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さいはてのゆうしゃ  作者: 藍染クロム
外の世界に行こう
1/4

第1話 「ゆうしゃのちから」

「いい加減うっとおしいぞ、じじい」

「……最後まで口が減らんな、このガキは」


 老人は仏頂面に鼻をふんと鳴らす。


「忘れ物は無いな」

「あったら取りに戻って来ればいい」

「それでは格好が付かんだろ。折角、門出を盛大に祝ったのだからな」

「ただお前らが酒を飲みたかっただけじゃないのか」

「それもあるな。だが純粋にお前さんを見送る気持ちもあったさ。それを忘れないでやってくれ」

「分かっている」

「最後に……そうだな」


 老人は懐に手を入れ、何かを取り出した。しわしわの手の平には、紐の付いた小さな石が乗っていた。


「ほれ。受け取れ」

「これはなんだ」

「お守りだ。何の力も無いがな」

「たかく売れるのか?」

「お守りだと言っておろうに。最後まで大事に持っておけ」


 首に紐を通し、石を服の中に入れ込んだ。


「それじゃあ、今度こそ」

「あぁ」

「忘れ物は無いな」

「まだいうか」

「……じゃあ、さよならだ。行ってこい」

「あぁ、またな。おれが魔王を倒して帰る日まで、くたばるんじゃないぞ、くそじじい」


 森に囲まれた村の外れから、村の中を通って洞窟のある方へと向かう。昨日あれほど騒いでいた村のじじばばは、まだ騒ぎ足りないらしく磁石のように吸い付いて別れの言葉を告げてくる。欲を言えば、旅立ちの日は、もう少し静かな方が良かった。これではあのじじいの言う通りひょっこり帰ってこれないではないか。


 沢山の萎れた村人達に見守られながら、村の外れにある扉の前へと来た。村は切り立った岩山と森に囲まれる。この扉は村と外の世界を繋ぐ唯一の通り道。今は魔物に占拠されていて、外との交流は途絶えて久しい。


「勇者よ」

「なんだ、長老」


 老婆がしゃがれた声で一つ忠告をする。


「命の危険を感じた時に、力を使う事を躊躇うでないぞ」

「分かっている」


 他の村人が言った言葉は、大して役に立ちそうになかったので、もう覚えていない。


 俺が扉をくぐった後に、音を軋ませ扉が塞がれる。こちらからはもう開ける術は無いが、もし扉の向こうに帰るとしたら、勇者の力を使ってだろうから、問題はない。俺に扮した魔物が扉を開けさせる事の方が問題だから、この扉はもう開かないのだ。

 目を閉じて暗闇に慣れ、バッグをあさりカンテラを取り出す。火を灯すと揺らぐ炎が周囲を照らす。人の手で掘られたこの洞窟は表面がぬらぬらと滑らかで、村の荷馬車が丸々通れるほどの広さがある。


「中々にひろいな」


 魔法の力が灯す炎は、ゆらゆらと妖しく揺れて綺麗だが、それを冗長に見つめている暇はない。音を聞きつけた魔物がすぐにやって来る、その前に。

 不思議な魔法が施された外套を頭から被った。これで、四則演算が出来るか出来ないかくらいの知能の低い魔物程度からなら俺の存在に気づかれる事は無い。カンテラの炎も“なんか今日明るくね?”ぐらいで済む。


「いくか」


 静かな空洞に俺の足音が響く。他に生き物の気配はなく、村人に散々脅された割には閑散な道のりだと、肩透かしを覚えながら淡々と足を進めていった。一本道だから、迷う事も無く。

 この洞窟は魔物に占拠されている。外の世界にはこの洞窟を抜けるしかない。洞窟の魔物は強力で、俺が敵う相手じゃないと、村の人々は口々に俺を止めた。けれど俺は耳を貸さなかった。

 俺は勇者だから。魔王を倒すために、俺は行かなければならいのだ。


 洞窟の反対側の出口が見えた。来た時と違い、そちらには扉は無く、ただぽっかりと暗闇に白い穴が開き、光が差し込んできている。逸る気持ちを抑えて出口に向かえば、その白い穴を。

