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耳元の内部回線から激しい銃撃戦の音が聞こえる。
小さく放った舌打ちは、夜の闇に紛れていった。
あれだけ民間人も住む居住地も近いから穏便に済ませるようにと言ったのに、
どうやら新しく入った若い奴らは、新しく与えられた玩具に興奮して、上の命令も聞けないらしい。
どこのどいつが躾けたのやら、
ここは子供の遊び場じゃないのだから、躾のなっていない子供は連れてこないで欲しい。
今楽しく花火遊びしている奴ら全員、返ったら報告書の地獄にたたき落としてやろうと、一人ほくそ笑んだ。
『おい、さとし。』
「さとしじゃないです。」
『…………しんじ?』
「貴方もう憶える気ないですよね。」
『すまない。兎に角、君。』
「何かありましたか、カナリアさん。」
突然入った内線からは上司の声が聞こえた。
この戦場の立役者にして、この場の誰より大きな権威を持つ女性。
コードネームカナリア……
あまり内線を使わない彼女からのコンタクトで、何かあったのかと少し焦る。
心なしか彼女の声も上ずっていたため、さらに心がざわめいた。
何があった……
あのカナリアさんが焦るほどの何が………
『ヤバいぞ………』
「何があったんですか。」
『裏切りだ………』
「う、裏切りですか?」
久しく聞かなかったいやな言葉が耳を擦る。
久しぶりに聞いても、肌がピリピリする緊張感は消えない。
裏切り………
何とも自分と縁深い、忌まわしき呪われた言葉か……
言葉を聞くだけで血が沸くような憤怒の情を憶える。
「どこの馬鹿ですか。裏切ったのは………」
『ああ………』
ゴクリとつばを飲み込む。
重苦しい声。
電話越しでもうちから伝わる怒り。
強い………
流石幹部だとしか言いよいがない。
『黒猫の、ミーヤだ。』
「………………はい?」
『黒猫のミーヤは白猫のパリスに猫仲間だと思わせ近づき、じつは猫でも何でもない、ミーヤキャットだったんだ………』
「はあ。」
前言撤回。
なんだ、この馬鹿幹部。
何の話だ。
「すみません。何の話ですか?」
『さっきコンビニで買ってきた雑誌に載ってた四コマ漫画。』
「なるほど………雑誌の……ちょっと待ってください。今仕事中ですよ。」
『知ってる。だから読んでいるのだよ。』
「意味が分かりません。」
『分からないなら言ってやろう………なぜだ……』
「はっ……、何が、でしょう。」
『なぜ私は仕事をしているんだ。』
「は、はい。」
んー。
まさかそれを聞かれるとは。
なぜかと言えば彼女が組織の一員であり、彼女がボスから直接依頼され、報酬と栄光を対価に受けたから……と言うのが本当なのだが。
それを言っても、納得しないだろうな……
「あー、えっと。」
『君もそう思うだろ。』
「いや。」
『なっ……、貴様、まさか………社畜に成り下がるつもりか?』
こいつ。まじで何を言っているのだろうか。
何を言っているのだろうか。
「……どうでもいいから。仕事してください。」
『どうでもいい?!今、どうでもいいって言ったぁ!?』
「言いました。」
『信じられない……上司に……信じられない!?そんな部下を育てた覚えはない!!』
育てれた覚えはない。
強いて言うなら、困ったちゃんの面倒を見るのが上手くなったくらいか。
これほどの困ったちゃんはなかなかいないが。
「そんなこと言わないでください。」
『もういい。仕事やめる!』
「ちょっ、待ってください。今回だけはマジでここに居てください。」
『なんでえ?』
「新興勢力の中でも面倒くさい部類の奴らなんで。このペースだと朝までに終わるかどうか……」
『朝?!まだ夜明けまで一、二時間あるけど?』
「そうですね。」
『一、二時間もあってご覧なさい。何が出来る……?何が出来るの?』
「大体のことはできますね。」
『でしょう?!帰る。』
耳元で喚く上司。
鳴り止まない銃声。
………もうやだ…、ブラック過ぎる………
『怒られる?ねえ、フクロウに怒られる?』
「そりゃあ、帰ったら怒られますよ。」
少々荒っぽい言葉になってしまったのは許して欲しい。
『わ、わかった……仕事して帰る。』
「は?ちょ、動かないでくださいよ。」
『動くな働けって。意味分かんない!幾つ?』
あー、分かる。
声だけだけで分かる。
イラついてるなー。
「………。一クラス分。位ですかね?詳しくは分かりません。」
『みーんな殺す?』
「何人か残せとのお達しではありませんでしたか?」
『……、ん。言ってたかも。分かった。』
分かるな!
分かるなよ………
朝日が、眩しく照らします。
眩しいな……あはは、
「おのれ………黒猫のミーヤめ。」
「おい!下りろ女!」
「頑張れ!頑張れ白猫……」
「だ……誰か……」
眩しい……
くっせえ……
「あー、カナリアさん?」
「おー。さとし?」
「さとしじゃないです。」
「いいじゃん、さとしで。後任せたよ。」
「は、はい。」
血生臭い。汚らわしい。
血肉と破れた服がそこら中に転がっている。
これを彼女が立った1時間ちょっとで仕立て上げたのだとしたら……
これはもう。悪夢だとしか言いようがない。
長い黒髪をなびかせ、女は立ち上がった。
「白猫ファイト!次回に続く!」
変な言葉を叫びながら。