4 一人で狩りをしていたら、人間に遭遇した。
書き溜めが消えていくー
「はっはっはっはっ!」
狼の最高速度は70km/h。その最高速度で、10分以上も走り続けられるというのだから、驚きだ。この世界のオオカミは体が強靭なため、さらに・・・。などと考えている俺も、今凄い速さで獲物を追っているわけだが。
「はっ、はっ、はっ」
中々獲物に追いつけない。オオカミは一つの獲物に固執しない。無理そうだと思ったら、すぐにあきらめて、次の獲物を探すという。だが、俺はかれこれ三十分以上もこいつと追いかけっこしている。見失っては追いかけ、見失っては追いかけの繰り返しだ。なぜそんなにしつこいかって?
「逃がすか!俺が育てたニンジンを食いやがって!」
・・・・そう言うことだ。このシカ、俺の育てたニンジンを盗んで食いやがったのだ。成功するまでに、何回も何回も試行錯誤して、ようやく一本育ったところだったのに。
「この世界での初めての野菜だったんだぞ!」
「キュイ!」
「キュイじゃねー!!!」
もしかしたら、『知らなかったんだもん』とでも返したのかもしれない。・・・・こっちこそ、しるものか。俺は、わざわざムキムキの商人に餓死しそうな子犬の演技をしてまでニンジンを入手したんだぞ!?まぁ、すぐにバレて普通に頭を下げましたけども。
この状況、はたから見ればオオカミとシカがガウガウキュイキュイ追いかけまわしているようにしか見えないだろう。だけど、こっちは真剣だ。そんなとき。
「い、いやぁぁああああ!」
「・・・・!?」
「キュイ!」
俺が一瞬立ち止まったことをいいことに、シカが一目散に走り去っていく。一瞬反射的に追いかけようとしてしまったが、今はニンジンよりニンゲンだ。急いで叫び声が上がった方へと走っていく。もしかしたら、凛華かもしれないという淡い期待を抱いて。
「ギギギギギ・・・・」
「グゲゲゲゲェ・・・・」
「グギュゥゥゥ・・・・」
そこには、3体のゴブリンに囲まれた少女が居た。見た目は・・・・16~18歳程度だろうか?そんなこがなぜ一人でこんなところに?と、思ったのだが。腰についている短剣を見るに、どうやら冒険者の様だ。冒険者というのはこの世界の職業だ。下級冒険者は何でも屋、上級冒険者は一部の生産依頼と魔物討伐。そういう仕事を請け負っているらしい。少女は・・・・装備の貧弱さを見るに、前者のようだ。下級冒険者なのに、どうしてこんな危ない所に・・・・。
「グルルルルゥ・・・・ッ!」
無駄だとは思うけど、ゴブリンの横に立ち、とりあえず威嚇してみる。
「・・・・ゲッゲッゲッゲ」
「グゲゲゲゲゲ」
「グギギギギギ」
・・・・バカにしやがってこの野郎。こっちを見て笑いやがった。完璧に、馬鹿にしている。動物を、見下している。なら、その長く伸びた天狗の鼻をへし折ってやろう。弱いけど弱いなりに自然に適応してきた動物の恐ろしさ、味わうがいい。
「オオカミ・・・・!?何でこんな時にっ・・・・!」
「・・・・」
俺は、少女を落ち着かせるために、優しい目で黙って見つめる。『落ち着いて。敵じゃないよ』そう、本気で心に呼びかけるように、見つめ続ける。
「がう」
「え・・・・?」
俺がダメ押しの一吠えで何を言いたいかはわからなかったようだが、敵対の意思はないことには気が付いたみたいだ。よし、そうと決まれば、こちらを舐め腐って隙だらけの俺に攻撃をしてこなかったゴブリンさんたちを狩っちゃいましょうかねぇ。
「だめっ・・・・!魔物なんかと戦ったら、死んじゃうっ・・・・」
「・・・・」
死ぬ死なないの問題じゃない。今ゴブリンがしようとしたことを見過ごしたら、俺が・・・・俺の心が死んでしまう。少しだけ残ってる、人間としての心が。だから、戦うしかない。ここで逃げることは許されない。選択肢なんて、元々ないんだ。
そう決意を固めると、改めてゴブリンの方をにらみつける。三体か・・・・死ぬかもな。いや、俺も成長した。この程度を乗り越えられなかったら旅になんて出られない。だったら、死んででも乗り越えてやる。そして、必ず長老に認めさせてやろう。それに、俺は腐ってもゲーム開発者。こんな最弱の魔物なんかに負けてたまるか。
「ゲゲゲゲ!」
「ガウッ・・・・!」
まず、さっきからずっと笑っているゴブリンの喉にかみつく。
