【短編】「器用貧乏はいらないとパーティーを解雇されたけど、俺の正体を知らなかったからと言って今さら許すわけがない。立場だけでなく冒険者ギルドまで解体されたら困ると言われても知らん。」
「おまえはもう必要ではない。」
1年間、一緒に活動をしてきたパーティーリーダーに、クビを言い渡された。
は?
なぜ?
そう思った。
ソロで活動をしようとしていた俺をスカウトしたのは、おまえらの方じゃないか。
「冗談だよな?」
「本気だよ。俺たちは今やランクSに手が届く新進気鋭のパーティーだ。器用貧乏のおまえじゃ、この先は役に立たない。」
器用貧乏になったのは、魔法が苦手で近接戦しかできないお前らのためだったんだが。
良いように利用だけされたと言うことか。
「支援や回復魔法を使えると言うからパーティーに入れてやった。でも、これから先はもっと強力な魔法士や回復士を雇い入れる。そうなれば、おまえのように中途半端な奴に居場所はない。」
確かに、俺の回復や支援魔法は、他人に施せば中級どまりの効果しか施せない。
だが、それ以外にも、ギルドとの交渉から宿や装備の手配、こいつらの不始末の後処理まで行ってきた。こんな簡単に縁切りをされるとは···。
「わかった。俺の分け前だけもらえれば、すぐに出ていく。」
そもそも、この国に来てソロで活動を始めようとした俺に目をつけて、「どうしても加入して欲しい。」と言って、しつこく勧誘をしてきたのはこいつらだ。
冒険者として高みを目指す意気込みと、将来への希望に目を輝かせているのに絆されて、「冒険者パーティーをプロデュースするのも良いかもな。」と思ったのが間違いだった。
ただの気まぐれで始めたのだが、散々苦労をさせられた。
こいつらは急ピッチにランクが上がるごとに傲慢になり、他のパーティーとの諍いや、女性冒険者への暴行未遂など、非常識な行動を何度となく起こした。
その度に謝罪や示談を行い、大事にならないように奔走したのは俺だ。
冒険者資格を剥奪されてもおかしくない状況も一度や二度ではない。今まで大した波乱もなく冒険者を続けられてこられたのは、誰のおかげだと思っているのか···。
俺の中に黒い感情がふつふつと煮えたぎり出していた。
「はは、そんなものがあるわけないだろ。」
「どう言うことだ?」
「確かに、最初は等分するとは言ったがな、おまえは前衛に立っていないじゃないか。」
「それは今さらだろ。回復と支援担当が前衛に出てどうする。」
「いやいやいや、前衛と後衛なら貢献度は雲泥の差だろ?それは報酬に影響して当たり前だ。おまえの分け前は、自分のための食いぶちと、このパーティーに入ることができたという名誉だけで十分なはずだ。」
「それは少し厳しすぎるだろ?」
「そうですよ。もう少しだけ分け前はあるべきです。」
他の仲間から声が出た。
援護してくれるのか?と思ったが、どうやら違うようだ。
「ああ、そうだな。さっき飲み食いした費用と、身につけている衣服くらいは恵んでやらなきゃな。」
その言葉に、俺以外のメンバーは笑いだした。
ブチッ!
何年ぶりかに、俺の中で何かが切れた音がした。
元パーティーメンバーから離れ、俺は冒険者ギルドへと向かった。
通常、パーティーの共有資産は、冒険者ギルドの口座や貸金庫に預けている。
この2年間で貯えた共有資産は、貨幣や武具、魔道具を総合すると、1億ゴールド強といったところだ。これをパーティーの人員で等分すれば、2500万ゴールド程度にはなる。この国で慎ましく生きていくのであれば、10年くらいは無職でも暮らせる額だ。
冒険者ギルドに着いた俺は、受付でパーティーリーダーの署名入りの承諾書を出し、共有資産からの分配金請求をした。
「···はい。書類を確認しました。少々お待ちください。」
受付嬢が書類を抱え込んで立ち上がった。
ここで、俺は違和感を持つ。
分配金の処理は、受付カウンター内で行われるはずだ。
なのに、なぜか受付嬢は階段の方に向かっていった。
もしかしたら、先に手を回されていたのかもしれない。
そんな不安を抱えながら、5分くらい待たされただろうか。受付嬢が戻ってきて、2階に誘導された。
どうやら、不安が的中したようだ。
案内をされた部屋には厄介な奴がいた。
スキンヘッドに、傷だらけの顔。ソファからはみ出るような巨漢。
ギルドマスターだ。
「よう、久しぶりだなぁ。ぼさっと突っ立ってないで、まあ座れや。」
元S級冒険者で、パーティーのリーダーだったセドリックの叔父だ。因みに、公爵家出身らしい。
「わざわざここに呼ばれるなんて、何の用でしょうか?」
「ああ、おまえがセドリックのパーティーから抜けるのは聞いていた。それで、これは何だ?」