 黒い影が遮った。


「出て来な。そこに居るんだろう?」


 外の光が眩しくはっきりとは見えなかったが、その輪郭は普通の人間ではなかった。頭には人とは別の、獣の耳が生えている。


「おまえ、掛け算が出来るのか」

「バカにしているのか? ……久しぶりの来客かと思えばなんだ、ちっぽけなガキじゃないか。おい、お前らも出て来な!」


 その時、無数の影が現れる。煙のようにどこからともなく現れて、見えた姿は、人の頭ほどもある大きなコウモリ。


「くれぐれも殺すんじゃないよ! 人質にして、あの村の扉を開けさせるんだ!」

「……そんな事、おれの前で大声で言っていいのか?」

「あぁ、もちろん良いさ。なんせあんたはもう……終わりだからね」


 羽音は四方から聞こえていた。前にも、それは俺の背後にも飛んでいた。前後はコウモリの魔物によって塞がれている。


「おれがお前らを倒せるほど強いとは、思わないのか?」

「お、やるかい? いいぜ、丁度退屈していた所だ。そいつらは殺していいぞ、どうせこの場限りの手下さ。なんなら最初からあたしが相手してやってもいい。実を言うと、あたしは弱い者いじめが大好きでね」

「実をも何も、お前はそういう見た目をしているぞ」

「口の減らないガキだね」


 俺に戦う力は無い。武器はあるが、農村で手に入れられた武器はちんけなナイフ一本で、何より俺が大して強くない。森の獣はどうにか狩れる、だが人を襲う魔物となると、逃げるのでも精いっぱい、それくらいの強さ。

 つまり今の俺はピンチなのだ。あの猫目どころか、コウモリ一匹にも苦戦する。それが複数いたなら、逆立ちしたって勝てっこない。こんな風に落ち着いて居る場合ではないのだ、普通なら。


「腕に自信は無いがな。この勇者は——」


 手のひらを前に掲げる。


「逃げ足だけは得意でな」

「……あぁ、勇者? ……あんた、まさか――」

「“我が願うは奇跡の力”! “今こそ我が祈りに応えよ”!」

「なっ……何か仕掛けてくるよ! あんたら下がりな!」


 はっ、何をしてももう遅い!


「“サイハテ”!」


 意識が眩むような光が放たれ、それが治まると。

 そこはさっきの村の中だった。


「ただいまー」


 村の中央に立てられた、苔の生えた石の台座の上から降りる。勇者は特別な力を一つ持つ。

 俺の力は“最果てのこの村にいつでもどこからでも帰ってこられる事”だった。だから盛大な見送りも念入りな準備も必要なかったのだ。俺は弱く、あの洞窟を乗り越えるには、何度もここに帰って来る事になるだろうと思っていたから。

 さて。今回手に入れた情報は、“洞窟の中は案の定魔物の占拠下だった。魔物は知能の低いコウモリが多数と、人型の魔物が一人”。

 コウモリは想定内だったが……人型の方はどうしよう。おそらく人型は目隠しの術も使うのだろう、それを使わずに俺の前に姿を現したという事は、相当の自信があるという事で、それ相応の実力があるという事で。ほかにもいくつか手があると思っていた方が良い。


「じじいー、ただいまー。帰ったぞー」


 考えながらいつもの道を辿って家の中に入る。

 コウモリを隠れて一匹ずつ狩りながら、最終的に人型と対峙……いや、途中で気づかれて集団で襲われるだろう。なら最初から集団戦を意識して……うぅん。今の俺で勝てるビジョンが浮かばない。万全の対策をしたとして勝てる相手なのだろうか。

 まぁ、退くという選択肢は無いし、他に外の世界への道も無い。勝てないならどうにかしてやり過ごそう。


「じじいー、じじいー……くそじじいー? 耳が聞こえなくなったかー?」


 家の中から返事はしない。畑か? なんか埃臭いな……ちゃんと掃除しろよくそじじい。

 裏に回ると、荒れ放題の畑があった。何だこれ、変な魔物でも住み着いたか? 畑に生えている草は、そこら辺のよく見る雑草だ、変な草は無い。じゃあ畑に向かって変な魔法でも撃ち込んだか? 

