35 迷宮、第十層
「どうするか・・・・」
「どうするって・・・・どうする?」
「私に聞くなよ。自分で決めろよ」
「言っとくけど、アリスフィアも『自分』の内の一人なんだからな」
「うっ」
俺たちは、現在しり込みをしていた。おっと。『何を』が抜けていたな、うん。10層の、ボス部屋の扉の前で、だ。俺たちは今、十層の最後・・・・つまり、ボス部屋の扉の前でしり込みをしているところなのだ。
「本当にどうするんだよ~だれか決めてくれよ~」
「他人に判断をゆだねるなよー。アリスフィアも当事者なんだぞ?」
「じゃ、他人に判断をゆだねないようにコルくんが決めてください~はい、他人に判断をゆだねちゃダメ~」
「やめなよ二人とも・・・・」
十層の扉の前でしょうもない喧嘩をおっぱじめる俺たち。命がかかっている迷宮内とは思えないやり取りだ。まるで、ただの日常かのようだ。・・・・まぁ、日常になりつつあるんだけど。もう、迷宮を限界まで潜っては帰ってすぐ寝るを十日間続けている。
なんか、慣れてきてしまっている。この迷宮ですごすじかんが とても多いからだろう。その方が、迷宮での経験が培われるという、ログウェルドの勧めによるものなんだが・・・・どうにも、段々人間性を失っていくような気がしてならない。
「・・・・よし、行こう!」
意外にもこの膠着状態を破ったのは、ネリエルだった。あまり意見を主張しなさそうなのに、覚悟を決めたような表情で扉をにらみつけている。
「みんな、覚えてる?今日来る前におじいちゃんが言ってたこと」
「ああ」
「覚えてる」
「『だいぶクスリは溜まってきたから、安心してダンジョン攻略に励むと良いぞ。なんなら、十層のボスをぶった押しても構わんからな。ブアッハッハッハ!!!』って言ってたよね」
まさに迫真の演技と言った様子で、身振り手振りや声音をマネして、再現する。しかも、結構似ている。こんな特技があったのか。椅子に座っていたログウェルドを忠実に再現するために、わざわざ近くにあった石に腰を掛けてから喋り始めた暗いだ。
「うん、そこまで似せる必要はなかったんじゃないかな?」
「こら、コルくん!せっかくネリエルが全力で演技してくれたんだ。あまりツッコむと、恥ずかしがっちゃうだろ」
「・・・・っ!と、とにかく!おじいちゃんは『十層のボスを倒してきてもいい』って言ってた。つまり、私たちに『ボスを倒してこい』って言いたかったんじゃないかな?」
・・・・何か、決定的に違う気がする。ログウェルドの口調はそんなことを意図しているとは思えないし、なんか冗談めかした言い方だったような気もする。
「つまり、ここでボスを倒して帰らないと、おじいちゃんに怒られちゃうと思うの!」
「な、なるほど・・・・」
「確かに・・・・」
怒られるのは嫌だな・・・・魔力が有り余っているからと言って、わざわざ雑草を【グロウ】で成長させてから毟らせるのだ。あれは、自分が一体何のために草を毟っているのか分からなくなる、恐ろしい罰だ。もう二度と受けたくない。みんながそう思っているに違いない。
「私たちは、この十日間けっこう強くなったよね」
「ああ」
「もちろん」
俺たちはこの十日間、迷宮の中で優雅にティータイムを楽しんでいたわけではない。帰って就寝するという時間以外を、この迷宮で過ごしてきた。ご飯もここで食べた。迷宮での戦い方も身についてきたし、何よりもたくさんの戦闘を積んでレベルも上がった。
「もう、ここまでの階層じゃレベルが上がらないよ。私たちのレベルは19。これ以上は、時間がかかりすぎる。」
「つまり、効率的にも進んだほうが良いと」
「そういうこと!」
確かに。俺たちのレベルは全員が19レベルになった。そこから結構な戦闘数をこなしたけど、レベルは一向に上がる気配がない。もしかしたら、自分よりも極度に弱い魔物からは"経験値"は入手できないのかもしれない。少なすぎるとかではなく、"一つも"手に入らないのかもしれない。そうだとしたら、多少のリスクは承知の上でボスに挑むべきだろう。
「進もう。」
「で、でもさ」
「ログウェルドが平気って言ったんだ。アレがたとえ冗談だったとしても、死ぬようなことを冗談で言う人じゃないだろう?」
「うん!おじいちゃんは、命にかかわる危険なことをフザけて言ったりしない!」
目に確信を宿らせて、ネリエルは発現する。・・・・うん、ネリエルが言うならそうなんだろうな。そうか。そうだよな。なら・・・・
「決まりだな。・・・・アリスフィア、やれるか?」
「~~~~~~っ!仕方ないな!私が居ないと二人とも死んじゃうから、仕方ないから付き合ってやるよ!仕方ないからな!!!」
「なんだかんだ文句言いながら付き合ってくれるそういうとこ、好きだな」
「私も!」
「なっ、二人とも、名に恥ずかしいこと言ってんだよ!これからボス戦だぞ!?」
俺たちの茶化すような言葉に、アリスフィアは顔を真っ赤に染めて、手で顔を仰ぐ。ボス戦前だからこそ、緊張でがちがちになったアリスフィアをほぐしてやろうと思ったんだが・・・・どうやら逆効果だったようだ。いや・・・・どうやら、効果てきめんだったみたいだな。さっきまで不安そうに揺れていた視線が、ボスの扉を見つめてピタッと止まっている。アリスフィアの集中状態だ。アリスフィアは集中すると、とんでもないポテンシャルを発揮する。多分、盗賊のスキルだろうか?
