30 大惨事になるとこだったらしい
皆さんは自転車で坂を走って、止まり切れずにこけたことはありますか?私はあります。ブレーキが利きにくいんだよもぉ~。
「ふう。」
「疲れたぁ」
何と言うか、台風が急に訪れて急に過ぎ去ったというような感じだったな。三人は事故現場?をかくにんして、しばらく世間話をした後に、まだ新魔物の調査と討伐が終わってないとかで立ち去って行った。
「にしても、なんで違うところを案内したんだ?」
「・・・・気になる?」
「そらなるさ。だって、確か木に激突して気絶したよな」
「へっ。気絶、か。そんないい物だったらよかったんだけどね」
「な、なんだよ」
半ば諦めたような、呆れたような、絶望したような。何か『その認識は間違っている』と言いたげな表情を浮かべ、ネリエルは苦笑いをする。
「まぁ、みりゃ分かるよ。ついてきて」
「?ああ」
何処釈然としない、モヤモヤする気持ちを胸中に抱きつつも、ネリエルの背中についていく。そんな諦めたような表情で言うほど、何か酷いことでもあったんだろうか?へんなの。
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「・・・・」
「ここだよ。見覚え、あるでしょ」
「え?またまた」
「いや、またまたじゃなくて。」
「・・・・」
目の前に広がっていたのは、バッキバキに折れてぶっ倒れた木と、そこら辺に散らばっている木の破片、そして、飛び散っている赤い液体だった。この液体は何かなんて、説明しなくても分かるだろう。
「えぇ・・・・」
「ええじゃないよ。これ、全部コルくんの血なんだよ?」
「え、ええ」
もう、何て言ったらいいかわからなかった。『血が飛び散っている』なんて言うレベルじゃなく、『そこは一面真っ赤に染まり』とか『あまりの量で血だまりが出来てしまっている』とかいう表現の方がしっくりするくらいだ。っていうか、この血の中に浮いてる肉片みたいなのって・・・・。
「その姿、ここで見せてあげたいくらいだよ。木と荷台に見事に挟まれて、胴体がつぶれて真っ二つになりかけてて、内臓みたいなのが口から・・・・オエッ」
「オエッって言うなよ。さすがに、言いすぎでしょ」
「ネリエルはだいぶマイルドに言っている方だと思うが」
胴体がつぶれて真っ二つになりかけてて、口から内臓が飛び出てるっていうのが、実際よりマイルドな表現らしい。・・・・自分の体がどうなってしまったのか、ちょっと気になる。
「と言っても、死ぬことはなかった。儂が居たからな。儂が居なかったら、ほぼ即死だったろうな。儂がすぐに駆け付けて治療しなければ、絶対に死んでいただろう。まァ、半分死んでいるようなもんだったが」
そんな笑えないことを言い、ガッハッハと豪快に笑う。勘弁してください。何度も死線を潜り抜けているログウェルドさんと違って、俺は全然ケガに慣れてないんだから。っていうか、胴体がちぎれかけてたっていうけど、本当に大丈夫なんだろうか。今にも、接着面がポロっととれてバラバラになってしまうような。
「いや、心配することはない。完全に治ってるから、またバラバラになることはないから」
「な、なーんだ。ホッ。」
「まあ、治療何ぞ久しぶりにやったから、急に頭がハジけるようなことはあるかもしれんが。ガッハッハッハ!!!」
「ヒエッ・・・・」
「おじいちゃん!」
「うそうそ。冗談、冗談。ッハッハッハッハ!!!」
このクソジジイ、山から転げ落ちて腰をぎっくりやってしまえばいいのに。二人っきりになったら突き落としてやる。
そんな昏い計画を細かく練り始めた俺を横目に、急にきりっと表情を引き締めるログウェルド。
「しかし、伝説の金属というのは本当だったのだな。コルダムと木がめちゃめちゃになっているのに、荷台にはキズ一つついていない。」
「すごいなぁ。」
「・・・・だが、いつ儂が強力な回復魔法を使えなくなるかわからん。対策をせねば」
大まかな計画の内容を決め、さらに計画の穴がない確認し始めた俺は、ログウェルドが何かの魔法を行使し始めていることに気づく。
まさか、俺の計画に感づいて俺を殺すつもりか!?ま、まて、早まるな!ログウェルドは、両手に良く分からない光をほとばしらせると、伝説の荷馬車(仮)に向けて魔法を放った!