 元通りにするのは大変そうだな、俺は勇者で忙しいから頼まれても手伝わんぞ。


「じじいー……じじい?」


 これだけ呼んでも、うんともすんとも返ってこない。川に釣りにでも行ったか? あれだけ危ないから森には行くなと言い含めたのに、目を離した途端すぐこれだ。

 森をかき分け近くのせせらぎを確認したが……そこにも居なかった。


「……?」


 村に帰って来ると、さっきは考え事をしながら歩いていたから気づかなかったらしい、そこかしこに違和感があった。所々、配置が違うというか……何より静かだ。

 畑で仕事をしている村人を見つけて、声を掛ける。


「ばーさん、じじいを知らないか?」

「えぇ?」


 顔が見えると、見慣れた顔だ。こいつは……うちの隣んちのばーさんだったか、ガキは食えとか言って、たらふく野菜を食わせてくる。どうせなら肉を寄越せ。ばーさんどもはどれも同じような顔していかんな。俺も見分けられるようになるまでしばらく掛かったぞ。


「……あんた」

「無理そうだから一回帰ってきた。またしばらくは村に居る。出る時はまたご馳走を出してくれ」


 ばーさんは駆け寄り、俺の体を抱きしめた。


「あんた……生きてたのかい……! 良かった……! 本当に良かった……!」

「大袈裟だな。出て半日も経ってないぞ。……匂いが違うな、香水でも変えたか? ばばあが色気づいても誰も得しないぞ。それよりじじいは——」

「……違うよあんた、あたしはカヨリさ……」

「その年でボケるのは早いぞばーさん。カヨリはあんたの娘の名前だ、あんたはミヨリだろう。……ばーさん?」


 ばーさんは、悲しそうに俯いた。


「違うんだよ……あんたは“勇者の力”を使ってここに戻って来た、そうだろう?」

「あぁ」

「あたしらは知ってた……みんな知ってたのさ、勇者の力を、あんたが力を使うと……どうなるかを……」

「さっきから意味の分からん独り言を喋るな。本当にボケてしまったのか?」


 ばーさんは俺の軽口に乗らず、両腕を掴み、優しく語りかけてくる。


「勇者様。あんたの勇者の力は、いつだって、どこからだって、ここに、この場所に、魔王の城から最も遠い、この最果ての村に飛んでくる力さ」

「そんな事、今さら言われなくても知っている」

「まだ続きがあるんだよ」

「続き?」


 彼女は目を伏せて言った。


「転移には二十年の時が掛かる」


 彼女は続ける。


「ここはあんたの知る二十年後の世界さ。あんたの探してる爺さんは……死んじまったよ。もう……何年も前の、事になる」



 しばらく一人にしてくれと伝え、じじいの家から釣竿を取り、森の近くの河原へ向かう。糸を解いてその先を見ると、途中で切れて針は付いていなかった。仕方がないので竿を放り、ただ流れる清水を眺める。


