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さて、
殺しが専門の僕達は、それこそ合法的なお仕事をしているわけでは有りませんし、
この国に、いや、世界中にある法と秩序を尊ぶ方々から目の敵にされるのは言うよしもありません。
そんな彼らもまだ我らを捕まえるだけの決定的な証拠を
そして我らの完全な形を把握しきれていないため、今までは一切手出しをしてきません。
しかし、国内最大規模の組織として調べてはいるでしょう。
それが些か邪魔なわけであります。
仕事をするにも、
通常の生活をするにも、
暗部だけで完結させることはで来ません。
僕達が血にまみれていると言うことを知らない暢気な方々にまぎれ、最低限の営みを遂行します。
そして、
『迷子の、お知らせをします。黄色いワンピースに白いバンダナの女の子のお連れさまが迷子センターにてお待ちです。心当たりのある方は一階迷子センターまでお越しください。』
……賑やかな休日のショッピングモール。
僕の上司は迷子になっていた。
「カナリアさん。」
「わぁ~!!イカルゥ~!!」
「はいはい。勝手にいなくならないでください。」
「う………」
迷子センターの小さな部屋の中、パイプ椅子にちょこんと座ったカナリアさんは涙目だった。
「すみません。」
「あ、いえいえ。でもまあ、大分大きなお嬢様ですし、どうです?今度からスマホや携帯を持たせてみのは?」
茶色い髪を青いバレッタで止めたセンターのスタッフのお嬢さんは苦笑いしました。
それは、重々承知なのだが、
「あ~、いや、それは。」
「……あ、携帯もってたわ。」
「え?」
「やっぱり。」
そんなことだとは思ったが、まさか当たるとは。
そろそろ自分が携帯を携帯していることを知って欲しい。
それの使い方も含め。
「あー、えっと……ごめんね?」
「……いいですよ。でも、あんまり目立たないでくださいね。」
「う………。うん。お姉さんも、ありがとう!」
「はい。よかったね。」
そう言ってお嬢さんは両手を差し出してきた。
ハイタッチをしようとしているのだ。
カナリアさんは、一瞬戸惑ったものの、素直にその小さな手をお嬢さんのそれに叩き付けた。
ぱちんっと可愛らしい音が鳴る。
その音に、カナリアさんはほんの少し頬を綻ばせた。
「お姉さんには、大変お世話になったよ。」
「よかったですね。」
「まったく。今度からは携帯の存在を忘れないようにしないとね。」
ふんふん、と鼻歌を歌い、後部座席に乗ったカナリアさんはおっしゃいました。
普通忘れないと思うのは私だけでしょうか。
まあ、彼女みたいないい意味で非常識な方に常識を説いても意味のないことでしょうが。
「お姉さんと色々話をしてたんだ。」
「へえ。お仕事とか、聞かれませんでした?」
「学校聞かれた。行ってないけど。」
「そうですね。」
なるほど。彼女なら、そう言われるのか。仕事をしているとは見えないだろう。
高校………いや、中学生に見られているのかも知れない。
そんなことは、口が裂けても言えないが。
「あ、そうそう。お姉さん近々結婚するらしい。」
「個人情報すんなり聞き出してますね。それは兎も角おめでたい。」
「違うよ、指輪してたから聞いただけ。入籍してるけど、式はまだらしい。」
「………?入籍してたら結婚じゃないんですか?」
「んー、私もそれ思った。でもなんか、最近彼の顔も見てないし、形式上のは夫婦で味気ないから、結婚したって感じがしないらしい。」
へえ……と、気の抜けた返事を返す。
結婚だとか、入籍だとか、知識として知っていても自分たちには一切関係のないことだ。
これから先、こんな危険な仕事をしていたら特定の相手など永遠に出来ないだろう。
カナリアさんには、ぜひそう言った隣で支えてくれるパートナーがいてほしいものだが。
と言うか、自分をこの任から早く解き放って欲しい。
常識的な、いや、社会一般的な人でいいから。彼女を止めてくれる人が欲しい。
そんな人がこの業界にいるとは思えないが、少なくとも彼女よりはマシな人……
うーん。類は友を呼ぶと言うし……
などと、僕はとりとめのないことを考えながら道を右に曲がった。
遠心力がかかり、カナリアさんの小さな体は左に傾ぐ。
「相手のお兄さん、警察官らしいよ。」
ぼつりと呟いたそれは、僕に話し掛けると言うより、独りごちているようで、僕は何も返さなかった。
「私達がこの前起こした件。調査で忙しいからって帰ってこられないらしい。」
「へえ、そうですか。」
「……まあ、私達にも如何することも出来ないけどね。」
「そうですね。」
たとえば今、私達がやりましたと素直に言ったところで、あの組織のことだ、隠蔽工作はいくらでもするだろう。
そうなったら、捕まったのは無駄なこと、
犬死、噛ませ犬。
いや、いても居なくても代わらない存在になり果てる。
それは、まだ遠慮したい。
人間、自身の存在価値を他人から計ってほしいものだろう。
「お姉さん、可哀想だな~。」
「そうですねえ。」
「……まあ、犯人というか、原因は捕まらないだろうけど、早めに切り上げてほしいものだね。」
私にとっても、彼女にとっても。
カナリアさんはぽつりと呟かれました。
別段、邪魔だなあと思っているだけである公務員の方々を敵視しているわけではなし。
嫌いではないが、仲良くは出来なさそうだなと言うのが僕の考えだった。
彼らも僕等も、ただ与えられた仕事をしているだけなのだ。
それがなんのためか、はまた別の話である。