103話 セラVSエルマー
正直それは意外……、というより、完全に埒外の行動だった。
何しろ敵は完全武装の重装騎兵の群れ。その中に、単身、普段着で飛び降りたのだ。エルフの女性が。
おかしいだろう。
実際、彼女が飛び降りたことにパラディンたちも面食らっていた。が、すぐに笑い始めた。
「ぎゃははははははは!」
「こ、こいつおかしいぞ!」
「笑えるううううう! ぎゃははははは!」
馬鹿笑いするパラディンたち。
その気持ちはわからないでもない。城壁の上に居ては手が届かない相手も、今や目の前にいる。千載一遇の好機だ。
「ははは! 剣聖殿は、よほどの馬鹿でいらっしゃるらしい」
エルマーもそう言った。
当の本人は、剣の柄に手をかけていた。抜刀しようか迷っているようだ。いや、もう余裕があるとは思えない。敵のど真ん中にいるのだ。
「ひいい! フェ、フェイさん!? どうしましょう!?」
混乱しているエドウィン君。当然だろう。
「エドウィン、すぐさまカランに戻り、生徒たちに武装させて援軍として戻ってこい」
僕は命じた。
「わ、わかりました。先生は!?」
そう聞くエドウィン君。
「僕はセラさんの戦いを見届ける」
僕はそう言った。それぐらいの責任は果たしたい。
エドウィン君は走って行った。それにしてもだ。セラさんは何を考えているのか。正気とは思えない。
この城壁を壁にすれば時間は稼げたはずだ。ハイランドの防備は十分とは言えないだろうが、数カ月は持つ。わざわざ城壁の外に出るなんてどうかしている。だがもう、どうにもならない。彼女に任せるしかない。
「それで剣聖殿、降伏してくださるのかな?」
そう聞くエルマー。
「……? 何故私が降伏せねばならん」
そう聞くセラさん。
笑うエルマー。
「いやいや。まああんたは目が見えないのかもしれんが、この状況、どう考えても降伏か死かしかありえねえぜ。もっとも、アルパ王国では異種族は奴隷か死と決まったんだ。あんたもロクな目には会わねえだろうがなあ!」
そういうエルマー。
「狂っているな。どうしてそんな国に従う?」
そう聞くセラさん。
「ああん?」
そう言うエルマー。
「今や世界は開けている。色んな人が集い、協力し合ってこそ未来は開けるのだ。他種族を排除しても意味は無いだろう」
そういうセラさん。
「ケッ! そんな御託は要らねえんだよ。おい野郎共、このゴミを片付けろ!」
叫ぶエルマー。
「了解! 死ね!」
セラさんに剣を突き出す兵士。
「ミスティコ!」
抜刀するセラさん。剣から緑色の光が放たれた。
「うっ!?」
目がくらむパラディンたち。
「ぎゃああああ!」
叫ぶ兵士。鎧の隙間を刺され、絶命した。
「上等だ! 抜刀!」
叫ぶエルマー。騎士たちが剣を抜いた。
「突撃! 踏みつぶせ!」
ドドドドドドドドド、と重装騎兵の突撃がセラさんに襲い掛かる。3騎!
その一人目の突撃を華麗にかわし、馬を横から突き刺す。ヒヒーン! と叫んで倒れる馬。二人目の攻撃、三人目の攻撃もかわした。
ひらりと木の葉のようにかわすセラさん。騎士たちの目にも警戒の色が戻る。
「なめるな!」
剣を振り、襲い掛かる騎士。だがその剣を弾き、目を切り裂いた。
「うぎゃあああ!」
叫ぶ騎士。逆方向から襲い掛かるもう一人の攻撃をかわし、背後に一撃を加える。
「があっ……」
倒れる二人。
剣聖。その伝説。
もちろんアルパ軍も、それぐらいの事は知っていた。が、知っているのと実際に見るのは違う。
実際に、その剣が血肉を食らうのを見て、やはり実感するものがあったのだろう。パラディンたちにも、躊躇の色が浮かぶ。
「ひるむな! 突撃!」
突撃を命じるエルマー。その命令は絶対だ。
「うわあああああ!」「死ねええええええええ!」「うがああああああ!」
突撃する騎士たち。
だがその攻撃はすべてかわされ、鋭い一撃を受け、倒れる騎士たち。
まるで大人と子供。
騎士たちも、アルパ王国で選抜され、厳しい訓練を積んできた。ゆえに自信はあったはずだ。それでも、遠い。恐るべき実力差。
僕も感心していた。これほどか、と。
いつしか、騎士たちは突撃をやめた。無駄だと気付いたのだろう。
「おい! 突撃を命じたはずだぞ!」
叫ぶエルマー。
「し、しかし団長。あれには、とてもかないません……」
騎士はそう答えた。
「冗談じゃねえ。冗談じゃねえよ……」
エルマーはそう言って、剣を抜いた。
動揺はしているはずだ……。しかし、彼の剣術も恐るべきものだった。魔法学校では完全に別格の実力者だった。
その剣を構え、正眼の構え。セラさんは自然体だ。
「食らえ!」
斬りかかるエルマー。受けるセラさん。ガキン! と火花が散り、押される。
「!」
すっと下がるセラさん。しかしエルマーはそのまま前進し、強引に押し切る!
「ミスティコ!」
叫ぶセラさん。魔剣の力で、間合いが取られた。
「やはり魔剣か」
そういうエルマー。魔剣について、知っているのか。
「魔剣を手にした剣聖と戦って、怖くないのかな」
そう言うセラさん。
「怖くなどない。もうその剣は見切った」
そう言うエルマー。
「見切った?」
そう聞くセラさん。
「そうだ。そのためにパラディンを何人か犠牲にしたからな」
そう言って笑うエルマー。
「……腐っているね。やはりその剣、ここで断たせてもらう」
セラさんは剣を構えた。初めてだ。
その構えは、剣を前に突き出す構え。守備的な構えだ。大してエルマーは上段、力任せの攻撃構え。
エルマーの方が、単純な筋力では上のはずだ。その点は危険。
「終わりだ!」
斬りかかるエルマー。受けるセラさん。ガキン! と押されるセラさん。
「くっ」
何とか剣を回し、いなすセラさん。しかしエルマーは逃がさない。
「はあ!」
どご! と腹に蹴りを入れた。
「うぐ!」
ダメージを受け、撤退するセラさん。再度、剣を構えた。
「行けるぜ隊長!」
「やっちまえ!」
叫ぶ生き残りのパラディンたち。
「セラ様……」
「セラ様、負けないで!」
ハイランドのエルフたちも、祈るように見つめている。
「残念だよ」
セラさんはそう言った。
「? 何がだ?」
そう聞くエルマー。
「君のような良い剣士を、殺さないといけない」
セラさんはそう言った。
「上等!」
斬りかかるエルマー。渾身の一撃だ。
「ジェイク!」
セラさんは叫んだ。ガキン! と剣がぶつかる。
……?
その時何が起こったのか、説明するのは難しい。
……。
ただ、揺らめいた。何が? わからない……。
考えてみれば、あの剣については、僕が詳しかった。事実、あの剣に斬られたのだ。どうやって? それはわからない。
事実、エルマーにも意味不明だっただろう。
「うっ……? ????」
エルマーは、全身をズタズタに切り刻まれていた。
その事実に気づくまでが数秒。彼が絶命するのに十分すぎる時間だった。
「ぐはっ……」
ブシュアアアアアアア! と鮮血を噴き出し、彼は倒れた。