ギルマスが承諾書をひらひと突きつけてきた。
「自署で書かれた承諾書です。ギルマスなら、彼の直筆かどうかはわかるかと思いますが。」
「確かにあいつの字だ。だけどな、俺は事前に相談を受けていたんだよ。おまえが抜けても、分配金は出さないと。」
予定調和···簡単に言うと、グルというやつだ。
この国のギルド運営は、あまりにも稚拙だった。
他国では、本部が国を跨いで各国各所にあるギルドを管理運営し、冒険者や依頼の情報などを広域で共有している。また、冒険者個人は、国境を越えてもランクが維持され、グローバルな活動を可能としていた。
だが、この国だけは完全に独立したギルド運営がなされていた。世界の常識とはかけ離れていると言っても良い。
貴族や大商人などの社会的権威者、地位が高い者が何者にも優先され、利権の温床にもなっている。
それに加え、実力のある冒険者でも、平民がランクSにまで昇り詰めた例はない。ランクSともなると、王家直々の依頼を受けることもあり、それが要因で上位貴族がランクアップ認定に口を挟んでくるからだ。
目の前のギルマスやセドリックなどは、この国独自のギルド制度の恩恵を、余すことなく受けた選民と言われる立場に違いなかった。
「心変わりでもしたのだと思いますよ。彼は気まぐれですから。」
ギルマスの指摘は的を射ていた。
あの承諾書は、俺がセドリックに無理矢理書かせたものに違いない。
「まあ、確かにそうかもしれんが···。」
「直接本人に確認をしてください。今日はもう遅いですし、俺も明日に出直しますから。」
「ふむ···まあ、良いだろう。明日の昼以降に来い。朝にでもアイツに確認してみるからよ。」
冒険者ギルドを後にした俺は常宿に戻り、荷造りをしてから再び外に出た。
荷物と言っても、抱え込むような物はない。貴重な物は武具と金だけで、後は細々とした物ばかりだ。
時間を調整し、閉館したであろう冒険者ギルドに再び向かう。
すべての窓に明かりがないことを確認し、裏口の錠を開けて中に入った。
合鍵は、かなり以前に作成済みだ。
ここに忍び込むのも、通算で3回目。暗闇の中でも、探索には困らない。
小一時間ほど、ギルドマスターの執務室と書類保管室を漁り、外に出る。
すでに深夜帯に差し掛かり、周囲に人気はなかった。
街の南側に向かう。
ここは王都。街の面積は広く、人口も万単位だ。しかし、南側の大半は、その日暮らしの困窮者が多く、他の者には無関心だった。他人に興味が持てるような余裕がないのだ。
俺はスラム街染みた周辺には似つかわしくない、堅牢な建物に立ち寄った。門扉の横にあるスリットに、所持していた大判の封書を入れる。
その後、普段通りの速度で歩き、王都の外に通じている南門を目指した。
もう、この王都には用はない。分配金に拘って面倒なことになる前に、さっさとおさらばをするつもりだった。
南門が見えてきた。
周囲は薄暗いが、門前には見張りの兵士が立っているのが見える。
ここでヘタな挙動を見せると、不審に思われて足止めを食らう。
「ご苦労様です。」
軽く会釈をしながら、通り過ぎようとする。
「こんな時間に、どこに行くんだ?」
冒険者活動をしていれば、門番の兵士とも顔見知りくらいにはなる。
「彼女が隣町まで来ているので、会いに行くんですよ。」
「こんな時間にか?」
「久しぶりだから、早く会いたいんですよ。」
「ああ···浮いた噂を聞かないと思ったら、遠距離恋愛だったのか。」
「そうなんですよ。早く会いたくて···心配してくれて、ありがとうございます。」
「いや、気をつけてな。」
「はい。」
当然、嘘だ。
ただ、普段からコミュニケーションを取っておくと、多少のことには目をつむってくれたりする。
生きていくための処世術というやつだ。
現状の俺は、早くここを離れなければならない。
明日になれば、たぶん俺は罪人として扱われる。罪状はいくらでもあるだろう。
何せ、パーティーメンバー全員の手足を叩き折ったのだ。それに、分配金請求の署名を無理矢理に書かせた。傷害、恐喝、ギルドに対する虚偽など、罪状などいくらでもある。
個人的な意見を言わせてもらえれば、俺は犯罪者ではないつもりだ。ただ、この国の冒険者ギルドの体制がおかしいのだ。
これまでに数ヵ国で活動をしてきたが、こんなご都合主義のギルドは初めてだった。
だから、俺は本来の仕事の詰めに入ることにした。
パーティーをクビにはなったが、客観的に見て良いタイミングだったのかもしれない。
南門を抜け、それほど遠くはない公爵領を目指した。
パーティーリーダーが漏らした、父親である公爵の屋敷にある隠し部屋。これまでに集めた証拠では、いささか決め手にかけていた。しかし、想定しているモノがあるとすれば、その隠し部屋の可能性が最も高かかった。
