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「カナリアさん!!」
「イカル!大丈夫だから、援護射撃にうつれ!」
「は、はい!」
喧騒慌ただしく申し訳ないが、今は仕事中なので容赦して欲しい。
今日も今日とて不穏な中で、カナリアさんとお仕事です。
部下は連れず、二人で敵組織との取引のつもりだったが、思っていたとおり最終的には力比べになりました。
疲れる。
「カナリアさん。傷は?」
「酷くないけど、血がね。」
一段落ついたところで、珍しく被弾したカナリアさんの治療をしようと、携帯している救急セットを取り出す。
チラとこちらを見て、カナリアさんは大人しく傷口を見せてきた。
たしかに、血が酷い。
銃弾は残っていないが、血管を切ったか。
「カナリアさん、しびれは?」
「今はない。でも、痛いかな。」
「消毒します。染みますよ。」
消毒薬を流しかけると、カナリアさんは顔をしかめられました。
痛いでしょうに、呻き声も上げられないカナリアさんは流石です。
とはいえ、今回はなかなか手こずりました。
小さな組だと思って軽装備出来たのが悪かったのか、
情報にない装備まで取り出してきて、抵抗してくるとは。
「イカル。」
「はい、カナリアさん。」
「……行こう、報告。少し、気が重いけど。」
「……そうですね。」
考えられるとしたら、二つ。
此方の情報収集が劣っていたか、こちらでも見抜けられないほど兄弟で隠密な裏の繋がりがあったかだ。
どちらにせよ、此方の無能を進言するのは心苦しい。
命に沿い、交渉に向かっていた数時間前よりよっぽど体が重たかったのは、きっと疲れのせいだけではない。
「か、カナリアさん?」
「なんだい、イカル君。」
「はいらないんですか?」
「………君、先に行かない?」
「いやですよ。」
治療室で本格的な手当てをした後、ボスの執務室の前に来ていた。
だが、一向に扉を開けようとしない我が上司。
これは……
「カナリアさん。怖じ気付いてます?」
「そっ、そんなわけ無いじゃないかぁ~あははは……はぁ……」
駄目だこりゃ。
最後のため息が切実に心境を物語っていた。
「あー、カナリアさん?いつかは行かなくてはいけないですよ?」
「わかってる。わかってるけど……傷口が痛むわぁ……」
そう言って左の腕をさすった。
かなり長いことこうして廊下で留まっている。
疲れていて、早めに終わらせたい気もあるが、
無理だ……
この扉は今や鉄の城門。
開けるのには多大な気力と体力が必要だ。
今、持ち合わせていないくらいの。
……内側から、開いてくれないかな……
、なんて、思った僕が馬鹿でした。
………ほんとに開いてくれなくてもいいじゃん。
「……お二人とも、何をなさっているのですか?ボスがお待ちです。」
ひょこりと顔を覗かせたのはボスの秘書官であるツク。
物静かで金の瞳の少女だ。
はっきり言って、この年代の少女を秘書に置くボスは幼女性愛者じゃないかと、疑ったことがあった。前科があるわけだし。
まあ、本人に聞けるわけなどないが。
「ああ…、ツク。元気?」
「はい。元気です。カナリア様につきましては、お怪我をなされたようで、大事ないでしょうか?」
「あ、うん。だいじょーぶ。」
未だかつてこんなにも気の合わなそうな組み合わせはあっただろうか。
そうまるで……炎と水。
水の方が幾分と強いが。炎消えかかっているが。
どうぞ、と、扉を開けて僕たちを招き入れる。
奥の机でボスが書類を片付けていた。
此方を気にする様子もなく、惑いなくペンを走らせる。
流石、仕事が出来るボスだ。
「ご、ごきげんうるわしゅう。ボス。」
「カナリアさん。些か硬くなりすぎです。」
「わ、わかってるけど……あばば…… 」
何を考えたのか、同僚のキムネコさんから教えて頂いた礼儀正しい挨拶を始める。
いつものカナリアさんを知っている僕からしたら、滑稽だが。
それはボスの方も同じらしくて、カナリアの挨拶を聞いて、ボスはふっと笑った。
「やあ、カナリア。まるでキムネコがもう一人できたみたいだ。」
「私は……キムネコ。」
「カナリアさん?カナリアさんはカナリアですよ。」
「え?ん?」
「あははっ!酷い混乱状態だねえ。」
やはり、自分の上司は大分混乱状態に弱いみたいです。
今も顔を真っ青にしてあわわわ言っています。
これでいいのか、幹部様。
仕方なく、仕事を早く終わらせるためにも僕からボスに報告することにした。
「報告します。」
「ああ。カナリアは混乱してるみたいだし、君から頼むよ。」
「はい。」
カナリアさんの隣に立ったツクさんがパタパタと団扇で扇ぎ始めました。頭から煙が上がっているように見えたのでしょう。
民間療法にもなり得ませんが。
「命令通り、敵組織の壊滅及び、その後始末を行って参りました。此方の被害は、カナリアさんが被弾、左腕を負傷。後、想定以上に武器、消耗品の消耗が激しいです。」
「ふむ……」
ボスはカナリアさんをちらと見られました。
カナリアさんが負傷することはあまりないので、珍しいのでしょう。特に、ボスはカナリアさんを大切にしてますので。
「イカル君。カナリアの傷は大丈夫なのかい?」
「はい。治療は既に行われました。血は出たものの、そんなに深い傷ではなく、後は残るかも知れませんが、後遺症はないでしょうとのことです。」
「そうかい。よかった。他に、報告したいことは?」
「それが……」
さっとカナリアさんが僕の言葉を手で制されました。
続きは、話すとのことでしょうと、口をつぐみます。
ツクさんのパタパタがよかったのか、想像より早く元に戻られたようです。
「相手方が情報には無い武器を使ってきました。それも、高威力の。」
「情報に無い?情報部の報告になかったってことかい?」
「はい。」
ボスは、しばし考え込まれました。
握っていたペンを机に叩き付けられ、その音ばかりが部屋の中に響きました。
しばしの後、ボスはツクさんに目配せをしました。
足音も無くツクさんはボスの下に近づきます。
「ツク、今すぐキムネコを呼ぶんだ。情報収集の途中なら一度切り上げさせろ。」
「はい。かしこまりました。」
キムネコさんは幹部唯一の情報部員です。
ツクさんはボスからの命を賜り、そさくさとその場を後にしました。
その場に残った誰もが険しい顔を崩さなかった。
いつもは笑っているボスや、カナリアさんさえ、
この時ばかりは冷え込んだ真冬の朝のような、静など唸りに似た緊張感と不信感を消せずにいた。