5 救われた命、使うならばご自由に。
「・・・・カミさん。オオカミさん」
「グル・・・・?」
誰かに呼ばれたような気がして、ゆっくりと瞼を開ける。太陽の光で塗りつぶされた白い視界を、瞬きを何度もして慣らしていく。すると、目の前には心配そうな顔をした少女が居た。そうか。俺は、ゴブリンと戦って、この少女に助けられた・・・
「はぁ・・・・良かった。一度体が膨らみだしたときはどうしようかと思ったよ」
「ガウ!?」
え、そんなことがあったのか?そんな恐ろしいことを聞くと、大人しく逝っていたほうが良かったような気がしてしまう。結果生きてるからいいか。しかし、体が膨らみだしたって、これ・・・・
「グルル・・・・」
「ちょっとだけ大きくなったね」
ああ、本当にちょっとだけな。本当に、よく見なければ気づかないという程度だ。でも、大きくなったというより、筋肉がついたような。すごく、重くがっしりしてる。でも、足の筋肉も引き締まってるから、今までに比べて遅くなったりはしないと思う。むしろ、今までよりも早くなる気がする。
「グルル・・・・」
他に変わったことといえば・・・・体の中に力強く感じる力。これは・・・・魔力だ今まで自分の身体に流れていた、感じ取れないほど微量な魔力とは全く違う。それにしても、これはすごいな。自分の中に、激しく流れる力を感じる。細い血管の中を、血がすごい速さで流れてるみたいな。ホースに、水を勢いよく流してるみたいな。そんな感覚が、体の中にある。いや、待てよ。なんか・・・・
「」
「オオカミさん・・・・?」
「あ、あー」
「え!?」
「おあ、あー・・・・おお、なんか喋えた」
なんか喋れた。これは、もしかして。長老が言っていた賢者の魔法の効果か・・・?しかし、俺は今人間だ。人間同士の会話や意思疎通をサポートする魔法は、俺には効果がないはず。もしかしたら、魂は人間だからとかそういう理由だろうか。何はともあれ、ラッキーだ。
「・・・・なんで喋れるの?」
「え。わからん。すごい魔力を手に入れたから?魔物になったからかも?」
「確かに、魔物には喋れるのもいるけど・・・・」
「それに、前世人間だし・・・・」
おお、だいぶ慣れてきた。うん、どうやら、問題ないみたいだ。あの商人がしゃべってた言葉と同じ様だしな。懐かしいな、あのゴリ・・・・筋肉だるm・・・・ムキムキのおっちゃん。今何やってんのかなー。
「え!?前世の記憶があるの!?」
「まぁ、なんて言うか、死んで気づいたらオオカミになっていたというか」
「聞いたことある・・・・前世で死んだ別の世界の人が、この世界に転生してくるって。すっごくつよくて、勇者様って呼ばれたとか」
「え、俺が勇者か!?」
うおおおお!なんだか、テンション上がってきたなー!!!勇者って言ったらアレだよな?めちゃくちゃつよくてかっこよくて正義の味方な勇者だよな!?魔王とか倒しちゃう勇者だよな!?すッげえええ!勇者の血筋って言ったらあれだろ!?ライデ〇ンとかギ〇デインとか、伝説の雷系の魔法使えちゃうんだろ!?あとパルプン〇とか!!!!
「いや、オオカミだと思うんだけど。それに、今魔物化してるんだけど」
「ああ・・・・」
一気に現実に引き戻される。そうだった。俺、今魔物になってるんだった。しかも、オオカミに転生してゴブリンに殺されかけたしね。どっちかというと、転生後に闇墜ちして勇者に殺される側じゃね?はぁ・・・・。
「まぁ、いいや。助けてくれてありがとうな。嬢ちゃん」
「ううん。お礼には及ばないよ。オオカミさんが無事でよかった」
「十分及ぶだろう。俺は、命を助けられたわけだしな」
「それを言ったら、私も命を救われたということになるけど?」
確かに。そういえば、俺が死にかけたのもこの子を助けるためだったな。まぁでも、良かったと思うよ。嬢ちゃんが死にかけて魔物化するよりは、俺が魔物化した方がよかっただろう。人間で魔物って・・・・へたしたら、ゴブリンになる可能性もあったって事だろ?ゴブリンも一応亜人種だし・・・・だったら、オオカミが魔物化したところでなるのはオオカミだろうから、別に良かったと思うし。
「ところで、何故こんなところにいるんだ?嬢ちゃん、そのなりからして下級冒険者だろ?」
「人間の知識、普通に知ってるんだね。そうなんだけど・・・・。パーティーを組んでた人たちとはぐれちゃって・・・・」
「探し回っていたら、運悪く遭遇した・・・・と?」
「うん。そういうことなの。受注したのは、収集クエストなんだけどね」
「収集クエスト・・・」
あるよね、収集クエスト。それで、大型モンスターに乱入されてあーくそっ!ってなるやつな。お前じゃないっちゅーねん。回復薬持ってきてないっちゅうねん。あっ、砥石がきれたわ!ってな。え?何の話だって?何の話だったっけ。まぁいいか。
「本当にお気の毒だな。悪いが、ここからは一人で帰ってくれ。俺は長老たちに事情を説明しないといけない」
「それなんだけど・・・・」
「ん?まだなにかあるのか?」
「それがね、あなたのお腹に入ってる魔石なんだけど、私の家に代々伝わる家宝だったりするの」
「・・・・」
