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気持ち悪い。

どこの誰とも分からない血を滴らせて、彼女は眉をひそめた。


「イカル。タオル貸して。」

「どうぞ。」

「ん、ありがと。」


カナリアさんは、髪についた血を丁寧に拭き取ると、此方にタオルを投げてきた。

それから、おもむろに懐に手を突っ込むと、手のひらサイズの箱と、銀色の長方形の塊を取り出した。

あっ。と思ったときには、彼女はその箱から煙草を取り出し、咥え、かしゃんと音が鳴るジッポーライターで火を付けて、


「っ、ごほっ、ゲホッ…!!」


勢いよくむせました。



「うえ~。まずっ!」

「如何したんですか、それ。」

「部下に買ってきてもらったの。」

「如何してまた急に煙草なんて。未成年でしょ。」

「う~ん。強いて言うなら、格好つけ?」


相変わらずお馬鹿で格好のつかない上司に、僕は呆れた。

しかし、そんなことを云う訳にもいかず、涙目で渡してきたまだ長い煙草をたまにしか使わない携帯灰皿に折りたたんで入れた。


「ボスも煙草吸うし、いいな~格好いいな~って思ったの。」

「そうですか。」


目に浮かんだ涙を袖元で乱暴に拭う。

袖についた血が顔にまでついて、赤くなった。

後で拭いて差し上げなければ。

それにしても、未成年の上司に煙草を渡すとは……

誰だか分からないが憶えておけよ。


「ボスにもね、言った。煙草格好いいから買ってって。そしたら、煙草型のチョコレート渡された!」

「それは……大変でしたね。」

「美味しかったけどさ……そういうことじゃ無いのよ。」


結局今回だけで用無しになったまだ沢山入っている煙草は血塗られた死体とともに明朝に発見されることだろう。

指紋……は、大丈夫か。彼女はいつも茶色い革の手袋をしているから。

ただ、証拠品になることに変わりはない。

仕方ない。後で拾っておこう。


「帰ろう。疲れたわ。」

「はい。」


ちらりと死体を一瞥すると彼女は背を向けて歩きだした。

相変わらず何も感じていないようにその場を去る。 

罪悪感も、道徳に背いた恐怖もまるで感じない。

そんな彼女が自分より小さいのに恐ろしい。 

可愛らしいウサギの皮を被ったオオカミのようだ。それも血に飢えた手の付けようがないオオカミ。

空腹なら、自分の親だろうが、兄弟だろうが、友達だろうが、何の躊躇もなくその首をもぎ血を啜る。

僕は、こうはなれないな。


彼女の小さい肩にショールをかけると、此方を見上げてきた。

「イカル。君は準備がいいね。」

「貴方が毎回派手に汚れるからです。」

「あ、やっぱり。」

もっと、上手に出来ればねえ、と、彼女は笑った。


「失礼ながら、カナリアさんは、わざとそうして血だらけになっているのではないのですか?」

「はあ?なんで?」

「仕事の度に他人の返り血に濡れて。そうして他人の上に立つことを誇示しているのかと。」

「……ああ。そうなの。そう思ってたの。残念ながら、私が下手くそなだけなの。私は……他人の血なんて、一ミリも見たくないの。」 


ショールの端をぐっと握りしめると、カナリアさんは、立ち止まった。

それから煙草の箱を拾い上げた僕に、ん、と 手を伸ばした。


「え?」

「煙草。やっぱり返して。」

「は、はあ。しかし、もう吸えないかと。」

「いいから。」


防水加工してあるとはいえ、箱に血がついて鉄臭い。

彼女はそれから一番上にあったものを一本取り出すと、先ほどのように口にくわえて火を付けた。

そしてまたもや激しくむせた。


「ケホッ、ごほっ、」

「何をなさっているのですか。」

「うえっ…見て分からない?吸ってるの煙草を。」

苦しげに咳をしながら煙草を吸う彼女に僕は顔をしかめた。

たとえ馬鹿な彼女でも、これは何の意味があるのか分からない。


「もう、やめましょう。体に悪いですよ。」

「………っぐ…ケホッ…体に悪い、そうだね。体に悪いよ。」

「なぜ、そこまで吸おうとするのですか。自傷行為ですか?」

「まさか。私にMっ気はないよ。」

「では!!」


思わず大きな声が出た。

彼女は指を一本唇に当てると、静に、と言った。

たしかに、夜とは言え人が歩いていてもおかしくない。

あまり大きな声を出すのは良くないだろう。

言葉に詰まり口を閉じる。

彼女はまた歩きだした。

穏やかな調子で話し出す。


「農家さんもさ、きっと悲しいんだよ。」

「はぁ………」

「大きくなれよって蒔いた種のうち、大きく育てられなかった奴を一方的に引き抜いて、未来を潰す行為が。」

「間引き、ですか。」

「そう、それ。」

少し前に彼女とボスが話していた内容が思い出される。

「間引くって言ってもさ、たとえそれが優秀な子を残すためだとしても、昨日までそこに育っていた子を、今日殺すことなんだ。明日からは、その子の成長を願えないことなんだ。」

「………はい。」

「私は、ボスに認めてもらって間引く立場になった。でも、大きなものだけ残して取るっているルールに従って、誰かを刈り取る事ってやっぱり少し寂しいよ。」

「カナリアさん……」

「勿論、間引かれる側になるのはまっぴらだから、この仕事は大好きだけどね。」


薄暗い路地を出て、街灯のポツポツ灯る通りを歩く。

静かな夜に穏やかな声だけが空気を震えさせた。


「今日可哀想にも殺した人達が明日ボスを殺すかも知れない。そう思うと、やるしかないけどね。でも、時々やりきれないなぁ~。」


カナリアさんは煙草に口を付けると、またケホリと咳をした。

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