終着点が見えてきたことに安堵と笑みが広がるが、ここでミスると1年が無駄となる。
俺は再び気を引き締めて、漏れや落とし穴がないかを反芻した。
パーティーを組んでいた他の3人は、いずれも貴族の出身だった。
嫡男ではないため、家督を継ぐことはない。しかも、実用に値する魔法も使えず、勉学も中の下程度だったそうだ。
行くところがなく冒険者を志したそうだが、結果は惨めなもので、血族関係にあるギルドマスターにも一度見放されたらしい。
そういった経験が、一時とはいえ、彼らをまともな人間にしていた。
身分に関係なく、分け隔てのない態度···今になって思えば、卑屈になっていただけだが···を取り、冒険者として成果を出した時には、心の底から喜んでいた。
そんな奴等に、多少の憐れみを持ってしまったのは否定しない。「冒険者パーティーをプロデュースするのも良いか」と思ってしまったのは、俺の甘さや世情に対する疎さに他ならなかった。
しかし、俺自身は勘違いをしていた訳ではない。客観的に考えても、カモフラージュ、そして情報源としては役に立ったのだから。
一冒険者として偽装するというのは、計画の一つでもあった。公爵に連なるメンバーと出会えたのは、目的の遂行を円滑にさせたとも言える。
すべての種蒔きと情報の収集を終えた今となっては、元パーティーメンバーは、証人として扱わせてもらうつもりだった。
公爵領での目的を果たした俺は、口角を上げながら暗闇の中を歩いていった。
「予想よりも時間がかかりましたが、素晴らしい成果です。」
「悪いな。勘繰られずに街を出るきっかけがなかなか作れなかった。」
「いえいえ。これであなたは変に疑われることもないでしょう。仲違いをして、凶行に走った冒険者など、この案件には無関係にしか見えませんし。」
「そう言ってくれると助かる。」
「それで、身の振り方は決まりましたか?」
「そうだな···せっかくのお誘いだが、やはり人との化かしあいはこれで最後にしたい。」
「適性がないと?」
「ソロで魔物を相手にしている方が、気楽で良い。」
「そうですか。まあ、大物食いのSSSランク冒険者として、まだまだ現役でいけるでしょうからね。」
「そうだな。まだ2~3年は、それで稼がせてもらうさ。」
「引退したくなったら、声をかけてくださいね。連盟では、あなたの手腕を高く評価していますから。」
「ありがとう。また、考えておくよ。」
冒険者ギルド連盟本部で話をしていた相手は、統括と呼ばれる世界冒険者ギルド連盟のトップに立つ男だ。
俺の本来の職業は、SSSランク冒険者。
「大物食い」の2つ名で、ドラゴンやらメデューサなどを単独討伐してきたソロ冒険者なのだが、10年間の活動を機に、そろそろ引退を考えることにした。
そうなると、これまで戦闘バカでしかなかった自分は、「冒険者以外に何ができるのか?」という問題に直面したのだ。
当然、冒険者としての技量を最大化するために、魔法やら斥候やらの技術も磨いてきたのだが、やはりそこは専門職には敵わない。これが器用貧乏の所以となった。
回復や支援魔法を、自分自身に対して使う分には問題ない。だが、それらは加減を誤ると、体の能力値を超えて逆の作用を招く。だから、他人に対しては思いきった施術ができない。
こういった事情を踏まえて、統括は俺をギルド連盟本部に勧誘してくれた。
冒険者以外の···魔物と闘うこと以外の何かができるのだろうか。
そう思い、提示される案件を何件か受けてみた。
盗賊団の壊滅であったり、重要人物の護衛であったり、闇ギルドの調査であったりと、人を相手にする内容ばかりだった。
統括曰く、「経験がほとんどないにしては、容易く解決に導いている。これは才能だね。」とのことで、少し難易度の高い案件を進められた。
それが、今回の仕事だったのだ。
連盟に加入しない冒険者ギルド。国の方針とは言え、その実態は冒険者を食い物にする権力者の欲望のための組織と言えた。
ルール違反を理由に採掘などの肉体労働を課せたり、任務失敗による違約金を支払えない者を風俗に落としたり、組織の方針に異を唱える者の命を絶ったりと、およそ近代的な組織の有方とは言えない状況だったのだ。
加えて、同国の国王からの依頼もリンクしていた。
王家の血を引く公爵が、謀反を企てているというのだ。
俺は統括を介して、王都のスラム街に拠点を持つ国王直属の暗部と接触し、情報を提供していた。
公爵に集まる資金の流れと、謀反のための武装勢力。その仲介地点となっていたのが冒険者ギルドであり、指揮はギルドマスターが担っていた。
多くの有力商人、金で何でもやる傭兵、道徳心のない冒険者。
