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魔王

作者: 桜町雪人

「やった!ついに魔王を倒した!!」


その勇者は数時間にも及ぶ死闘の末、ようやく魔王を倒した。


しばらくは、自分の行った偉業に対して感慨にふけっているのか、

やや半笑いのだらしのない顔で、

しかも半開きの口からよだれなどを垂らしながら「デヘヘ」としていたが、

突然、何かを思い出したのか、顔からは一瞬のうちに笑いが消え、

それも何か大変な事を思い出したのか、今度は見る間に蒼白となっていく。


「しまった!魔王を『倒してしまった』!!」


勇者は口から垂れていたよだれをじゅるりと吸い上げ、さらに腕で拭うと、

慌てて足元に横たわっていた魔王を抱き起こし、


「おい!しっかりしろ!!大丈夫か!!」


と上下左右に揺さぶる。


しかし、返事は無かった。

代わりにその魔王の体液らしい緑色の液体が、

揺さぶられるたびに体からにじみ出し勇者の手や腕を濡らすだけであった。


「ああ…!!なんてことをしてしまったんだ!!」


勇者はうずくまり、酷く狼狽し、その両手を顔面に押し当てて嘆いた。

手には体液が付いていたので顔は緑色になった。


勇者はひとしきり狼狽した後、

流した涙をぬぐい、鼻をぐずぐずいわせながら立ち上がると、

魔王のかたわらに転がっていた『杖』を拾い上げた。


しばらくは途方にくれるようにそれを見つめていたが、

やがて何かを決心したらしく、その杖を『操作』し始めた。


その杖の胴体部分には、

いくつかの『押しボタン』のようなものが付いていた。


勇者は必死になってそのボタンを押し始めた。

かなり長い時間、色々と押してみた。


そのボタンの中には『十字』の形のボタンもあり、

「上上下下左右左右」と押してみて、

さらにその隣には『A』『B』と刻印されたボタンもあったので、

続けて「ABAB」と押してみたりもした。

しかし、何も起こらなかった。


その後も、色々な押し方を試してみた。

しかし、何も起こらなかった。


どれくらいの時間がたったのか。


あまりにも何も起こらないことに勇者はそのうち段々と虚しくなり、

やがてかんしゃくを起こすようにしてその杖を放り投げると、

その場に突っ伏して再び泣き始めた。


「あああ…!俺は何てバカなんだ!!

 せっかく魔王を倒したのに、

 これでは世界を救えないじゃないか!!!」


『魔王を倒し、そしてその魔王が持っていた杖のボタンを正しく入力する』


これが世界を救うただ唯一の方法だった。


しかし、そのボタンの入力方法は魔王しか知らなかった。

だから、いきなり魔王を倒していけなかったのだ。


正しくは、まず魔王を半殺しにし、

そして「命が欲しかったら正しい入力方法を教えな」と脅して聞き出す。

そうやって聞き出したあと魔王を殺し、杖のボタンを入力する。

これが正しい攻略方法だったのだ!


