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天上の菫〜銀竜の末娘は転生者〜  作者: 湯かけほうれん草
3/14

5歳

 ーーああ、またあの夢を見た。


 ぱちりと目を開き、ゆっくりと呼吸をする。

 目に映るのは、もう見慣れたはずの天蓋で、窓を見れば外ではちらほら雪が降っているようだった。ふかふかのベッドから身体を剥がし、まだ夢の世界に片足を突っ込んだような思考のまま、窓へと近づく。

 慣れた手つきで窓を開け、顔を出した。凍てつく寒風が顔や首の肌を突き刺し、そして部屋へと飛び込んでくる。


「...寒い。」


 速攻で窓を閉め、部屋の暖炉の前に立つと、急いで薪をくべ、火打ち石をめいいっぱい打ち付け火を起こした。


 私、レイシア・ダルガニアは、由緒正しきダルガニア家の末っ子として生まれ落ちた。今は5歳である。5年も暮らせば慣れたもので、今ではこちらの世界の生活に順応している。

 ひとつ懸念を挙げるとするならば、先程のような夢をよく見る。..夢というよりは、前世というやつではあるが。

 あそこで培った物は、今役に立つかといえば是とも否とも言い難い。ただ思うのは、嫌な夢を見たと言うことだけ。胸糞悪くて吐き気がしそうだ。最悪な夢を見たが、朝から雪が降っていたのは久しぶりで、少し嬉しかったんだと思う。そのせいでつい窓を開けてしまった。雪と寒さのおかげで夢の事は一瞬で吹き飛んだのが幸いだった。


 部屋が温まるまで、今日の支度をする事にする。今日は初めて大父様に会いに行くのだから。


 大父様とは家族曰く、気難しく、捻くれ者で、大変容赦の無い方らしい。レイシアより先に生まれ、他と画一した優秀さを持つと名高い4人の兄姉達でさえ、精神的に木っ端微塵にされたらしいのだから。

 この日が来るまでに兄姉達は、なんとか阻止しようと連日に渡り説得してきたが、昨夜遅くまでこの部屋で懇々と説得してきたのは流石に堪えた。それも大事にされてる故の事だと分かっているのだが、ダルガニア家に生まれた以上これは慣例の事だと理解しているので、精神的に木っ端微塵にされようが通例儀式だと思えば何でもない。


 ポシェットに必要な物を詰めて、分厚い外套を出す頃には部屋が温かくなった。

 あとは料理長からお弁当と水筒を貰えば準備万端である。

 

 荷物を持ち、屋敷の食堂へと向かえば、家族が一様に揃っていた。

「あら、リアおはよう。」

「リアおはよう、よく眠れたかい?」

 私レイシアは、家族からはリアという愛称で呼ばれている。両親はにこやかに挨拶をしてきたが、4人の兄姉達は立ち上がり心配そうにこちらを見つめていた。

「おとうさま、おかあさま、おはようございます。ながく夢を見るほどによくねむれました。おにいさま、おねえさまがたもおはようございます。」


「ねえ、本当にいくの?」

 そう尋ねるのは長兄アドルフ。

 彼は白銀の髪に黒曜石の様な美しい瞳を持つが、常に糸目である為、その瞳の色は滅多に見ることができない。ずっと気になっていたので去年尋ねてみれば、一度だけ目を開いて見せてくれたが、後ろに控えていたメイド達が泣いて命乞いをしだした。あとで聞いてみたら眼力が人を殺しそうなまでに怖いとのこと。他の兄弟達でさえ初めて見た時は顔面蒼白だったらしい。泣きもせず、顔面蒼白になる事すらしなかった私はその後三日三晩領土内を連れ回されて、屋敷では大捜索が行われていたし、戻ってみれば酷いお叱りが待っていた。長兄は端正な容貌で、糸目が幸いするのか温厚そうな人物に見えるのだ。他者は警戒心無くダルガニア家に取り入ろうと兄に近寄るらしいが、兄弟達は知っている。目の事を抜きにしても、その兄は大変厄介な性格の、一番近寄ってはならない相手だと。


