36 痛くて辛くて痛い草
私は小さいころ『鼻に胡椒が入ると、本当にくしゃみが出るのか』ということが無性に気になり、実験してみたことがあります。結果、どうなったと思います?赤いフタの部分が外れて、全部目の中にダイブしてきやがりました。
いたかったなぁ(小並感)
「なんてことだ畜生め」
俺のアゴは、しばらく使い物にならない。まさか、ボスの皮、もとい筋肉の鎧があんなに硬いなんて。知ってたら、お願いされても噛まなかったぞ。顎が外れるかと思った。
「グギャギャギャ・・・・」
「ゲギ、ゴルゲロギゴグ、ギギィ」
「ゲギャ?ガジュロラルロゴギグガ」
「こいつら・・・・」
何か、笑いながらしゃっべている、ジェネラルたち。ゴブリンは基本的には言葉による意思疎通ができないはずなんだけど・・・・ジェネラルとかの高位魔物になってくると、話は別らしい。むしろ、積極的にコミュニケーションをして作戦を立ててくるだろう。
「コルくん、どうだった!?」
「アリスフィア、ダメだ!」
「でも、こっちは準備完了だぜ!」
「じゃ、二匹頼むぞ!」
短く素早く、ジェネラルの方を警戒しながら会話を交わす俺たち。ネリエルはまだ何かの準備をしているようだ。
「くらえ!ヤケドソウ!!」
「ギガグ?」
アリスフィアが勢いよく投げつけた袋を、歯牙にもかけず払い落とす、ジェネラル。落ちた袋は、ポフッという優しい音を立て、赤い煙を少し上げる。しかし、何かしらの糸をもって何かを投げてきたアリスフィアの方へ視線を向け、警戒・・・・できなかった。
「グ!?ぎ、ぐ、グホっ!」
「ぎ、グギュァァァァァッッッ!!!」
「ガルロ、グリルラヌロル!?」
「な、なんだ・・・?」
突然苦しみだした三体のジェネラルたちに、俺は困惑してしまう。アリスフィアが投げた、あの袋。何が入っていたんだろうか?俺にも影響があるなら、勘弁してほしいな。
「ヤケドソウだ!粉末を浴びたり吸い込んだりすると、激痛が走る!私たちにも普通に効果があるぞ!!!」
「なんだそれ!!」
「仕方ないだろ!」
危険性はともかく、効き目はバツグンだ。使いどころを見て、ジャンジャン使って言ってほしい。それはともかく・・・・コイツラ、涙を流して睨んでるぞ。大丈夫か?・・・・俺。なんで、俺の方を睨んでるんですかねぇ・・・・?投げたの、コイツですよ~。
「ちょ、だからなんで俺の方に来るんだって!」
「私はまだヤケドソウ持ってるからじゃないか?」
そうアリスフィアが言うと、恐れるようにアリスフィアから遠ざかる、ジェネラルたち。
「じゃあ、俺がずっと時間稼ぎしてないといけないのかよ!?」
「仕方ないよ。ガンバって!」
「ちくしょおおおおおお!!!」
俺は、悲しみの絶叫をして、突っ込んでくるジェネラルに向かって突進する。もちろん当たったら俺が吹っ飛ばされるので、寸前でよけて、すれ違いざまに爪で顔面を引っ掻いてやった。
「グギギギギ!!!!」
ヤケドソウの粉末がかかった顔面がまだいたかったのか、俺の攻撃で悲鳴を上げ、のたうち回るジェネラル。今がチャンスかと思い近づいてみると、違うジェネラルに邪魔されてしまった。くそ・・・・。まず、こいつら全員を戦闘不能にするか、引きつけてもらわないとトドメはさせないぞ。
そうこうしているうちに、顔面が引っ掻かれて倒れていたジェネラルは、起き上がってしまった。しかし、何だろうな。更なる恨みの視線を顔面に感じるのは、気のせいだろうか。俺が目をそらしても、ギリリとこちらを見つめてくる二つの眼球は、夢でしょうか。
「ひいいいいい、ひいいいいいい!!!!」
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「ふむ。何故か今日は帰りが遅いな。昨日はだいぶ早くにノルマクリアして帰ってきたのに・・・・まさか!」
ログウェルドはティーカップをゆっくりと置くと、カッと目を見開いた。
「まさか、今まで嘘ついてサボっていたのではないだろうな・・・・帰ったらお仕置きかな」
本人たちの知らないところで、帰宅後の罰が決定しそうになっていた。そして、思考がひと段落ついたからかすっきりとしたような安らかな顔を浮かべ、紅茶と甘さ控えめのクッキーを堪能し始めるのであった。
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「ああああああああ!」
一方俺たちはまだ戦っていた。もちろんだ。いまも、ぶんぶんと振り回されている剣からなんとか逃げている。”逃げている”というか、半ば”避けている”といった方が近い気もするが。コイツ、ダンジョンにずっといたくせになんでこんなに剣が上手いんだ!おかしいだろ!