しかし、勇者は功をあせって、というより、

少し頭が…だったこの勇者は、そんなことなどすっかり忘れてしまい、

半殺しにすることも、脅すことも、ましてや聞き出すこともできずに、

ただ普通に戦って倒してしまったのだった。


勇者はかなり長いこと泣いていたが、

そのうち泣き疲れて寝てしまった。


一夜が明けた。


勇者は「もう食べられない…」などと、

いかにも寝言らしい寝言を言いながら起き上がると、

大きなアクビをし、そして伸びをした。

よく眠れたようであった。


しばらくは、その場にぼーっとして立ち尽くし、

「何だったっけ?」というように指をくわえながら考えるようにしていたが、


「ああそうだ!」と、大きく手をポンと叩くと、

持ってきたリュックをひっくり返しその中をバラバラと床にぶちまける。


そして何と依然そばに横たわったままだった魔王を、

そのリュックに押し込み始めたのだ。


別にリュックが大きいわけではなかった。

この一晩のうちに、魔王は干からびて縮んでしまっていたのだ。


その干物のようになった魔王と杖をリュックに詰め終えると、

勇者は歩き始めた。


昨晩はあれほど狼狽し、泣き叫んだにも関わらず、

幸いこの勇者は頭が…だった為に、立ち直りも早かった。


勇者が向かった先は、

『死者を生き返らせる』だとか

『復活の薬』だとかの謳い文句を掲げる、

普通だったらまず怪しくて立ち寄らないような、

そんな教会や店々であった。


さすがに街の人々に顔を見られて勇者だとバレてはマズイと思い、

フードを深くかぶり、マフラーを顔の半ばにまでして、

人相が解らないような工夫をした。


魔王は干からびて小さくなっていたので、

「ミイラだ」と言えば、なるほど人のミイラに見えなくもなくて、

行く先々で信用してもらえた。


何軒かまわってみた。

しかし、うまくはいかなかった。


いくら死者を生き返らせる呪文を唱えてもらっても、

決して生き返ることはなかったし、

いくら復活の薬だと言うものを口に含ませても、

決して復活することはなかった。


それは『人間』ではなく『魔王』だったからだろうか?


だが例え人間だったとしても果たしてうまくいったかどうか。

一度失ってしまった命を『生き返らす』『復活』させるなど、

決してそんな簡単に出来ることではなかったのだ。


結局、最後の一軒でもうまくいかなった勇者は、

そのままふらふらと街外れの小川までさまようように歩いて行き、

その場にへなへなとへたりこむと、再び途方にくれ、そして泣いた。


「あああ!駄目だ!どうすればいいんんだ!!

 これでは世界は救えない!!!

 どうすればいいんだ!!!あああああ!!!」


勇者はそのまま泣き疲れて寝てしまった。


一夜が明けた。


勇者は「あと5分…」などと、

いかにも寝起きの一言らしい言葉をつぶやきながら起き上がると、

その場に三角座りをし、しばらくは呆けたようにぼーっと、

ただ小川の流れを見つめていたが、

やがて「よし!」という掛け声とともに立ち上がると、

リュックを拾い上げ中から杖を取り出し、残りは川の中へ…。


パシャン、と乾いた音を立てて水しぶきを上げると、

その後はまるで枯れ葉が流れていくような感じで、

魔王は緩やかに川を流れ始めた。


その光景をしばらく眺めていた勇者であったが、

もうまもなくそれが見えなくなると、

再び「よし!」という掛け声とともに杖を強く握りしめる。


「今日から俺が『魔王』だ!!」


その勇者は頭が…だった、ということを考えれば、

そう思い至ったことについては、別に驚くべきことではなかったのかもしれない。


魔王の手下である『魔物たち』は、

どうやら、その『杖』を持っているものに服従するらしかったし、

これは問題が無かった。


あとはその勇者の顔、風貌が問題であったが、

それについては幸い、あの時顔に付いた緑色の体液が、

そのまま取れずにこびり付き、さらにそれが時間とともにゴワゴワとなって、

肌が緑色の岩石のようになり、いかにも悪者っぽい風貌になっていたので、

まさかそれが誰も勇者だとは気付かず、これもまったく問題が無かった。


かくして、『勇者』は『魔王』になった。


ところで、

あの時川に放り込まれた魔王はというと…。


川に流れながら水分を吸収した魔王はみるみる元の大きさになり、

そしてなんと生き返ったのだった!!


そこまでは良かった。


しかし一つ重大な問題あった。


魔王は泳げなかった。


深みに足を取られ、しばらくはもがくように、

必死に手足をバタバタさせていた魔王だったが、

やがて足が付く所に流れ着きホッと一安心するも、

岸に向かって歩いている途中に再度深みに足を取られる魔王。


その後しばらくは再び、

必死にバシャバシャと頑張った魔王ではあったが、

病み上がりということもあり体力がなかったのか、

一度は沈み、一度は浮いてきはしたものの、

再び沈んだその後は、二度と浮き上がってくることはなかった。


世界が救われる最後の望みは、こうして失われたのだった。


元・勇者だった魔王は、世界に君臨し続けた。

その後、世界が救われることは永久になかった―。


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