「グギャッ!?」
そのまま獲物に食いついたワニのように、反動をつけて回転する。一気に振り回されったことによって、ゴブリンの喉笛が引きちぎられる。ゲームの参考映像として何度も見たことが功を奏し、成功したようだ。ウルフ・デスロールってとこか。
「グ・・・・ブ・・・・ゴポッ・・・・」
「グゲギャ!?グギギガガ!」
「ゲギャゲギャ!ギェゲゴグ!」
喉笛を引きちぎられて苦しそうな小鬼を囲んで、騒ぎ立てる小鬼2、3。うるせぇなぁ。さっきまでゲヒゲヒ笑ってたのに。ほら、笑ってみろよ。面白いだろ?可笑しいだろ?さっきまで笑ってた相手に笑われてんだから。さっきまで馬鹿にしてた相手に馬鹿にされてんだから。・・・・さっきまで遊び殺そうと思っていた相手に遊び殺されそうになってるんだから。
「ゴ・・・・ボッ」
「ガ・・・・グゲギギュガ!!」
「ゴゴグ・・・・グゲグガギグゲ!」
最期に血の泡を吹き、完全に命の灯が消えた、ゴブリン1。・・・仲間が殺されたらちゃんと怒るんだな。ちょっと見直したよ。だけど、もう遅い。俺が現れた時にさっさと立ち去っておけばよかったんだ。それなのに、俺を無視して先に少女を殺そうとするとは。しかも、何をしようとした。その冒険者から奪ったであろうズボンの中に手を突っ込んで、何をしようとしやがった?・・・・汚いもんを見せようとしやがって。
「グギャギャギャギャギャ!!!!」
「ゲゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!」
「グルラァッ・・・・ガウッッッ!!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「グカッ・・・・ガウ・・・・」
「オオカミさん?オオカミさん!死んじゃダメ!」
あのゴブリンたちは、3匹とも殺すことができた。しかし、一匹目はともかく、2匹目3匹目のコンビネーションが予想以上に凄かったのだ。さすがは魔物。群れで襲ったらまず死ぬことはないだろうが、一対一だと相打つことが精いっぱいだ。ああ、全身が痛い。肺もつぶれてるだろう。人生で2回も臓器をつぶすなんて、中々経験できないんじゃないか?なんて馬鹿なことを考えていると。
ガサゴソ
少女がポーチの中を探り、何かを出そうとしている。・・・・もう、止血剤とか包帯とかじゃ治らないよ。肺がつぶれてるんだ。ほら、呼吸がしづらい。
「おじいちゃんが・・・・おじいちゃんが、何かあったらこれをって!」
涙と鼻水と血でぐしょぐしょになった顔をこちらに向けて、手のひらに乗ったそれを見せてくる。少女の手に収まりきらないほどの大きさの結晶・・・・水色の結晶は、不自然に光り輝いている。光を反射しているのではなく、自ら光を発しているような。
「グ、グルゥ?」
「これは、魔石。おじいちゃんのご先祖様が倒したすごく強い魔物から出てきた、魔石。家宝らしいけど・・・」
魔石?魔石って、20センチもあったっけ?普通、大きくても5センチくらいなんじゃ・・・・。長老が教えてくれたんだが・・・って、そのバカでかいとがった魔石を俺に向けて、何をするつもりなの?
ブスッ。
少女は意を決したかのように目をつむると、痣と擦り傷と血で汚れた俺の腹に向けて、手に持った魔石を突き刺し、グリグリと体内に捻じ込んだ。今まで感じた中で、最大レベルの痛みが俺に襲い掛かる。崖から落ちるなんて、めじゃない。ゴブリンに内臓を破裂させられるのとは、比べ物にならない。体内に余すところなく安全ピンを突き刺され、ぐちゃぐちゃにかき回すような痛み。そんな突き刺すような痛みが全身に広がる。気のせいか、脳に響く痛みが一番強い気がする。
「グギャン!?ギャン、キャンキャン!!!」
「落ち着いて!これで、助かるはず。これはね、おじいちゃんが、私が死にそうになった時自分にさしなさいって言って渡してくれたの。これを刺すとバラバラに爆発するか魔物になるか窒息死するかのどれかだとも言ってたけど・・・・助かるかもしれないから!」
ぐぎゃぁぁぁ!?痛い痛い痛い!これなら、さっき死んでた方がましだったぞ!?死ぬよりもつらいって表現で使うことがあるが、死ぬよりも痛いことって本当にあったんだな!?ぐぎゃあぁ!!そんなこと考えてる場合じゃない!