そういった奴等を使い、様々な準備を行っていた。
かの国王には会ったことはないのだが、学者肌で経済観念に優れているらしい。反面、対人関係や外交面は不得手で、冒険者ギルドの問題点などは公爵に丸投げをしていたそうだ。
その立場を利用した公爵が、弟を使って国王の包囲網を時間をかけて作り上げようとしていた。
後から知った話だが、あと1ヶ月も遅ければ、クーデターが起こっていた可能性が高かったらしい。
結果的には、公爵家の隠し部屋に行き当たった俺が、その計画が記された帳面と、冒険者ギルドマスターの執務室にあった金の流れや協力者が記された書類を盗み出し、国王直属の暗部に提供したことで未遂に終わっている。
公爵や冒険者ギルドマスターを始めとした反乱分子は直ちに拘束され、厳しい取り調べの後に処刑になったそうだ。
改めて事の顛末を考えると、非常に大きな案件であったことに溜め息が出る。
統括は手放しで評価をしてくれたが、こういった仕事は精神的に疲れる。
まあ、その苛立ちもあり、元パーティーメンバーにぶちギレて情報を引き出すことになったのだから皮肉なものではあるのだが。
後日。
再び、冒険者ギルド連盟本部に呼び出された。
また同じような仕事を押し付けられるようなら、即断ってやろうと思っていた。
「やあ、わざわざ呼び出して申し訳ありません。」
「かまわない。それより、今日の用件は何だろうか?」
「あの後、かの国王陛下から大変感謝をされました。今回のことにより、冒険者ギルドの組織運営を、連盟本部に一任したいとの申し出があったのですよ。」
「それは良かった。苦労した甲斐がある。」
「それで、国王陛下からの要望がありまして···。」
嫌な予感がした。
なぜ、俺にそんな話をするのだろうか?
「冒険者ギルドの再編に伴い、新たなギルドマスターとして、あなたを派遣してもらいたいと言われています。」
「···なぜ、俺なんだ?」
これは想定外すぎる。
普通に考えれば名誉なことなのかもしれないが、今回の案件で人との関わりがさらに煩わしくなった。それに、俺は国王と直に接触したりはしていない。客観的に見て、俺など冒険者ギルド連盟の一工作員程度のものではないか。
「あなたが提供した書類に添付されていた報告書が、大変わかりやすく見事な出来映えだったそうですよ。」
「それは、報告書の作成などに慣れていないから、わかりやすい文面になるように丁寧に作成したからだ。そんなもので評価をされても、俺には組織運営などできないぞ。」
「他にもあります。接触した国王陛下直属の者達が、皆揃ってあなたのことを賞賛していたそうです。」
「賞賛?一体何を?」
「地道な証拠固め、それに必要最低限の武力行使、そして沈着冷静な現場対応力など、挙げればきりがないそうですよ。」
ここで、統括はニヤリと笑った。
「もしかして···最初からその気だったのか?」
「最初から、と言うわけではありません。国王陛下が気に入る人材というのがわかりましたので。」
「前も言ったが、魔物を相手にしている方が楽で良いのだが···。」
「数年はともかく、いずれ体力も落ちるでしょう。少しだけ早いかも知れませんが、こういったチャンスはモノにするべきかと思いますよ。」
「····························。」
「あなたは自身が思っているよりも、ハイスペックですよ。もちろん、魔物討伐のことだけではない。頭もキレるし、書類作成などの実務能力にも優れています。世界で唯一のSSSランクというバックボーンもありますが、武力だけの人ではない。」
「そう···なのか?」
「こういったことは、自分よりも他人の評価をあてにしてください。転職···最高の環境で成功しそうですね。」
「···少し、考えさせてくれ。」
「はい、じっくりと考えてください。一国の王からの要望です。悪いことにはならないかと思いますよ。」
統括ともなると、やはり先見性が高いということだろうか。
あの国の冒険者ギルドの平常化、そしてそれを運営する担い手。どうやら、俺はそこに担がれてしまったようだ。
とは言え、国王陛下からのご指名を無下にすることは悪手だろう。
ここは、躊躇っている俺の背中を押してくれたことに感謝をすべきなのかもしれない。
こうして、大物食いと呼ばれたSSSランク冒険者は、来るべき引退に備えて、転職に成功するのだった。
おもしろい!と思っていただければ、広告を挟んだ下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけるとモチベーションが上がります。
もしかしたら、この作品の続編を書くかも知れません。
よろしくお願いしますm(_ _)m