「リア!やっぱり、今日は途中まで私も一緒にいこうか?!」

 そう提案するのは長姉ソフィア。

 彼女はアドルフ同様に、白銀の髪に黒い瞳を持ち、日々庭で鍛錬を怠らない。その細い身体にどこにそんな力があるのか、剣だけではなく、弓や大槍まで扱えるとんでもない姉だ。ボードゲームでは常に勝ちを手にし、頭も大変切れる。良く言って万能型。長兄の破天荒な行いに振り回される兄弟達を纏める、姉御肌な姉である。まあ、悪く言うなれば、長兄の行動が面白ければ兄弟達諸共そちら側に巻き込む為、非常に厄介な相手とも言える。なんせ、今までで長兄の行いを阻止した数は片手で充分事足りるくらいしかないのだから。


「今日はやめよう。慣例だとは言え、リアが無理して行かなくても良いと思うよ。」

 そうキッパリ言い放ち、4人の中でも重症なまでに私を心配するのは次兄フレザック。

 彼は黒く美しい髪に、紫水晶の様な瞳を持つ。柔らかく微笑む様は、老若男女問わず大変受けの良い好青年だと思う。本当にそれだけだったらどんなに良かったか。次兄もダルガニア家の1人なのだからもう仕方ない事だと思うが、唯一の欠点として挙げるならば、私の事に関しては極度に振り切れるのだ。唯一のマトモな人間が、変態的なまでに私を溺愛するのだから。


「リア..今日は私達とお茶にする事にして、日を置いては駄目..?」

 愛用している扇を開いたり、閉じたりと、落ち着かない様子の次姉ジェニファー。

 次兄と次姉は双子であり、見た目がそっくりだ。次姉はいつもゆったりと微笑み、紅茶を淹れるのが上手く、社交界なんて出たら百合の花にでも例えられそうなほど完璧な所作を身に付けている。そんな次姉に所作を習っている私であるが、やはりこの姉も姉だった。お分かりいただけるだろうか。双子の片割れがあの次兄なのだ。その時点で予想はつくと思うが、この姉も変態的である。次兄同様、私に関して振り切れるわけでは無いが、違う事に関して振り切れすぎているのだ。それが良くも悪くも家族全員被害者というか..、いや、正確に言うと家族全員被害者という意識は持っていないだろうが..、とにかく、この次姉に関してもダルガニア家の1人なのだから、もう仕方のない事なのだと思う。


 私レイシアはこのダルガニア家に生まれ落ちた時点で、もう受け入れる他ないのだから。


「おにいさま、おねえさま、ゆうべもいいましたが、ぜったいにいきます。」

 その言葉に三者三様ならぬ、四者四様でガックリと肩を落とした兄姉達。


「ほら、リアの好きなようにさせてあげよう。私も昔は大父様に泣かされたりしたから、小さなリアを泣かせたくないお前達の気持ちは分かるよ。でも、大父様もそんなリアの心意気を買ってくださるはずさ。」

 父がゆったり微笑みながら、さあ朝食にしようと誘う声で席に着いたが、兄姉達は父の発言に顔を顰めると、食事の席につきながらもやはり断固阻止の方向で私を説得し始めた。


「貴方達!!」

 騒がしい食堂で、声をワザと甲高く響かせたのは母。静まり返る食堂は痺れを切らした母の独壇場となった。

「リアが自分で決めた事に、愚痴口と突っ込まないの!リアは貴方達の妹で心配なのは分かるけど、貴方達の妹であるからこんなに意固地でもあるの!そんなに心配なら、帰ってきた時に励ます用意でもしなさいなっ!!」


