談話室と試練
なんだかんだあったが、その後、家族みんなで夕食を食べ、それぞれ支度が済み次第集合することとなった。このどさくさに紛れ、忘れてくれたのかと思いきや、兄姉達はしっかり覚えていたようで、この談話室で兄姉達と寝ることになったのだ。
談話室には一番大きな暖炉があり、簡易ベッドをくっ付けて5人が寝転がるに充分な広さがある。むしろ、ベッドを置いても広すぎるくらいだ。
色々あり疲弊しきった5歳児の1日は、まだ終わらないようだ。
ーーなんせ、扉を開ければ、先程と全く違う談話室が待っていたのだから。
「おにいさま、おねえさま、やりすぎでは?」
先程の出迎え時にメイドや執事達が居なかったのも頷ける。大方長兄と長姉の無茶振りに奔走していたのだろう。そう尋ねる私に、ニヤリと笑う長兄長姉。
「いいや、これでも足りないくらいさ。」
「ほら、リア、前にたくさんの星が見たいと言っていたでしょ?」
その言葉に部屋を見回す。
確かに言ったが..
先程まで家族談議していた談話室は、上品な壁紙に、暖炉の前で談笑できるソファーが置かれ、食事も取れるように足の長いテーブルと椅子が置いてあった筈。どれも職人が腕をかけた逸品のもので、見慣れた物でもある。
それに対して今の談話室は、壁や天井の壁紙自体が変わり暗闇をイメージしてなのか、上にいくごとに青から紺になるグラデーションの壁紙に変貌していた。それだけでも驚くのに、天井の至る所に星を象った小さな照明が吊り下げられ、簡易ベッドの上には雲の形をしたクッションが置かれ、暖炉の上にはキャンドルが並んでいるのだ。
その他にも背の高い植物が隅に置かれたり、秘密基地にでもするのか小さなテントのような物も置いてある。
暖炉の脇に置いてある丸テーブルの上には、手で食べられるサンドウィッチや、カット済みの果物まで並べられているとあれば、やり過ぎだというのも仕方ない事だろう。
あの短時間でこの部屋を作り替えたメイドや執事達の苦労が窺える。
「ほら、リア。これきてごらん。」
長姉がそう言いながら、私の手に乗せたのはベビーピンクの、もっこもこのガウン。
ひらり、と広げてみれば、フードがあり背中には背ヒレような物がアシンメトリーに一部分だけ長くなったお尻の部分まで続いていた。
背ヒレと、まるでしっぽのように続くその形は..、
「りゅう?」
「せいかーい。」
長兄はニヤリと笑ってさあ着ろ。と言ってきた。
大父様の事もあり、竜は好きだと思ったが、正直可愛いガウンだと思ったのだ。
「ありがとう。」
ガウンに袖を通して羽織ると、とても肌触りが良く温かい。
ーーああ、これ好きだ..。
思わず笑みが溢れて、ガウンの生地を指の腹で撫ぜると、視線が刺さった。
「どうしました?」
「いや..、喜んでもらえたようで良かったよ。」
「あ、ああ..。兄さんと一緒に考えて、作ってもらったのよ。気に入ったみたいで良かったわ。」
「とても、きにいりました。ありがとう。」
そう微笑むと、次兄と次姉もやってきたようで、振り向けば2人とも色違いのガウンを着て、フードを被っていた。
そこで驚いた。先程は気付かなかったが、フードにはガウンと同色の竜の耳やヒゲまで付いているようだった。
次兄のガウンは薄緑。星を形どったものが竜の耳の辺りに縫い付けられていたし、次姉のガウンは薄水色で、花を形どったものが次兄同様、耳の辺りに縫い付けられていた。
「わあ!かわいい!!
ザックにいさまは、ほし。
ジェニーねえさまは、おはな。
アルにいさまと、ソフィーねえさまは..」
と尋ねようと振り返れば、
長兄は薄紫のガウンを羽織り、長姉は薄赤のガウンを羽織って満足気に笑っていた。
長兄の被るフードの、竜の耳には月を形どったものが。長姉には同様に羽根を形どったものが縫い付けてある。
「すてきです!..わたしのは.、」と、着ていたガウンのフードを被れば、突然視界がジグザグになった。先程広げてみた時や、羽織る時には気付かなかったが、何かジグザグとしたものが、フードの端、つまり前髪に当たる部分に付いているようだ。
ーーん?
