白猫と先輩
雨の中を巧の他愛もない話の相手をしながら家へと歩いていると、一匹の白い猫がどこからか道端へ飛び出してきた。
飛び出してきたというより、元々そこにいたのに気づかなかったというように思えた。いきなり現れたのだ。
綺麗な白の毛並みに蒼く澄んだ瞳が美しい。
歩き方は優雅であり、手を出して撫で回すのが躊躇われるほどだった。
その猫は俺たちの方へゆっくりと歩いてくると、俺の前で止まった。
腰を下ろして胸を張るような仕草をする猫に俺はしゃがんで顔を近づけた。
隣にいた巧も同じく姿勢を低くしてその猫を見ていたが、俺と思ったことは同じなのか、気軽に手を触れて可愛がることはしなかった。
俺が顔を近づけると猫はさらに首を伸ばして胸を張るのを強調してきた。
その首には綺麗な装飾品のついた首輪がしてあった。
首輪というよりはネックレスと言った方が似つかわしいであろうか。
かなり高価なものに見えたが、いやらしい宝石の付き方はしていなかった。
この白猫は俺に自慢したいのか、何度かその装飾を見せつけるように首を動かした。
俺は恐る恐る手を伸ばし、ネックレスについている美しい装飾を下から掬い上げるように触れた。
高い宝石とかだったら素手で触れるのは不味かっただろうか。
そんなことを考えながらも、その装飾品に刻まれた模様を見ていた。
少しすると猫は腰を上げて、俺の顔をじろじろと見てから歩き出した。
「なぁ、俺にも見せてくれよ」
と巧は猫の後を追うように歩きながら話しかけていた。
金持ちの家の猫は人間の言葉も理解できるようになるのだろうか、などと自分でも馬鹿げたことを思ってしまった。
そう思えてしまうほど、その猫には知性があるように感じたのだ。
猫の後を追って歩いていくと普段は子供たちがボール遊びなどをしている小さな公園に入っていった。
公園を見渡すとそこに一人の女子生徒が傘もささずに立っていた。
猫はその女子生徒に近づいていくと足元で止まり、ゆっくりと持ち上げられた。
俺はその姿に驚いてた。
そこに立っていたのはあの日、妹と一緒にいた古川先輩だったのだ。
先輩が雨のなか、猫を抱く姿は一枚の絵画のようだった。
「傘も指さずになにやってんだ古川先輩。お前傘渡してきたら?」とチャンスだぞといった様子で巧が茶化してきた。
「いや、やめておくよ。」
と俺は巧に言って、家へと歩き出した。
「おいおい、せっかくの話せる機会なのに。帰るのかよ」
そんな風に言われても、もう今の俺には先輩をそういった目で見れなくなっていたのだ。
俺たちが公園から離れてくのを古川先輩はじっと見続けていた。実際には目を合わせていたわけではないが、視線が背中に突き刺さっているのがひしひしと伝わっていた。
変な感じだ…。
あれだけ好意を寄せていた人に、今では少しの怖さすら感じているのだ。
俺たちはその後、特に会話をすることなくそれぞれ家に帰った。
俺はその日の夜、自分の部屋にこもって、封筒の中に入っていたものを見ていた。
切符は蒼く透き通り光にかざしてみると、自分が水のなかにいるようだった。
こんなのどこで使えるんだろう…。
不思議なその切符はまるでおもちゃのようで、また現実のものではないようだった。
この鍵もいったいなんなんだ…。
表裏をよく見てみると、鍵の持ち手の部分に何か模様があることに気付いた。
こんなのあったかな…。
そこではっと気付いた。
この模様は帰り道に会った白猫の首にあった装飾の模様と同じように思えた。
はっきりと覚えていたわけでは無いが、この不思議な模様は印象が強かった。
だとしたら、この封筒と鍵を俺の下駄箱にいれたのは古川先輩だったのか…。
そんなことを思わずにはいられなかった。
でもどうして…。
小一時間程そうやって切符と鍵を眺めていたが、ふと時計を見ると、時刻は1時をまわっていた。
俺は明日の事を考え、封筒の中に切符と鍵をしまって、布団のなかに潜り込んだ。
そとではまだ雨音がなり続いていた。
明日の朝には晴れるだろうか。
一応クラスの奴らにも明日の朝、イタズラで封筒をいれたか聞かないと…
目を閉じて色々考えていたら、ゆっくりと眠りのなかに溶けていくのを感じた。