの毒は依依には効かない。
叫び声を聞きつけ、宇静と飛傑も駆けつけてきた。包帯を巻いた依依の左腕を見ている。
「黒布に遭遇しました。淑妃に怪我はありません」
「でも、依依が……」
なおも言い募ろうとする深玉に、依依は笑顔で首を振る。
「僕は平気ですから、すぐ下山しましょう。相手は援軍を呼ぶつもりかもしれません」
「分かった」
宇静が頷いた。
もう温泉宮まで歩いてすぐの距離だ。発見された以上、じわじわと包囲網を狭められ、いずれ見つかる危険がある。慣れない山中で追い立てられる前に、離宮に向かったほうがいい。
「ただ、淑妃は足を痛めていて……」
そこで背後の茂みががさがさと揺れる音がして、依依は黙り込む。
「まさか、もう……」
深玉が青白い顔で呟く。
もう、依依たちは黒布に包囲されているのか。そんな不安が全員の胸を過ぎる。
しくしくと深玉が泣き言を漏らしている。
「そうよねぇ、美人薄命っていうものねぇ……あたくし、ここで命を落とす運命なんだわぁあ」
(この人、ちょっとおもしろいわね……)
おかげで、いい意味で筋肉の緊張が解けた気がする依依である。
深玉を庇うように前に出た宇静が剣を抜く。
依依もまた、中段で拳を構える。誰が相手だろうと、みすみす飛傑や深玉を傷つけさせるわけにはいかない。
そうして四人が息を呑み、目を凝らして見つめる中――茂みから転がり出るように姿を現したのは、見覚えのある四人組だった。
「おらぁ! 追い詰めたぞ、覚悟しやがれ!」
勇ましく声を張り上げているのは鳥である。
ぶんぶんぶん、と危なっかしく長剣を振るので、切っ先に当たりそうになる他の三人が縮み上がっている。
見覚えのある顔ぶれに、依依は目を見開いた。
「涼! それに牛鳥豚!?」
依依の驚く声を掻き消すように、きゃああっと歓声を上げて牛鳥豚が駆け寄ってくる。
「大哥、ようやく見つけたっす!」
「また会えて良かったー! 生きてるって信じてました!」
「幽霊じゃないっすよね!」
依依は豚の背後に回り、首に手をかける。
「どう? 幽霊かしら?」
「ぐええ間違いなく生きてます!」
すぐに解放してやる。今は豚と遊んでいる場合ではない。
「おれら、大哥たちを捜してたら黒布の男を見つけたもんで、ここまで追ってきたんです」
どうやら先ほどの黒布がすぐに逃げたのは、背後に迫る四人に気がついたかららしい。
依依は満面の笑みを浮かべ、鳥の肩をばしんと叩いてやる。
「でかしたわね、鳥!」
「いってー! ありがとうございます!」
「……どうして女言葉なの?」
深玉が不思議そうにしている。
しまった。興奮して女言葉が出てしまったようだ。
「先ほどそれらしき男に襲撃されたばかりだ。早急に温泉宮に向かいたい」
焦る依依だったが、飛傑がすぐに話題を変えてくれた。
「おー、もちろんっす皇帝」
「皇帝陛下、だろ!」
依依が注意すると、鳥が直立不動の姿勢になる。
「こ、皇帝陛下。おれたちが先導するんで、ついてきてください!」
なんだか今日ばかりは鳥が頼もしく感じられる。依依はその様子を見守りながら、涼に声をかけた。
「涼、円淑妃は足を痛めてるんだ」
「分かった」
涼は頷くなり、深玉に向かって丁重に頭を下げた。
「円淑妃、失礼します」
目をしばたたかせる深玉の前で屈むと、涼は彼女を横抱きにしてしまう。