自分のだけ少し違う?と4人を伺いみれば四者四様の反応を返されるのだった。
「本っ当最高!!」
「ああ、リア!なんて可愛いんだ!!」
「まあ!!なんて可愛らしい竜だこと。」
「兄さんの案を採用して本当良かった!あっはっはっ!!」
長兄は爆笑し、次兄はまた蕩けそうな微笑みを向けられ、次姉からは愛でられ、長姉は笑い転げながらも長兄を称えていた。
何事かとガウンを一度脱ぎ確かめてみれば、なんと、私のフードだけ竜の牙を模したものがつけられ、竜の耳の辺りには赤いリボンが付けられていた。
まるで、小さな竜が「これでも竜だぞ!つよいんだぞ!」と言わんばかりに、その可愛らしい牙を見せつけている様な、そんなフードになっていたのだ。
ーーああ、やられた。
むしろこれだけで済んでよかった。うん。この長兄の事だ。もっとクレイジーだったり、グロテスクな物でも付けたかっただろうに、大丈夫。うん、これはこれで可愛いじゃないか。
もう一度袖を通して、フードを被る。
4人の顔を見上げ、
「がおー。......かわいい?」
と告げれば、4人に拉致された。
行き先は目の前の談話室だったが。
フレザックに抱きかかえられ、次姉が扉の鍵を閉め、長姉は早技でカーテンを閉めると長兄の隣に立ち、2人揃ってニヤリと微笑んだ。
「「さあ。第1回ダルガニア家、星空会を始めようか。」」
その日、私が眠りにつく事ができたのは、カーテンの隙間から白い陽が漏れ出た時間だった。
眠りにつくと言っても、正しくは、あまりの眠さに失神したというのが正解であるが。
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「ーーー..。」
誰かが話す声で、沼に沈むように寝ていた意識が浮上するのを感じる。
昨日は何をしたんだったか。ああ、そうだ。
大父様に会いに行って、みんなに心配させて、詳しい話をして、それから..
ああ、兄姉達に拉致されたんだった。
アル兄様とソフィー姉様が、星空会って言って..、
あ、思い出した。散々な目に遭ったんだ。
次兄の膝の上で、長姉とボードゲームをして、次姉の淹れる紅茶を飲んで、..そこまではまだ良かった。
ボードゲームで白熱し過ぎて、景品が私になった時点で可笑しいのだが、つまり誰が私と寝るかで論争が起き、普段お淑やかな次姉まで乗り気だったのだ。
兄姉達が白熱している最中、うとうとしていたのだが、本気を出した長兄がチェスで勝ち、突然次兄が3回戦勝負だと急遽ルール変更をしてさえ、長兄が勝ったらしい。
次兄も次兄だが、長兄も中々容赦無い。
長姉は私とも寝たいが、ボードゲームで常に勝ちを手にしているのは、長兄が手を抜いているからだと知っている為、これを機に長兄に何度も勝負を挑み続け、チェスからサイコロゲーム、はたまたカードと、勝負の内容がどんどんズレていったのだ。
その間私はと言うと、
..放置である。
いや、正確に言うと、その間ずっと次兄の膝の上で、時折次兄に抱き締められたり匂いを嗅がれたり、頭にキスを落とされたりと他にもあったが。その行為を拒否する事もなく、ゲームに参加する事もしなかったのは、全て眠たかったからである。
それでも眠れなかった理由は、全て長兄にあったのだ。
うとうとと、もう眠ってしまいそうになる度に、声をかけられるのだ。
「リア、まだ勝負はついてないよ。」と。
ーー悪魔の囁きであった。
鬼畜の所業だ。鬼畜を通り越して狂ってるとしか思えない。こちらは5歳児だ。寝る時間なのだ。ハッキリ言って普段寝ている時間である。普通の5歳児なら泣き叫ぶ事案だ。
あまりの眠さに、長兄をジロリ、と見上げれば中々良い笑顔を向けられた。それを何度か繰り返し、最終的に次兄達が長兄に何度もキリ無く勝負を挑むのが悪いのだと決め付けて、次兄の膝の上から長兄に飛び付くように抱き付くと、そのまま失神するように寝た。
次兄や長姉の声が聞こえた気がしたが、もう反応する事なく力を抜き、だらりと落ちそうになる身体を支えられたので、これ幸いと夢の国へと旅立った。
思い出した事により疲労感が凄まじく増した気がする。子どもは寝て育つというし..、うん。