 森は静かだった。耳をすませば小鳥のさえずりが聞こえる。


「どうしてだ」


 小石を水に放ると、波紋を作って沈んでいき、水面の中の小魚たちが慌てて騒ぎ出す。石は気にせず川底に鎮座し、ただ慌てふためく彼らだけが残る。


「言っただろう。また会おうと」


 再び小石を放るけれど、小魚たちはとっくに居なくなっていた。ただ波紋を作って、ゆらゆらと小石は沈んでいく。


「約束しただろう、くそじじい。おれが帰るこの場所を、いつまでも守り続けると」


 雲もないのに雨が降る。水滴が水面に波紋を作り、そこに映る俺の顔を歪めた。


「おれが帰ってくるまでに、くたばるなと……そう言っただろうっ!」


 大石を抱えてそこに放れば、ばしゃんと派手に飛沫を上げる。白い飛沫は俺にも飛び掛かって服を濡らし、俺の髪を雫が滴る。


「なにが勇者だっ! なにが勇者の力だっ!! 家族を見送る事も出来ず、恩を返す事も出来ずに一人死なせるこの力の、どこが……勇者の……皆を守る……勇者の……」


 どれだけ石を投げ込んでも、水面を散らすばかりで、何も起こらなかった。


「勇者様」


 顔を上げれば、さっきのばーさんが居る。


「カヨリ、ちゃん……」

「ちゃん付けはよしてくれ、あたしはもうそんな年じゃない。あんたが知ってる夢見る乙女は……もう、居ないんだ」


 そこらに落ちていた、何の役にも立たない釣竿を拾う。


「そんなものは最初から居なかっただろう、居たのは暴れウマも怖気づく、とんだお転婆娘だけさ」

「……あはは、そうだったかい」

「じじいの釣竿の糸が切れていてな、むしゃくしゃして石を投げていた所だ。おかげで服まで濡れて、余計に腹が立つ」

「……あんた」

「帰るか。お腹が空いた。じじいが居ないなら、あんたが何か食べさせてくれ」


 ばーさんは優しい声で言ってくる。


「……泣いたって、いいんだよ。悲しい時は、どうしようもない時は泣いたって、あたしの前でも、泣いたって……」


 釣竿を持つ手が震える。


「気色が悪い事を言うな、ばーさん。年を取って気持ちまで萎んだか」


 悲しそうな顔で、ばーさんは俺を見つめる。


「世界を救って回る勇者は、皆を希望で照らすもの。勇者は不安を明かさない。勇者は涙を流さない。バカな事を言うな」


 俺の言葉に、彼女は頷く。


「……わかった。ご飯だね、飛び切りのご馳走を用意するよ、なんせ久しぶりの……勇者の帰還だからね」

「そうか。良い物が食べられるというのならいいな」


 村に向かって歩いていく彼女を、俺は見送った。


「……帰らないのかい?」

「料理を振る舞われるのに、手ぶらもどうかと思ってな。魚をいくらか取って持って行く、先に帰ってくれ」

「そんな事必要ないよ、あんたに振る舞う食べ物なら——」

「いいから行ってくれ。……あぁちなみに、一匹も取れなかったからと言って、何も食べさせてくれないというのは無しだからな。これからおれは、魚取りを頑張るのだからな」


 彼女は、糸の切れた釣竿をしばし見つめて、頷いた。


「……あぁ。楽しみに、待ってるよ」



「昔にも、あんたと同じ力を持つ勇者が居たんだ」


 目の前の料理を夢中で頬張っていると、ばーさんが語り出す。


「その勇者は、この辺の出身だった。昔は、このもう少し先にも村は広がっていて、勇者はこの“果て”に戻ってきた。何度か、勇者はこの土地に戻ってきたけれど……」


 ばーさんはスープを喉に入れ、一息を吐く。


「ある時を境に、勇者は現れなくなって……二十年以上、時が経った。魔物の侵攻が激しくなって、外の世界との交流が途絶えそうになった時……こちら側の、ほとんどの人間がこの地を去って行った。先行きの少ない爺さん婆さん、勇者の帰還を待ち望む人間だけが、この村に残った。洞窟は閉ざされ、村はこちら側で細々と続いて……ゆるやかに衰退していった。そんな時に現れたのがあんたさ」


 窓の外を見れば、知らない子が村を駆けている。


「みんな、あんたの来訪を、諸手を上げて喜んだ。多くの人が待ち望んだ、その勇者では無かったけれど……この村に意味はあったんだって。この場所を守る意味が、あんたの為に、勇者の為に……世界の為に、私たちが、出来る事が」

「知らんな。おれが応える期待は魔王を倒すことそれだけだ。こんな寂れた村の一つの意義など、おれは背負うつもりはない」

「いいさ。あたしらが勝手にやってる事だから……」


 彼女もまた窓の外を、慈しむように眺める。あの子供は彼女の子供らしい。


「みんな知ってた。次にあんたが戻ってくる時は、二十年以上先な事も、その時には……村の爺さん婆さんのほとんどが、生きてないだろう事も。みんな覚悟してあんたを見送った……あのじいさんも」

