日常
何が起きてるのか
俺はその光景を現実だと思えなかった
自分が思いを寄せていた先輩と自分の妹がキスをしているその光景を
俺は遠くから、ただ眺めることしかできなかった
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
教室の窓から曇り空を眺めていると、ぽつりぽつりと水滴がつき始めたことに気づいた
また雨か…
何処かから吹奏楽部の練習する音が聞こえてくるが、断片的に聞かされるその曲を耳にしながら、頭の中ではこの間の光景が何度も巻き戻されては再生される
こんなことになるならさっさと帰ればよかったと心底思った
教室の扉が開く音がして、教室に数名のクラスメイトが忙しそうに入ってくる
「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」
そう聞かれたので少しうんざりしたように答える
「巧のやつが遅いんだよ。見かけなかった?」
見てねぇ!と雑に返事を返されて、彼らはまた忙しそうに教室から出ていった
運動部は雨の日も大変だな
そんなこと思いながら、自分がなにもせずこうしている間に、他の奴らは有意義な時間を過ごしているなぁと感じさせられる
そんな風に感じられるだけ、自分も何かしなきゃいけないと思っているのだろうか
自分のことが一番よく分からない…
色々なことを考えても答えはいつも出てくることはない
また静かになった教室に、楽器の音が流れてくる
気づくと外では雨の量が増していて、小さな川が窓を伝っていた
小さくため息を吐き、壁にかけられた時計を見るとホームルームが終わってから既に一時間ほど経とうとしていた
もういいかと思い、立ち上がり荷物をまとめていたところに巧のやつがやって来た。
「悪い!待たせた!」
と申し訳なさそうに手を合わせて謝る友人に、帰るところだったぞとひとこと言って教室の扉の方へ歩き出す
「先輩に捕まっちまってさ、これでも逃げ出してきたんだぜ」
と俺を長い時間待たせた事への言い訳を始めた
俺は、はいはいといった様子で、その言い訳を聞いてやった
別にそれほど怒っているわけでもないし、待たされた理由なんて気にしない
だが、少しは待たされる身にもなって欲しいものだ
お陰で思い出したくないことまで思い出してしまった
数日前に見てしまったあの光景
密かに思いを寄せていた女性が自分の妹と唇を重ねていたのだ
衝撃的だったのは言うまでもないが
17年間生きてきて、あれ程までどうしたらいいのか分からなくなったことはなかった
自分は唯々立ち尽くすことしかできなかった
それからというもの、何も手に着かないし、妹とはどう接したらいいか分からなくなってしまったのだ
兄がいつもと違うことに、果たして妹は気づいているのだろうか
いや、元々仲の良いの兄妹だったわけでもないのだし
頭の中まで覗き見しない限り、そう簡単に些細な変化など分かるものでは無いのかもしれない
下駄箱へ向かいながら、巧が熱心に語りかけてくる
最近始まったドラマの話らしいが、俺はテレビをあまり見ないので何を言ってるのかさっぱりだった
学生と教師が恋に落ちるストーリーらしいが、第一話から怒濤の展開だったとかなんとか
俺からしてみたら、そんなフィクションの
しかも画面の中で繰り広げられる
お話よりも目の前で起こった事の方がとんでもない事件だった
適当に相づちをしつつ、靴を取り出そうと下駄箱を開けると白い封筒のようなものが落ちた
何かのイタズラかと思いつつ、それを拾い上げると、随分丁寧な字で宛先である俺の名前が書いてあった
いかにもな女の子らしい字で書いてあるわけでは無い辺り、誰かがイタズラで入れたのでは無いように思えた
しかも何か入ってる
巧が近寄ってきて、なにそれ?と聞いてきたので
「わからん。ラブレターかも」
と言うと、誰かのイタズラじゃね?と最初に俺が考えたことと同じ事を口にしやがった
自分で思う分には気にならなかったが、本物ではなくイタズラの可能性を最初に言われたのは少し気に入らなかった
まぁ、いいけどさ
ハートのシールで封しているわけでもなかったし、案外普通の手紙かもしれない
封を開けて中に入っていた中身を取り出す
そこには透明な薄水色の切符が一枚と鍵が一緒に入っていた
全く意味が理解ができなかったが、差出人の名前すら書いてないのには気持ち悪さを覚えさせられる
「なんだそれ?」
巧は俺の手から切符をひょいと抜き取るとまじまじと見始めた
ズボンのポッケからスマホを取り出し、手慣れた手つきで切符に書いてある行き先を検索しているようだった
しかし、どれだけ検索してもその駅名を見つけることは出来なかったようだ
「なんだこれ、きもちわりぃ」
と言って切符を俺に返してきた
自分も巧と同様にスマホで検索してみるが、駅名どころかそれに関する地名すら検索結果に出てこなかった
そもそもこんな切符見たことない…おもちゃか、差出人の手作りだろうか?
沫町とそこには書かれていた
「あわまち?聞いたことも無いし、検索しても出てこないってことはそもそも存在しないのか」
そう言って、先に調べてくれた巧の考えを聞いたつもりだったが、全く検討がつかないようで
やっぱいたずらじゃね?とあまり深く考えてない様子で返されてしまった
しかし、しっかりとした鍵を入れるなんてイタズラにしては力が入りすぎているように感じる
なんだか捨てるにも捨てられないし…
分からないことだらけだった
バッグに入れようとすると、巧に持って帰るのかよと少し引かれた
だが本物のような鍵も入っているしイタズラで入れた奴の家の鍵とかだったら捨てる必要はないと思った
もしかして今この状況をこそこそと隠れて見て楽しんでいるのかもと、辺りを見回したが自分達以外に人影はなさそうだった
いつの間にか自分の頭の中を占拠していたあの出来事の事を忘れるほどに、俺はその奇妙なイタズラに飲み込まれ始めていた
先に歩き始めていた巧に帰ろうぜと言われて、ようやく俺は少しの間立ち尽くしていたことに気づいた
明日クラスの奴らに聞くということを決めて俺たちは歩き出した
雨は先程よりも、また少し強さを増していたようだった
作品のジャンルって難しいですね