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掌編小説集 「太陽が近かったなんて」 収録例

掌編「黄昏ゴブリン」

作者: 蓮井 遼


お読みいただきありがとうございます。どういう評価になるかはわかりませんが、思いついたので書いてみました。これが今後の話のスタンスのような気がしてきました。



「何のために生きるのかなんていう問いは歳月ともに変わっていくのだ」

 ゴブリンは家に帰る道を歩きながら考えていた。

「だが、考える考慮なく俺の歳月がもうあと僅かだとしたら・・」

 ゴブリンは既に彼の帰りを待つ者がいた。もう彼が宝物だと思っていたゴブリン一族の王冠を探す気はなかった。王冠を探すことか、一緒にいるものと共に過ごすために生きるのか、道を歩く彼はこの自分の命で何をするかということが未だに掴めなかった。その考えを放棄して、とりあえず彼の家族と一緒に過ごすような日々を送っていた。彼は王冠を探していた嘗ての日々に意義は見いだせなかったが、色々な景色を確認できたとは思った。はたして自分がわざわざ旅の間で新しいものを見る必要があるかと疑うと彼は決して必要ではないと思った。必要であるかないかを判断するのは過ぎたあとだからなのかもしれない。だって確かに俺は旅に見るものを楽しく思っていたのだ。例えば、彼は王冠が竜の住む火山の火口付近にあると噂を聞き、行ったことを思い出していた。

 火山は熱さで彼の侵入を阻んでいた。ゴブリンはどうしたら先に進めるかとあれこれルートを進んでいく内に一本足の鳥に出会った。

「あの・・こんにちは!」

 ゴブリンの呼びかけに一本足の鳥は喋らなかった。この鳥の羽毛は真っ青で彼には触れてみたくなるほどの美しさだった。

「おれ、この火山の火口まで行きたいんだけど」

 そう彼が言うと、一本足の鳥はグエエと鳴きながら、彼を咥えた。痛いとゴブリンは訴えたが、鳥は彼の声は些細なものだと思ったか、一気に走り出して、ゴブリンはあまりの速さに身体がついていけず意識を失った。再び、彼が目を覚ました時にはもうその鳥は辺りを見渡してもいなく、あと少し進めば火口に行けるところまで辿り着いていた。

 ゴブリンがこの鳥のことを仲間に話しても、仲間のなかで他に知っている者はいなかった。大陸のなかを津々浦探し回る者は限られているかもしれない、俺はその限られた発見者の役目を背負っているのか、けれども彼はその役目を務めることに乗り気でなかった。

 歩き続けると日は沈んできて、空が赤と橙色が組み合わさった色に変化していった。彼はまだ家まで歩く途中だが、その太陽と空を見ては、「俺はあと何度もこの道を行き来するのだろう」と思った。確かに彼の心は帰りを待つ者の声や抱擁に癒されて、明日を迎える準備ができていた。たまに彼は皆が寝静まる夜中に起きて考えることがあった。

「役目というものが何もないのかもしれないと思っていても、ただ好きなことが続くと思っていながらでも好きなことだけをしていくのは何か俺が生きている意味としてはどうも薄いな」

 ゴブリンがこの道を歩いているのは食い扶持を稼ぐためだった。彼は奔放に王冠を探すことを止めて、一家が生きていけるように人間と一緒に日雇いの労働をしていた。採掘現場で彼は鉱石を掘り出す仕事を来る日も来る日も続けていた。幸い、ゴブリン用の作業着は職場に置いておくことができたから、彼はほぼ何も荷物を持たずに片道一時間かかる道を歩いては帰っていた。ただ、何かないと遊び足りなくて退屈になってしまうので、昔から大事にしていた先の長い杖を彼は肩に担いで、時々は振り回して帰っていた。

 この日も彼は長い時間かかってやっと家に着いた。ゴブリンと雖も、住まいを人間から借りていた。その方が生活に余裕が取れて快適だった。彼が玄関のチャイムを鳴らすと、しばらくして彼の奥さんが迎え入れた。

「おかえりなさい」

「あー。帰ったよ、夕焼け見たかい?」

「ええ、綺麗だったわ」

 彼は居間を進み、その奥の寝室に入った。そこに彼らのまだ幼い子供が寝静まっていた。

「ただいま!」

 陽気に呼びかけるも、子供は眠っていたから返事はなかった、それでも彼は毎日呼びかけていた。

「ご飯を食べましょう」

「そうだな!ネズミはまだあったかな」

「まだ残っているわ、温めなおしておいたの」

「おっ、ありがとう!気がきくねえ」

「あなたがちゃんと帰ってくれるからよ」

 二人はご飯の間、お互いのその日、あった他愛もないことを話していた。夫婦の会話は妻の話を夫が聞くことが専らかもしれないが、彼は考えるのも話すのも好きなので、交代で話をするくらいであった。

「ねえ、俺は働いているよ」

「そうねえ、私も家であなたを送り出すために忙しなくしているわ」

「こんな日の繰り返しで、俺は生き続けていいのかな」

「わたしも同じことを考えていたらどう思う」

「そのうち、あと数年も過ぎたら会話も少なくなるかもしれない」

「話が終わってしまうってこと」

「それは悪い場合だけど、君は何か好きなことってあるかい」

「うーん、山登りかしら」

「そうか、じゃあ俺も一緒に山登ろうかな」

「この子がまだ幼いから無理よ」

「あたた、そうかあ」

「川にでもこの子と一緒に遊びましょう」

「そうだな、そうしよう」

「ねえ」

「ん」

「あなた、私に会う前に王冠探していたじゃない。一族の宝だとかいって」

「ああ」

「また探したいって思わないの」

「今は思わないな、多分君に会わなかったままだとしても、思うのは止めていたよ」

「どうして」

「どうしてだろう、あちらこちらに動き続けるのが疲れたからかな」

「ゴブリンって」

「ん」

「同じところを行ったり来たりしたいのかしら」

「なんでだ」

「だってあなた長い時間、毎日歩き続けているじゃない。人間なら滅多にいないんでしょ」

「まあ、人間はもっと近いところに住んでいるからかもしれないけどね」

「でも行ったり来たりの繰り返しでいいのかもしれない」

「俺たちは死につつあるけれどか」

「悲しいこと言わないで」

「今からもっと時が過ぎて、ある時俺といたことを後悔したって遅いんだよ」

「それってどのゴブリンでも一緒な気がする」

「そうなのか」

「役目が違えば、どんな相手でも失望するのじゃないかしら」

「賢いね、君は」

「ねえ、もう横になって、またあなたの話の続きを聞かせてよ」

「ん、なんのことだっけ」

「ほら、この前、あなたが子供に作り話聞かせたじゃない、あの話の続きが聞きたいの」

「ん!あーあのゴブリンの王様がなんで王冠を失くしたって話か。じゃあ湯舟に浸かって考えておくよ」

「頼むわね!」

 彼は浴室に行き、衣服を脱いでは妻の沸かした大きな鍋に浸かってふーっと息を吐いていた。そして、彼女に次何を話そうかと取るに足らぬことを考え始めた。


 




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