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第109話.灼家からの客人


 拱手するのは、灼雄――純花にとって又従兄弟にあたる男だ。


「お久しゅうございます、純花妃」

「わたくしになんの用かしら」


 慇懃とした態度を取る雄に、純花は素っ気なく返す。

 そもそも二人は灼家にいた頃から、仲良しこよしだったわけではない。純花にとって、雄は気心の知れた相手とは言いがたかった。警戒するのは自然なことだ。

 灼家当主の懐刀として名高い文官。南王の側近として活躍し、領民からの信頼も厚い。


 雄について知っているのは、そんな知識にも満たないようなことだけだ。あとは文武両道の美男子ゆえ、周りの女子は彼を見かけるたび頬を染めていたことくらい。

 灼家に生まれた純花は、自分に生まれつき父親と母親がいないのを、どうしてだろうと思いながら育った。


 前当主が自分にとって祖父に当たるということは、乳母に聞いて知っていた。

 だが祖父は純花に愛憎の念を向けた。猫の子のように可愛がって愛でる日があれば、すべてお前が悪いのだと頬を叩いて詰ることがあった。

 向けられる強い感情の意味が分からず、泣き続ける純花は、少しずつ己と周囲のことを知っていった。


 母・思悦が旅の一座の男と結ばれ、自分を産み落として死んだこと。

 身体の弱い思悦の死は、純花を産んだせいだと決めつけられていること。


 当主の意向を汲み、灼家の人間は誰もが純花を無視した。侍女は純花を馬鹿にして嘲笑った。事故を装って水をかけられたり、馬糞を溜めた穴に落とされたこともある。


 助けてくれたのは乳母や林杏、明梅だけだ。だが彼女たちも、いつでも純花を庇えるわけではなかった。

 純花は顔も知らない両親を恨んだりはしなかった。二人の何がいけなかったのか、罪に当たるのかが分からなかったからだ。

 ただ、自分だけが虐げられることを理不尽だと思った。悲しいと思った。


 それでも、どうしようもなかった。幼い純花にとって、見上げるほどの背をした大人たちに抗う術はなかったのだ。


 純花は他人を恐れ、心を閉ざすようになった。周囲について積極的に知ろうとしなかったのはそのためだ。

 灼家にいたときもそうだし、入宮してからも同じ。


(今思えば、それは失敗だったのよね)


 知識は必ず身を守る助けとなる。それを純花は理解していなかった。

 後宮内での力関係。親と親の関係。誰が誰のことを好きで、嫌いか。好みの色や図柄。時間をかけ、人と関わっていけば、自ずと見えてくる数々の情報。


 純花は未だに、誰についても詳しくない。

 だが後宮で生きていくならば――否、どこで生きていくにしたって、このままではいけないのだと思う。そうしなければ、純花は他人から搾取されるだけで終わる。

 生きる気力を取り戻した今の純花は、そんなのはご免だと思う。


(きっと、お姉様の助けにもなる)


 師であった若晴という老女から、依依は若晴帖なる帳面を授かったそうだ。思悦の乳母であり、護衛でもあった若晴は、政治情勢にも詳しかったのだろうが、長らく都を離れていた彼女の情報は先帝在位の頃のものに限られている。

 噂に敏感な妃嬪から、大きく後れを取っているのは否めない。それでも今からでも、遅いということはないだろう。


 そんなささやかな目標が純花の中で息づいているなんて、雄は知らない。依依にも話していないことだから、当然ではあったが。


「後宮での暮らしには慣れましたか?」

「……あなた、市のときも同じような質問をしてきたわよ」


 馬鹿の二つ覚えのようだ、と思う。口には出さない。

 さらりと頬にかかる髪に触れ、純花は温度のない声音で続ける。


「温泉宮についていけなかったから、そこは不満ね。他は、特に問題ないわ」

「それは何よりです」


 雄が真顔で頷く。

 純花は、眉根を寄せて彼を見やった。


 雄にいじめられたことはない。助けられたこともない。広い家の中、ほとんど関わらず過ごしてきた又従兄弟の胸の内が、純花には分からない。


 彼の意図はなんだろうか。何度もご機嫌伺いのために顔を見せるほど、暇な人間ではないはずだ。

 だが純花から、何かを聞き出したいというような感じもしない。首を捻りつつ、純花は雄の表情や仕草をじっくりと観察する。


(もしかして……)


 集中していると、思いついたことがあった。


 野生の勘というのだろうか。依依はよく、誰も気がついていないようなことをあっさりと指摘する。姉ほど研ぎ澄まされていないそれを、そのときの純花は信じてみることにした。


「――灼雄。あなた、ここにいる場合じゃないんじゃない?」


 ぴくっと、雄の形のいい眉が動いた。




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