ーー寝よ。
シーツの波と布団に埋もれるように、意識を手放す事にした。
「...ま。......ア様。...」
......。
「レイシア様、」
「...メ、リダ。」
「レイシア様!!」
「メリダ、..まだねむたいよ。」
「おいたわしや..お嬢様..。」
布団の隙間から囁かれれば、手放した筈の意識が最も容易く舞い戻ってくるわけで、起こした当人といえば、大変心苦しそうな声音である。
メリダは私のナニーである。
大変気遣いの出来る世話係であり、私を起こす事は滅多にないのだが、たまにこうして声を掛けてくる時は大概、厄介で大変なことが待っていたりする。
「お嬢様、ご気分はどうでしょうか?」
「..げんき。ねむたい。」
「ああ!寝かせて差し上げられず、申し訳ございません。」
「..メリダ、なにかあったの?」
その言葉になんと言っていいかわからないように考え込んでしまったメリダ。
「......。」
「...ねててもいい?」
「ああッ、寝かせて差し上げたいッッ!!」
そう言ったメリダは鼻の辺りを押さえて天を仰いでいた。
「おにいさまたちは..?」
はたり、と気付き隣を見てみるが、くっつけられた簡易ベッドはどれも裳抜けの殻であった。
「アドルフ様方は取り急ぎお支度を済ませ、旦那様の所へ参られました。」
「..そう。」
「レイシア様は寝かせて差し上げるようにご子息様やお嬢様方から申しつかっていたのですが、旦那様の方から招集がありまして..」
ふむ、緊急事態かな..。
「..メリダ。」
「はい、お嬢様。」
「かおあらって、いく。」
「はいっ!!」
メリダは元気いっぱいに返事をしてくれた。
ナニーだの、世話係だのという役割があったとしても、屋敷のメイドから見ても比較的若いメイドであるのだ。歳は20歳。つまり、15歳の頃から私を見ていてくれる世話係だ。
もう結婚適齢期をとうに迎えていると両親達が話していたから、メリダもそろそろ嫁ぐのだろう。
銀のボウルに注がれた水。カモミールがいくつか浮かべられたそこに手を差し込めば、じんわりと温かく柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。
「ねえ、メリダ。」
「はい、お嬢様。」
「きょうも、ありがとうね。」
「恐れ多い事にございます。」
薄らと鼻の頭を飾るそばかすを動かして、頰を緩ませて頭を下げるメリダ。特段に寒い日にはこうして温かなお湯を用意してくれ、いつもさり気ない心遣いを見せてくれるのだから、男性からは引く手数多だろう。
そんなことを考えながら顔を洗い、メリダの持つタオルを受け取ると肌を伝う水滴を抑えた。
服は..、と思ったが今着ている白いワンピースと羽織っているガウンのままで良いだろう。父の話の内容次第だが、まだ5歳児なのだ。多めに見てくれるはず。この際だから、靴もスリッパのままで良し。
メリダが手早くブラシで髪を整えてくれたので、すぐに部屋を出るとする。
「お嬢様、お着替えは?」
「このままでいく。」
「御意にございます。」
恭しく頭を下げたメリダに、頭を傾げた。
一瞬の違和感。それが引っかかる。
「さあ、お嬢様。旦那様方はサロンでお待ちでございます。」
「サロン?シツムシツではないの?」
「はい。いつもなら執務室か談話室でございますが、今日はサロンでという事だそうです。」
そうか。談話室は昨夜の状態のままであるし、話をするには大分落ち着きがないものな。ふむーーー
メリダが歩く後ろで、とてとてと、歩を進める。
メリダは私の歩くスピードに合わせて歩んでくれる辺りも、やはり好感が持てる。メリダには良い結婚相手と幸せになってもらいたいものだ。
そうして、ゆっくりとしたスピードでサロンに到達すると、ノックをしてメリダが口上を上げた。
「旦那様、失礼致します。レイシア様をお呼び致しました。」
中から父の「入りなさい。」の一言で、その重厚な両開きの扉を開けたのだった。
一度だけ垣間見えたメリダの表情は中々良い笑顔で、悪く言うのであれば、悪戯を画策するようなとても素敵な笑顔だった。