これは、嫌な流れだ。こういう切り出し方をされたら、この先に何が待っているかなんて大体想像がつくだろう。・・・・要は対価を支払えってことだな?だが・・・さらに問題なのは、その対価とは何ぞということ。俺はお金なんて持ってないし、出来ることと言ったら狩りくらいか。でも、その狩りでも家宝と同等の価値を持つ獲物何て早々存在しないだろう。
「かなり大きな魔石で、その魔石を持ってた魔物も相当強かったみたいなの。だからね、オオカミさん今はちょっと強くなってると思うんだけど・・・・」
「・・・・」
「私に付いてきてくれないかな?」
「・・・・はぁ」
やっぱり、そういうことだよね。うん、大体わかってたよ。流れからして、そういう雰囲気だったもん。俺に支払えるものがないってなったら、そうなるよね。でも、そうなる流れなのは至極当然のことではある。己の命を救ってくれた恩人とはいえ、古くから伝わる家の宝を使ったんだ。当然、俺にそういうことを求めるのは間違いじゃない。正当な権利だ。
「俺としては今すぐにでも行きたいくらいだが・・・・長老とかあさんが何ていうか」
「そう、だよね・・・・って、へ!?・・・・本当に、いいの?」
「長老と母さんが許可を出したらな。まぁ、長老は前から話していたこともあって全然平気だと思うんだけど・・・・問題は母さんがなぁ」
「お母さんって、オオカミの?」
「ああ。こっちに来てからの母さんだ。すごい心配性でな・・・もしかしたら、泣かれるかもしれん」
「そんなに?」
「そんなにって。それが普通なんじゃないか?俺だって、愛娘が冒険者になるなんて言い出したら大泣きするけどな」
いや、俺なんかおかしなこと言ったか?普通だと思うんだけどなぁ。あ、こんな姿だからなのね。まぁ、それはいいんだが。問題は、説得だ。う~ん・・・・どうやって説得しようか。あ、そうだ。
「じゃあ、俺の家に来てくれよ」
「え」
「一緒に説得するの手伝ってくれない?」
「あの」
「まぁ、洞窟だから暗いけど、狭くはないから安心しろよ。虫もいないし」
「でも」
「オオカミについては心配しなくても大丈夫。俺がちゃんと説明するから」
「や、あの・・・・」
「よし、そうと決まれば早速行こうか。ちょっと遠いから、それは気をつけてな」
「あ」
少女の意見が言いたげな雰囲気を無視すると、俺が寝ている間に使っていたのであろうちょっとした洞穴から出る。
「ん?」
「グギャギャギャギャギャ」
「グギギギィィィ・・・・」
二匹のゴブ。あー・・・・仲間が殺されたのをかぎつけたか。一体、どうやったんだ?あそこにいたゴブリンは全員やったし・・・・匂い?まさかな。まさか、そんなわけないよな。とにかく。
「めんどくさいけど、敵対の意思があるみたいだし。この世界のゴブリンについてもわかったことがあるしな。魔物は放っておけない。殺すか」
俺が何でこんなに強気なのか。何故か。それは、俺の体内に流れる魔力のおかげだ。この少女からもらった石が、体に力を循環させている。その力を感じていると、不思議と、昨日自分を瀕死にしたはずの相手が脅威に感じない。これは、もしかしたら危険なことなのかもしれない。実は、副作用で恐怖を感じにくくなるとか。
そんなことを考えながら、地面を強く蹴って、ゴブリンに近づくことを試みる。
「ガ・・・・ッ!!!」
「グぼぁァッッッッッ!!!!!!」
気づいたら、ゴブリンが二匹とも吹っ飛んで、少し離れた木の幹に叩きつけられてた。どうやら、勢いが付きすぎて体当たりしてしまったらしい。あー・・・・こりゃだめだな。急に速くなりすぎて、意識が付いてきてない。要特訓だなぁ。
「すごい・・・・」
「ああ、出てきたんだ。もしかして、さっき渋ってた理由って」
「うん。外にゴブリン2体が居たからなんだけど、心配なかったみたいだね」
「まぁな。っていうか、嬢ちゃんはさっき自分で言ってたじゃないか『今オオカミさんは強くなってる』とかなんとか」
「聞いてただけだから、本当なのか心配で」
「そりゃそうか。ずっと昔からあるものなんて信用できるかわからないもんな」
「自分のご先祖様だから疑いたくはないんだけどね」
まぁ、古い情報ほど信頼性は落ちてくるからなー。新しいからと言って信ぴょう性があるというのは違うけど。でも、これでゴブリンくらいはなんとか対処できるということが分かった。それだけでも、十分な進歩だ。後は、この力を完璧に使いこなせるようにならなくては。
「じゃ、行ってみる?」
「あ、ゆっくりね?」
「・・・・じゃ、乗りな」
「え?」
「いいから!」
え?といったまま棒立ちで動きそうにない少女の足を無理やりこじ開け、潜り込む。これで、俺が立ち上がれば、少女は俺に乗ったことになる。
「慣れるまでちょっち揺れるかもしれんけど、勘弁してな」
「えっ、ちょ」
「しっかりつかまってろよ!あと、喋らない方がいいぞ。舌を噛むから」
「ちょま・・・・ぢ!っつぅ~」
急に走りだした俺に制止を入れようとしたのか、喋ろうとする少女。あっ、と思ったときにはもう遅い。案の定舌をかんだ少女。泣きそうになりながら、しっかりつかまっている様子の少女を背中に感じながら、俺はこんなことを思う。・・・・ああ。そういえば、少女の名前聞いてないなぁ。後で聞くか。