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第108話.桜霞の誤解


「それは?」

香蕉シャンジャオです」

「まぁ、懐かしいわね」


 純花は籠の中身を覗き込む。熱帯で育つという果実で、香国内ではほとんど南国でしか採れない。黄色い果皮に包まれた果実は柔らかく、驚くほど甘いのだ。


 南国は灼家の領地が広がる土地なので、純花にとっても生まれ育った場所である。だからといって強い愛着はないが、わざわざ桜霞が仕入れてきたのは、彼女なりの気遣いなのだろう。


 それはいいのだが。


「……ねぇ林杏、明梅。わたくし、すっかり食いしん坊な妃だと思われてないかしら?」


 胸に手を当てて問えば、林杏が眉根を寄せる。


「今さらだと思いますが……」


 確かに、今さらである。桜霞は十中八九、純花のことを食べるの大好きな娘だと誤解している。


 誤解のきっかけは依依の振る舞いだ。四夫人揃っての茶会で、依依はもぐもぐぱくぱくと用意された菓子や果実を食べ続けたらしい。

 その気持ちいいほどの平らげっぷりは印象深かったようで、あれから桜霞は豆菓子まで手ずから届けに来たくらいだ。


(あのときのお菓子は、お姉様にお渡ししたけれど)


 今回はそういうわけにはいかない。


「明日の夜は、秋の月を見ながら一緒に月餅を食べましょうとか言ってたけれど……山盛り用意したりしてないわよね?」


 明日は中秋節。後宮ではそこかしこでささやかな宴が開かれる。


 依依は比類なき食いしん坊だが、純花の胃は小さい。

 夕餉を抜いたとして、せいぜい食べられるのはひとつだ。……いや、月餅は大きくて意外と腹に溜まる。たぶんひとつも難しい。


「覚悟は決めたほうがいいと思います」


 ううと純花は呻く。

 もしもの話だが、純花が大量に月餅を残せば、桜霞は体調が悪いのかと案じることだろう。侍医を呼びますなんて言い出して、皇太后に相談しかねない。


(悪意がないだけに、余計対処に困るわね)


 純花は今からでも胃袋を大きくする方法を考えようとする。


「灼賢妃。ここは、正直に打ち明けるのも手ではないでしょうか」

「どういうこと?」

「円淑妃と違って樹貴妃は心優しく、話が通じる方ですから」


 前半の「円淑妃と違って」にだいぶ怨念がこもっているが、そこは聞き流すことにする純花だ。


「正直に話すっていっても……今日は食べられませんって言ったら、体調不良だと思われちゃうだけじゃない」

「うーん、そうですね」


 林杏が顎に指先を当てる。


「実は断食中なんですよ、とか」

「付き合いますって返されそうだわ」

「日によって胃の数が違うとか?」

「ただの化け物じゃないの!」


 まったく、ろくな意見が出てこない。


 ――そろそろ客人が見える時間かと。


 目をつり上げていた純花は、明梅の帳面を見てはっとした。


「そうだったわ。支度しないとね」


 連絡があったのは昨日のことだ。純花は別に会いたいわけではないが、皇太后の許可を得た正式な客人なので、拒否することもできなかった。

 遊び足りないようで、咥えた布袋を振りたくる豆豆の頭を撫でて、純花は応接間へと移動する。

 庭遊びで少し乱れていた髪と化粧を整えて、純花は座して彼の訪れを待つ。


 その人物は、時間通りに姿を現した。




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