「うぎゃああああ!!!」
そんなことを考えていると、目の前にジェネラルがいた。どうやら、他の二体が先回りして、待ち伏せていたらしい。ナンテコッタ。
「うおおお!!!」
もう、言葉を忘れてしまったかの如く、先ほどから意味ある言葉をしゃべっていない。否、喋る余裕がない。余裕があったら、顎が外れるくらい喋り続ける。そして泣きながら病院に行く。そんなことはどうでもいいが、とにかく、俺はこの目の前に現れた二体をどうにかしなければいけない。
死を感じたのか、加速した思考の中でそこまでまるまる想像すると、からだがジェネラルにぶつかった。これ、終わったかもしれん。よくて捕まって切り殺されて、悪かったらこのままボディアタックとかで殺されそう。・・・・どっちみち死んでるのに、運が悪いもないか。はは。
「へ?」
次の瞬間、ジェネラルはしりもちをついていた。何故だろうか。だんだんと視界に生じてきた違和感が、ヒントをくれた。
「いでででで!!!めが、はなみずが!」
そう、ヤケドソウの袋である。いつの間にこんなところに来やがった・・・・!どうやら、二匹のうちの一匹が、突進しようとして思い切り蹴飛ばしたらしい。・・・・転がってつま先を抑えているから、間違いないだろう。不運な。そんなことはどうでもいい。しかし、どうでもよくないことも含まれている。それは
「なんでおでまで痛いんだよォ、ゲェッホ、グエホ、ガッ・・・・ゼェゼェ」
「ゲホゲホゲホ!」
「だけど、結構効いてるみたいだな。このままうまく行けば呼吸器官がまともに機能しなく」
結構な大きさの咳をする声が近くから聞こえる。よし。どうやら、ヤケドソウは呼吸器系に悪影響を与えるみたいだな。これなら、勝てるかもしれん・・・・。
「ゲェッホ、ガッホ、ゲホグフン・・・・コルくん、助けて」
「お前か―――――い!もう、バカ!本当にバカ!なんで自分で仕掛けた罠に自分がはまっちゃうかな」
「コルくんだって」
「俺は、お前のせいでこんなんなってんの!」
俺は、『こんなん』といい、自分の顔を差し出す。俺の顔は、鼻水と涙ででろでろだ。どうしてくれる。白銀の毛並みが台無しじゃないか。あとで、ブラッシングしてもらうからな。あったかいお風呂でブラッシングしてもらうんだからな!!!
「ごめんって~」
「泣くなよ!」
「ヤケドソウのせいで、涙と鼻水がとまんねーんだよ~!!」
アリスフィアがヤケクソ気味にそう叫ぶ。この袋を投げつけたのは、誰だったか。・・・・まぁ、そのお陰で助かったわけだけど。
「とにかく、今は時間稼ぎしないとならない。ネリエルに秘策があるらしいからな」
「うん・・・・ズビッ」
普段ならカッコよく見えるに間違いない立ち姿とセリフだが、今はヤケドソウのせいで目が真っ赤に充血し、鼻水持たれているので鼻声だ。これじゃあまったく格好がつかない。いつもは冷静なアリスフィアも話啜ってるし。
「でも、どうするんだ?もう、ヤツら立ち上がってるぞ」
「ぶっちゃけヤケドソウを追加すれば勝てるような気がするが・・・・もう、あんなの嫌だ。それに、目をやられている間に殺されるかもしれん」
「た、確かに」
「アリスフィア、もう何もないのか?」
俺が、期待を込めてそう問いかけると、ハッと何かを思い出したように視線を腰のポーチに巡らせ、てでその中を探り出した。
「お、おい。もう、目と鼻の先だぞ」
「ちょっとまってくれ!当たれば・・・・当たればやれる」
「お、おい!目の前だって!目の前!」
視線をジェネラルの方へ向けると、ゆっくりじりじりと、何かを警戒するような足運びで、こちらへ近づいてくる。『何かを』というよりは、『ヤケドソウ』か『それを持っているヤベーヤツ』のどっちかなんだろう。俺の声を聴き、慌てたようにポーチを探るスピードが増す。しかし、それはスピードが増したというよりもかき回しているだけのようにも見える。
「わ、分かってるから急かすなって!」
「お、おい!」
「グギィャアアアアアアアア!!!!」
「う、うわあああああ!!!!」




