6 長老がピリピリしすぎで怖いです
「と、言うことがあって、私はこの少女に救われたんです」
「・・・うむ。本来ならば、我らか弱き種族を人間が救うなんてことは無いのだがな」
そうか。この世界では、魔法やそのほかの色々な要素があるため、何の魔法も特別な技能も持っていないオオカミは、この世界での食物連鎖のピラミッドでは、極めて低い位置にいるということになる。
「彼らも、一部は思慮深い生物だということです。私はそうであったと胸を張って言えるわけではありませんが」
「お主の場合はまた別じゃろう。棲む世界が違うと、生物の心も違う。お主の世界ではニンゲンはみな平等だったか?」
長老の言葉に、思わず言葉を失う。地球でも、「住む世界が違う」という表現はつかわれていた。それは、主に貴族と平民、金持ちと貧乏人、権力者と一般人、絶対的強者と圧倒的弱者。それらを比べる時に使われていた言葉だ。そして、住む世界が違うと、大抵は傲慢であったり、何かしらの感謝を忘れていたりする。俺も、幸せに暮らしているという幸せを、当たり前という風に認識してしまっていたように思う。
「なるほど」
「この世界は、其れが更に酷い。魔力の強弱、大小で扱いが違うのじゃ」
「・・・・魔力を持っていることが当たり前であるがゆえに、持っていないものを異端と扱っている」
「言い方は少し過激じゃが、その通りじゃ」
「大変、ですね」
「まるで他人事のようにいうのう」
「まだ実感がわいてないのかもしれません」
まだこの世界に慣れきってないっていうのはあるだろう。未だに、人間を狩るときには気持ちが悪くなる。最初は、嘔吐だってした。げろげろりんだ。「悪意を持って森に入ったもの」を狩っているとはいっても、人間は人間。気持ちが悪いのは仕方がない。
「・・・・・で、さっきから小さく縮こまっておるのが、お主を助けたとかいう小娘かの?」
「あ、紹介が遅れました。・・・・えーと、ほら自己紹介」
「あ、は、はいぃ!ご紹介に与かりまりてゅあ!ネリエル・アルゲーダーと申しまっす!ネリーとお呼びくださいッ!」
「緊張しすぎだよ」
軽くなだめてから、長老に内容を翻訳する。
「そうだ、もっと落ち着くんじゃ。別に、取って食ったりせん」
「もっと楽にしていいと言ってる」
「は、はひぃ!」
「まぁ、この通り悪い奴ではないんです」
「ここまでだと、演技かもしれぬと勘ぐってしまうな」
まだはわはわ言ってる、ネリエル。うん、ネリエルね。そういえば、聞き忘れてたな。到着したら、中に入る前に名前聞いとこうと思ったけど、四十分くらいずっと走ってたから忘れてた。テヘ。初めての人間との接触だったもんで、昂っていたようだ。
「で、別に救ってもらったから招待したわけではあるまい?こんなジメジメしたところに招待したところで、喜ぶはずもない」
「招待したわけじゃないだろう、ここはあまり居心地が良くないだろうしと言っている」
「い、いえ、私は良いところだと・・・ひっ!」
ジメジメした洞窟をネリエルが褒めようとすると、長老がじろりとにらみつける。余計な気づかいはするなという意味なのだろうが、怖がってるからやめてあげてほしい。
「はぁ。俺の口から説明します。えーと、俺がその少女から石を譲り受けて救われたということは言いましたよね?」
「うむ。魔石じゃな」
「その特大の石・・・・魔石は、どうやらとても高い価値を持っていたようで・・・。」
「この小娘は、我が愛しき子らに代償を支払えというのか?」
俺の話を聞いた長老が、全身から威圧感を放つ。それは、魔石から力をもらい受けた俺でさえも、圧倒されて、押しつぶされそうな力だ。俺が体当たりで倒したゴブリンにさえ勝てなかった彼女・・・・ネリエルは、耐えきれないだろう。
「長・・・・老。俺は自発的に・・・・・ッ!」
強すぎる威嚇・・・威圧?に意識が押しつぶされそうになりながらも、なんとか事実を伝えようと口を開く。というか、俺にまで威圧をかけることはないんじゃないだろうかっ?お、圧し潰されッ!?
「・・・・自発的に?」
「そ、そうですッ!」
「ふむ。まぁ、魔石を使った躁術、呪術ではないであろう。術者が気絶しているのに発動する術を、魔圧が少ない小娘ができ得る筈も無し」
そういうと、長老は威圧を解く。なるほど。俺が何か呪術にかかっている可能性を考慮して、試したってことか。なぜ俺にまで威圧を使ったのかは分からないままだったが。
「ッ!ネリエル!」
「」
「ネリエルっ!?」
「・・・・ぁ。おお・・・カミ・・・さん」
「ほっ、生きてたか・・・」
「む。失礼な。儂は愛しき子が招待した者を殺すほど、残酷ではないわ」
「実際死にかけていたでしょう」
「すまぬ、正直加減を間違えた」
「もし死んでたらすまんじゃ・・・はぁ。・・・で、説明を続けると、家宝になっていた魔石を使って、救ってくれたネリエルの旅に、ついていこうと思ったんです」
「それが自分の意志だと言うのであれば、儂は何も言うまい。儂は、愛する子の意思を尊重しよう」
「母は・・・」
「儂から説得しよう。興奮するお主の母とじゃまともな話し合いもできぬだろう。最悪、ネリーを喰い殺しかねん」
「説得は長老がしてくれるって。最悪、母さんがネリーを殺すことになるかもしれないからって・・・」
「ひっ」
意識を回復したばかりのネリエルが、顔を青くして小さく叫ぶ。なんだ、結構元気そうだな。これぐらいなら、問題なさそうだな。しかし、考えてみると散々だな。自分が助かるための切り札をただの獣なんかに使ったと思えば、デカいオオカミなんかと会うことになって、威圧で死にかけるなんて。
「じゃから、儂から説明するというわけじゃ。お主はすぐに出発しろ。後は儂に任せてな」
「恩に着ます」
「儂とお主の間に堅苦しいのは無しじゃ。いいからはよう行け」
「有難うございます。次帰ってくるときは、土産にうまい酒でも持ってきます」
「期待しておるぞ。せっかく人の世に出るというなら、武勲を轟かすのじゃ」
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「良かったんですか?」
「何が?」
「お母さんに挨拶しなくって」
長いこと俺の背中に乗っていたことにより、そこそこ慣れてきたようで、結構な速度と悪路を物ともせずに、話しかけてくる。どうやら、悪路に慣れたのはネリエルだけの様で、ネリエルが抱きかかえていたデリカシーは振り落とされてしまったようだ。・・・・え?つまんない?
「・・・・それは、俺の母さんに食べてほしいっていう認識で合ってるかな?」
「いや、それは勘弁願いたいですけど、やっぱり、別れの挨拶くらいは」
「いいんだよ」
「でも」
「母さんの顔を見たら、多分決心が揺らぐ。だから、良いんだよ」
「すみま・・・せん」
「謝るなよ。俺の意志でここに居るわけだしな」
「ほんとに、すみません・・・・・」
そんなに謝ることはない。そう思ったんだが・・・・なにか、別のことを謝っているように思えてならない。まぁ、人の性格は人の数だけ存在する。ネリエルが人一倍申し訳なさを感じて、謝りやすい性格なんだろう。
「・・・・」
「・・・・」
何だろうな、この雰囲気は。何か、考えていることを言い出せないような、遠慮しているような。き、気まずいッ!・・・いつか、お互いの腹の内を隠さず打ち明けられるような、いいパートナーになりたいなぁ。