待ち人は雪原に。
コーヒーのみたいねぇ
屋敷が見えてきたと思いきや、その異常さに目を丸くした。
屋敷が明かりでぐるりと囲われ、明るく照らされていたのだ。まるで、迷い子を屋敷に導くために、此処に帰れと言わんばかりに。
随分遅くなってしまったから、さぞ心配させたのだと更に足を早めた。
屋敷の入り口ではそわそわと動き回る複数の明かりがあった。ザクリと雪を踏みしめて、目視で確認できる距離までくると、明かりは松明らしく、何人かがこちら側を凝視している様だった。
「リアッッ!!」
その声に目を見張る。
ひとつの明かりがその群から飛び出し、それに続く様に他の明かりもこちらへと飛び出してくる。
私も慌てて駆け寄ろうとしたが、歩き通しの疲弊からか足がもつれて上手く走れない。よたよたと、不格好になってしまったが、それでも今出せる最速である為、なんとか維持して進む。
だからだろうか、雪に躓いてしまったのは。
前のめりに身体が倒れそうになって、反射的に目をつぶり、外套の中にしまいこんだ大父様の大きな鱗をぎゅっと抱き締めた。
だが、待っていたのは雪原への衝撃のかわりに、何者かに抱き上げられた抱擁だった。
「リア..!!」
ぎゅうっと締められ、思わずグエッと鳴いてしまったが、腕が緩む気配がない。
酸素を求めながらも、誰かと伺い見れば、驚きのあまりせっかく口に入った酸素を飲み込んでしまった。
「アルにいさま..」
てっきり、またフレザックかと思ったのだ。
いつも飄々とし、兄弟達を振り回す長兄アドルフが、不安を顔に浮かべて私を見ていた。
「リア、帰ってきて良かった..。」
腕の力を緩めてくれたが、それによって真正面から見えたアドルフの鼻の頭は赤く染まり、どれくらい外で待たせてしまったのかと後悔した。
アドルフのその頰に手を伸ばして、謝罪を口にする。
「おそくなって、ごめんなさい。」
「...リア?」
ピクリと身体を震わせて、目を見開きこちらを凝視するアドルフ。アドルフは私を再度強く抱き締めると、そのまま風を切るように屋敷へと駆け出したのだ。
「アルにいさま?!」
「リアッ!!」
「リア!!!」
その声に振り返れば、次兄フレザックと長姉ソフィアの姿があった。2人とも肩を揺らして息を荒げていたが、アドルフは足を止める事なく2人の横を爆進して駆け抜けた。
「ソフィーねえさま!ザックにいさま!」
「兄さん!リアをよこしてください!!」
「兄上!どうしたのですか?!」
それでもアドルフは屋敷へと走る足を止めない。途中でジェニファーとも会い、「リア!アル兄様?!」と声をあげていたが、私も「ジェニーねえさま!」と応えるのが精一杯で、何が起こったのか私には理解できない。
尚もアドルフの足は止まらず、私の帰りを今かと飛び出してまで出迎えてくれた筈の長姉次兄次姉が後ろから慌てて駆けてくるという非常に可笑しな絵面になっていた。
両親が玄関先で待ち構えていようが、アドルフは私を抱えたまま駆け抜け、屋敷の1番大きな暖炉のある談話室へ飛び込むと、暖炉の前のソファーに私をおろして外套に隠れている腕や足を確認しだした。
私はというと、何が起こったのか分からず、とりあえず考える事を放棄した。この長兄に関しては、考えても無意味なのだ。そんな事は何度も痛感させられている。私はただ、無事に家に帰ってこれた安堵感と、暖炉の火の暖かさにうっとりと顔を綻ばせておくことにしよう。
すぐに他の兄弟達や両親も談話室に飛び込んできたが、暖炉の火の暖かさも相まって、にへら、と笑い「おかえりなさい。」と呟いていた。
父はほっとした様に微笑むと「それをいうならただいまだろう?」と言い、母は呆れた様に溜息を吐く。長姉は「リアーー!!」と抱きついて来て、次姉はホッと息を吐き私の頭を撫でてくれた。が、唯一、次兄は私を見つめて固まっていた。
「ザックにいさま?」
どうしたのだろうか...、と首を傾げれば、
「リア..」とぽつりと呟く。
「はい、おにいさま。」
「..リア?」
「はい、ザックにいさま、リアです。」
そこまで応えると、フレザックの頰に一筋涙が伝った。
長姉が目を見開きながらも、「あ、キャパオーバーしたみたいだね。」と笑っていたが、つまり、安堵感で満ち溢れたという事でいいのか?
「リア、リア、リア、」
「はい。」
私を呼びながら、一歩一歩進むフレザック。
そのひとつひとつに頷いて、腕を広げた。
途端にフレザックが飛び込んできて、抱きしめてくれた。
「リア、心配したんだよ?」
「はい。」
「みんなとても心配したんだ。」
「はい。」
「リアはとても可愛いから、大父様に食べられてしまうかもしれないと、あれから何度も飛び出そうとおもったんだよ。」
「はい。」
「それなのに、途中で雪崩が起こって、みんな凄く心配したんだ。」
「.....はい。」
「あの山はね、滅多なことでは雪崩が起きない地なんだよ。だから5歳の幼子が山を登れるんだ。わかるかい?..それが2度も雪崩が起こって..本当に心臓が止まるかと、ッ..」
そこまで続けて、言葉が出ず、頭上からは温かな雨の様な涙がぽたり、と頰に降ってきた。
「はい..、」
「リア、本当に無事で良かった。」
「しんぱいかけて、ごめんなさい。」
「リア、おかえり。」
「ただいま、もどりました。」
両親の目には涙が浮かんでいた。
長姉も、次姉も、揺れる瞳に涙を浮かべている。
「まっていてくれて、ありがとう。」
その言葉に一様が綻ぶ様に微笑んでいた。
そこに水を挿したのは、
「ザック、離れて。」
長兄アドルフ。
「兄さん!さっきも思ったけど、なんで」
「いいから。ザック、離れろ。」
その言葉に不満気に私から離れたフレザック。
何事かと見やる家族の視線を一身に受けながら、私を見つめるアドルフ。
「リア。」
「はい、アルにいさま。」
「お前、怪我してるだろ。」
その言葉にギクリと身体が揺れ、家族は私を凝視した。
「リア?」その声は長姉と次姉だった。その響きは重なり、さぞかしお怒りの様だ。
「お前、髪に血がついてる。」
そう言いながら、私の髪に触れるアドルフ。糸目を更に細めて、私をじっとりと見つめた。
「何処を怪我した..?」
その響きは地を這うような、そんな恐ろしさを纏っていた。
「...つりばしで、」
「吊り橋で?」
「ツナをにぎりしめたら、..てのひらを、」
「ふーん。足を滑らせて綱を握りしめたら怪我したってところかい?」
そう言いながらギロリとこちらを睨む長兄アドルフ。
「..はい。」
「怪我したら一番に言いなさいと言ってあっただろう?」
そう言うのは父。
「おうきゅうしょち、しました。」
腕を掴み手のひらを確認しようとするアドルフがその糸目の目を見開いた。
「...怪我は?」
「おおとうさまが、なおしてくださいました。」
その言葉に全員の顔がビシリ、と固まった。
「「「大父様?!!!」」」