「行こうか」
「行くぞ」
「行こう!」
ネリエルとアリスフィアが片方ずつ扉をおし、ボス部屋の扉を押し開けていく。ギ、ギギ、とやけに不気味に聞こえる扉の擦れる音が、俺たちの緊張感を張り詰めさせていく。
「・・・・」
「でけぇ・・・・」
「アレは・・・・」
新人冒険者殺し、ゴブリンジェネラル。しかも、一体ではない。それが、三体いた。俺たちの数に合わせて出てきたと言わんばかりに、ピッタリ三体。
「一人一体か・・・・?」
「でも、ネリエルが」
「私も、鍛えてるんですよ・・・・!」
「「ゴァアアアアアァァァァァッ!!!!!」」
俺たちがヒソヒソと話し合うも、ゴブリンジェネラルは待ってくれない。この部屋に入って瞬間にボスモンスターやその取り巻きたちに位置は知られてしまう。なので、どう頑張って隠れたところで即時戦闘状態に突入してしまうのだ。
「くっ!コルくん!」
「ああ!」
「はっ!」
全身鎧を着込んだ三体が、それぞれ違う武器を手に、俺たちに突進してきた。急にとてつもない速度で突進してきたゴブリンジェネラルたちに、一瞬ひるんだ俺達だったが、今までの経験が自然と足を動かした。
ジェネラルの攻撃を掠めるようによけたアリスフィア。恐ろしい速さに背に冷える感覚を感じ、俺の名前を呼ぶ。でも、俺はそこそこ余裕をもって避けることが出来ていた。そして、ネリエルはというと・・・・信じられないことに、紙一重で交わした上にメイスでキツイカウンターを食らわせていた。
「ネリエル!」
「危ないッ!!」
「くっ!」
ジェネラルの感じた脅威度がネリエルにガクっと傾いたのか、三体の視線がネリエルに集中する。あまりの威圧感に、さすがのネリエルも目をつぶってしまう。数瞬後に、槍と剣と斧がネリエルの身体を切り裂く―――――ことになるかと思えば、何故かジリジリと後ずさりをする三体。
「あ、あれ?」
「呆けてる場合か!ほら、いったん距離を置くぞ!」
「う、うん!」
何故か後ずさっていくジェネラル三体を見て、ビックリしたのかぽけーっと見つめているネリエル。戦場でこんな状態は、危険というほかない。大きな声でネリエルを気づかせ、いったん距離を取ることを提案する。
「ネリエル、大丈夫か?」
「うーん・・・」
「どこか痛むのか!?」
「ヒールは?」
「痛まないけど・・・・もしかして」
大丈夫か?という問いに対して、う~んとうなったネリエル。一瞬なにか悪いことが起こったのかもと心配になったが、そうではないらしい。何か、気づいたことでもあるんだろうか?
「ちょっと、試したいことがあるの」
「試したいこと・・・?」
「今はボス戦中だぞ?」
「うん。絶対プラスにはなると思う。だから、時間を稼いで」
目に決意の炎を灯したネリエルに、『分かった』意外に変えられる言葉があっただろうか?いいや、ない。断言してもいい。ネリエルがやる気になった時は、本気の時だ。それなら、試させて損はない。
「いくぞ、アリスフィア!」
「おう!」
アリスフィアがバッと三匹の目の前に飛び出し、斬りかかってきた剣を受け流す。ついで、槍を受け流し、斧は避けた。しかし、完璧によけられたと言う訳ではなかったようだ。槍と斧が肌を掠めて出血をしてしまっていた。かなりの量の出血を。
「グルルルァァァッ!!!!」
「ギフイィィィ・・・・!」
「ギギ、ガガゴギギ」
「ギシャァァァァ・・・!」
ゴブリンたちは、口々に何かをささやきながら、コルダムに向けて襲い掛かってくる。先ほどの少女に比べれば、貴様なんて大したことがない・・・・そんなことを言っているのかのようにも見えます。
「きかーん!」
なるべく早く目的を達成して、ネリエルに万が一でも危険が及ばないようにするために、ゴブリンたちの攻撃をするすると躱す。しかし、こちらもまた少しでも最短でよけようとしているため、よけきれないのもちらほらと見える。すでに、白い毛並みは赤く染めあがり始めている。
「うおらぁぁあああああっ!!!!」
「ギャァァァァァ!!!!」
「がァッ!ぐぎ・・・」
「く、こはっ」
よけきれない俺をも見るや否や調子に乗ってじりじりと近寄ってくる。バカめ。それが罠とも知らないで。そして、隙をついてアキレス腱、腿の太い血管が通ってる場所を気づ付けたり、くびや太い血管に、かぶりついてた。そして、たまらず唸り声をあげた。俺がだ。
「やべっ」
「グルルルル!!!」
「ギシェシェシェシェ・・・」
「ゲギャギャギャギャァッ!」
ボスの皮膚は堅い。つまりは、噛んだ俺のあごの方が痛くなり、アイツらは全く堪えていないって言うこと。俺のただの牙じゃ通らないので、ただ無駄に起こらせた結果になったと言う訳だ。しかも、恐らくしばらく俺の事を狙ってくるだろう。最悪だ。