 ..いろんな意味で突っ込みどころ満載だ。

「ですが、母上。」

 それでも言いたいことがあるらしい次兄フレザック。

「ですがもへちまも、ゴーヤも間に合っていてよ!」

「母上!!」

「ザック、貴方の大切なリアが行くと言っているのです。貴方がリアを大切に思う事を、私が駄目と言い続けたらどう思って?」

「..っそれは、」

「..もうザック、貴方って子は、どうしてリアの事に関しては視野が狭くなるのでしょう。」

 それには激しく同意する。押し黙ってしまったフレザックに、母は優しく微笑むと、こちらを見てきた。なんとなく意図が分かったので、ちろりとフレザックを伺い見ながら、

「..もどったら、みんなでご本をよんで、ごろんしたいです。」と告げておいた。


 その言葉に長兄長姉は閃いたとばかりにニヤリと笑い、次姉は不安を浮かべながらも心得たと微笑み、次兄は僅かばかりに瞳を煌めかせつつもやはり切なそうな視線をこちらに送ると口を開いた。

「リア、ごろんって言うのは、みんなで寝るって事で良いんだよね..?」


 いや、そうじゃない。暖炉の前でゴロゴロしたいって事なんだが。

「いえ、そうじゃ...あ、はいそうですね。みんなでねんねしたいですね。」

 否定しようと口を開いたが、長兄が面白そうに目を見開きこちらを見ていたので肯定しておく。途端に破顔させて、こちらに微笑む次兄。

 両親からは溜息が聞こえて来たが、私も溜息を吐きたかった。

 次姉は「久しぶりにみんなで寝るのね!」と嬉しそうに扇を撫で、次兄は破顔しっぱなしで何かボソボソ呟いていたし、何より言質は取ったとばかりにニヤニヤ笑う長兄長姉の視線が痛かった。


-------------------


「ああ、やっと出れた。」


 料理長からお弁当と水筒をもらい、外套を羽織っていると、フレザックはそわそわと私の側を行ったり来たりしていたので、とりあえず腕を広げたら嬉しそうに抱き上げてくれた。

 しょうがない子、といったような微笑みを浮かべる次姉に見つめられ、何故か甘えん坊認定されている気がしてならない。それよりも、長兄長姉は部屋の隅でなにやら話していたのがとても気になったが。


「それでは、いってきます。」

 その言葉に長兄長姉もやって来て、両親と4人の兄姉達は屋敷の玄関で見送ってくれた。

 ..最後までフレザックは心配していたが。


 雪をざくりざくり、と踏みしめて歩を進める。ダルガニア家の子どもが5歳になったとき、たった1人で大父様に会いに行く。それがダルガニア家の慣しだ。その道中、他者の手助けを受けてはならぬ。それが大父様との古い約束。ダルガニア家がダルガニア家として存続しているのは大父様のおかげなのだ。

 ご挨拶の日にちはいつでも良いが、雪が降る季節が尚良しとされている。唯一の約束はひとりで伺う事。大父様と初めて会った時、長姉と次兄は硬直し、次姉は泣いたらしい。長兄は「私の目を持ってしても立ち向かえない相手だったね。むしろ親近感を覚えたくらいさ。」と、昨晩教えてくれた。

 双子の次兄次姉は一緒に行ったのか、と尋ねれば日にちをずらしてそれぞれが挨拶に行ったらしい。

 その"ひとり"で伺う徹底振りに、なんとしてでも付いてきたがる兄姉達を置いてきて正解だったと思う。


 歩を進めて数刻もしないうちに、目印の一つでもある大きな谷にたどり着いた。

 ...それにしても、ここまで大きな谷だったとは。


「..100メートルはありそうだな。」

 この吊り橋を渡るのだが、吊り橋の木の板には雪が積もっていた。

 つま先がかじかんでいたが、滑らないように綱を握ると一歩一歩慎重に渡る。滑った瞬間に谷底へ真っ逆さまだ。谷底は吊り橋の長さ以上に深い、落ちれば即死は免れないだろう。一度死んだ身ではあるが、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 谷には風を遮るものが無く、風に煽られるたびにギシリと軋み音をたてて大きく揺れた。

 寒風に吹き晒され、鼻の頭はきっと真っ赤になっている事だろう。綱を強く握りしめる5歳の手は真っ赤になり酷く震えていた。


 

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