「……なぜ言わなかった」

「一番大事なのはあんたの命さ。一瞬でも、あんたがそれを使うのを躊躇わせるような事はしたくなかった。だからみんなで秘密にしようって決めたんだ」


 もしかしたら、あんたには時を超える能力なんて無かったかもしれないしね……と、彼女は続けた。


「ふん。自惚れるな」

「……あはは。……あんたは優しいからね」

「話が通じんな」


 両手で持っていたお椀を机の上に置いた。


「ごちそうさま。まぁ、おれにとってはどうでもいい話だったな」

「……そうかい」

「どうでもいい事だったが……」


 外を見れば、空は明るかった。光が差し込んで、暗い部屋の中を照らしていた。


「先に、話していて欲しかった」

「……ごめんね」

「いいさ。大した事じゃ無い」


 ここから見える、宿主の居なくなった俺の家は、じじいの家は、少し寂れていた。


「今日の夜、村を出る」

「……え? あんたは今日帰って来たばかりじゃないか、もう少し、ここでゆっくりしたって——」

「おれは忘れ物を取りに来ただけだ。おれが旅立ったのは今日で、今日のうちにまた出るだけのこと」

「……せ、せめて明日、夜が明けてからでも」

「洞窟の中に、昼夜は関係あるまい。それに夜の方が都合が良い」

「……でも」

「おれはお前らの事情など知らないと言っただろう」


 彼女はなおも言い募ろうとしていたが、俺の目を見ると諦めたように優しく微笑んだ。


「分かったよ。……あんたは昔からそうだったね、一度言いだした事は、意地でも曲げない……」

「ばばくさい話は止めろ」


 彼女の動きがぴきっと止まる。


「……あんたねぇ、さっきからばばあばばあ言ってるけどあたしはまだそんな年じゃ無いよ。まだまだ女の盛りだよ。次に言ったらどつくからね」

「気にしているのは、それが事実だからでは——」


 ドォン! 彼女が机をたたくとビリビリと空気が震える。出来た空白に、顔を見合わせて笑う。


「変わらないな」

「あんたもね」



「じゃあ、行ってくる」


 森から囲う柵の上には篝火が灯され、夜の暗がりを照らしている。


「今回は見送りがしょぼいな」

「……昔に比べたらね。……なんだい、あたし一人じゃ不満だってかい」

「いいさ。忘れ物を取りに来ただけだしな」

「そうかい」


 彼女は、俺の背中をバンと叩いた。


「行っておいで! もうちんけな理由で帰ってくんじゃ無いよ!」

「あぁ。次に会うのは、お腹が空いて、歩くのが面倒な時だな」

「あんたね……」


 彼女は泣きそうな顔で、笑った。


「いつでも帰っておいで。あたしたちは、いつでもあんたを歓迎する。いつまでも、あんたの帰りを待ってるからね」


 それは村の外れにあった。外の世界へと続く道。今は堅く閉ざされて、中には魔物が蠢いている。

 固くて重い、その扉に手を掛けて、中に体を入れた。彼女が持つ松明が扉の間から漏れ、中の暗闇を少しだけ照らしていた。


「また会おう、カヨリ」

「……あぁ。また会おうね、勇者様」




 心優しく無口で、無愛想で貧弱で偉そうな少年が勇者に選ばれた。勇者は特別な力を一つ得る。村の皆は勇者を祝福したが、彼の能力を知ると皆失望した。なんだかんだで彼の一族は滅び、最果ての村に命を逃れ、悪の魔王を倒すため、今宵勇者は旅に出る。


 勇者の彼が手に入れた、奇跡の力はただ一つ、魔王の城から最も遠い、最果ての地に転移する。いつだって、どこからだって。二十年もの時間を掛けて。


 勇者は魔王を倒すため、勇気を抱いて旅に出る。

 この最果ての村から、何度でも。

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