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たとえば、コーヒーを飲めれば大人だとか、
魚のわたとか、ゴーヤとか苦い物が食べられるとか、
背が高ければ、
難しい文字が読めればとか、
この世には、年齢とは違うもっと世間の暗黙の了解的な大人と子供の線引きがある。
仕事をしていて、地位があって、税金を払っていて、年齢でも子供とは言い切れなくて。
それでもそれでも子供だと言われてきた。
大人じみた子供がいるように、子供じみた大人もまたいるのである。どちらも年齢と性質が合わない人なのに、なぜ後者は怒られ前者は褒められるのか。
如何しても答えが出ない問に答えてくれたのは、今の上司である人だった。
唯一心を開いた彼に私は陶酔するように依存していた。
彼がいなくては、
私はまた怒られてしまう。
たとえ他人に怒られても、彼に褒められればそれでいい。
いるかも分からない怒る人より、必ず褒めてくれる彼を選んだのは、また私の子供じみた性質故だった。
「ボス~!」
「やあ、カナリア。元気だったかい?」
「うん元気。とっても元気だったの。」
「それは良かったねえ。」
形式的には大手広告会社を模しているこの組織には、やはり本社というものが存在する。高層ビルを丸々一つ所有するこの会社のその最上階、限られた人間しか立ち入れない場所に、子供じみた甲高い声が響いていた。
勿論、自分の上司の声である。
緊張で押しつぶされそうな此方を気にすることもなく、存在感を放す青年に遠慮なく抱きついていく。
まるで兄と妹のように。
実際、彼女は背も低く、体型も幼く、年齢は……たしか18だったか。
成人していないにしても大人の部類に入れていい年頃なはずだが、彼女はそれを全く感じさせない。
青年、と言ってもここのボス『フクロウ』は青年と言うより妙齢の麗人と言ったほうが良いのか。
幼さを残す表情はどこか深みもあって、女性には人気だろうな……と勝手に思う。
さて、なぜここにいるかというと、本日いつもの通りカナリアさんの趣味である駄菓子屋巡りをしていた僕たちは、急に本社から入った連絡に急ぎここへ足を運んだのである。
幹部であるカナリアさんとて、そう多くは会えないボスを会えるとなって、カナリアさんは手に持ったコインの形をしたチョコレートをぎゅっと握りしめ、早く連れて行けと目を輝かせていた。
そのチョコレートは、潰れてしまったが。
「ボスゥ~。コインチョコあげるね。」
「ありがとう。うわぁ、ドロドロだねえ。」
「えへへ。溶けちゃった。」
「チョコさん泣いてるよ。暑い中頑張ってきてくれたんだね。」
すっきり出来るように冷やしてあげようか、と、ボスが言うと、カナリアさんもこくりと頷いた。
全く、彼の人ほど彼女の扱いが上手い人もなかなかいないだろう。
まるで保育園児とその先生のようだが、
これから二人がするであろう話を何となく想像できる自分はそんなハートフルな光景にも冷や汗が止まらなかった。
「さて、カナリア。お仕事だよ。」
「ん~?またぁ~。」
「ああ、君の力が必要なんだ。」
「おお!!ボスには私が必要なのね。いいよ、やる!」
「そうかい。じゃあ、頼むね。」
ボスはそっと茶封筒を差し出した。
かなりの厚みがあるそれを、カナリアさんは何の戸惑いもなく持ち上げる。
「拝見しまーす。」
「どうぞ。」
封のされていないそれから書類の束を取り出すと、ペラペラとめくり始める。
全部見終わるのを待つ間、ボスはにこにことある意味気味の悪い笑顔を向けていた。
暫くして、ふう、とカナリアさんがため息をつく。
茶封筒に紙の束を戻すと、振り返りもせず此方に差し出してくる。
それを手早く受け取った。
「ボス~。」
「ん?なんだい?」
「私思うんだけどさあ~。こんなにばたばた人殺してたら、いつの間にか人がいなくなっちゃうよ~。」
「あはは、そうだねえ。」
人がいなくなると駄菓子も食べられないし、漫画も読めないし、アニメも見れないよ。と、カナリアさんはぶう垂れるように言った。
ボスはその様子にくすりと笑った。
「カナリアは、人が好きかい?」
「………別に、好きでも嫌いでもないよ。でも、ボスは好き~」
「ありがとう。私は、人を殺したくて殺せと言っているわけじゃないのだよ。」
「そうだよね。」
「私が好きな、たとえば君とか、彼とか、大切な人達が悲しまなくていいように、この世に必要ない人を間引きしているだけなんだ。」
「間引き?」
そう、とボスは穏やかに頷くと、カナリアさんを自分の膝の上に招く。
それに気付いて、カナリアさんは大人しくそこに向かい、座った。
背の高さが違うからか、本当に年の離れた兄弟のようだ。
ボスは、カナリアさんの少し癖のついた髪をそっと梳く。
それに気持ちよさそうにカナリアさんは目を細めた。
「間引くって言うのはね、多くなりすぎたものを優秀なものを残して少なくすることだよ。この世にある幸福は限られているから、君みたいな優秀で幸せになるべき人のために、幸せになる必要のない人に譲ってもらってるのさ。」
「バスの席みたいに?」
「うん。そうだね。」
分かった。と言いカナリアさんはボスの膝から飛び降りた。
頭を撫でていたボスは、どこか名残惜しそうだ。
「頑張ってくるね。」
「ああ。頼んだよ。」
じゃあね~。と、カナリアさんが部屋から出て行くのに従い、僕も一つ礼をして部屋を後にした。
はっきり言って、彼等の思想はわからない。
しかし、彼らにとってそれが正義なら、それもまた正義の形なのだ。