「え?」
「なんで目つぶってるの?」
「殺られるかと思って」
「やられる?おじいちゃんに?・・・ぷぷっ」
「よし、これでいいな。我ながら、うっとりする程の魔法だ。」
額の汗をぬぐいながら、ログウェルドは満足げな笑みを浮かべる。そして、こちらを様子を目の端でちらりと伺い、二度見をした。がっつりと二度見をした。
「何をやっとるんだ、お前らは。」
完璧にあきれたような、困惑したような小さな呟き。そんな小さな呟きさえも、過酷な野生ですごした俺の耳は拾った。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。今俺とネリエルはドッグファイトを行っているんだから。え、空中戦じゃないって?なにをいってるんすか。俺は、犬だぞ、イ・ヌ!だからこそのドッグファイトよ。うまい!いや、俺オオカミだから。犬じゃねーから。
飽きれつつ、スタスタと上に歩いていくログウェルド。幾ら歴戦の戦士とはいえ、魔法の行使にはあまり慣れていないんだろう。疲れて休憩しに行ったに違いない。
実際のところは、ログウェルドは二人の様子に頭痛を感じて休もうと思ったのだが。
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「ふぅ。いい汗かいたな」
「かいたな。」
ひりひりと痛む頬を抑えつつ、互いの健闘を称えあう、俺たち。ん?なんで頬が痛むのかって?虫歯じゃないぞ、ドッグファイトの基本、ほっぺたつねりの傷だ。地味にヒリヒリと痛む。
「あれ?おじいちゃんは?」
「魔法を使って疲れたから、上で休んでるぞ」
「ええ?おじいちゃんが?きっと、コルくんがあまりにも子供っぽいから、頭が痛くなったんだよ」
「バカ、どっちかというとネリエルの方だろ」
こうして言い合っている時点でどちらも子供っぽいという点には気づかない。いや、俺は気づいてこういう振る舞いをしているので、なおのこと質が悪いと言えるだろう。
「というか、この坂なかなか傾斜がきついな」
「でしょ?何を思ったのか、920kgの荷物を乗せながらこの坂を下ろうとしてたんだよ、コルくんは」
「いや、アンタらも押してたでしょ、思いっきり。」
「いやいやいや」
「なにがいやいやなのか」
そんな会話をしながら登っていると、頂上なんてあっという間である。あっという間に、見覚えのある小さな神殿に・・・・ん?
「なんだこれ」
「ね。おじいちゃんが、あんな魔法で疲れるわけないの。分かったでしょ」
「いや、おかしいでしょ」
そういえば、俺が着いたときに美しい椅子とかまど、そしてフライパンがあった。もしかして、あれも魔法で作ったんだろうか。いや、そうとしか考えられない。なぜなら、この神殿にもきれいな模様が刻まれ、パルテノン感あふれる柱が立ち、恐ろしいほど緻密な細工が施されているからだ。
「もう、彫刻家か大工にでもなったらどうかな」
「私もそう思うけど、それ一つじゃ世界の損失だよ」
「そこまで言うか」
「そこまで言うよ」
なんだかもう、心が洗われたような気分になって、目を細めながらそんなことを言い合う俺たち。でも、実際ここまでの細工を10分ほどで行える細工師は中々いないのではないだろうか。魔法を使っても、すさまじく効率化できると言う訳でもないらしく、やはり天才なんじゃないかと思う。
「ん?変な気配がすると思ったらネリエル達か。ほら、入りなさい」
「入りなさいじゃないですよ。何してるんですか」
「何って?」
「これですよ」
「ああ。森の中にたたずむ神殿というのもまたオツなものだろうと思ってな。どうだ?神秘的だろう」
「確かにそうですけど」
ここまでされると、神殿が神秘的というよりも、ログウェルドさん自体が神なのではないかと思ってしまう。こんなの、地球の現代に突如現れたら、とんでもないことになるぞ。
「それに、太陽が丁度真上に出た時に、木漏れ日がいい感じになるよう軽く伐採しといた。」
「そこまで!?そこまでするか、普通!」
「こういうのは男のロマンだからな」
「わかる!」
俺たちが『この背化における男のロマン』についてほかにも色々と熱く語り合っていると、ネリエルが少しあきれたような顔で言葉をかけてくる。
「ロマンもいいけど、おじいちゃんは荷台に何の魔法をかけたの?」
「ああ、それなんだがな。【リフト】と【リプレッション】。あとは、【クイック】の魔法だ。リフトが物を持ち上げる魔法・・・・それを利用して、重さを軽減する。そして、リプレッション。こっちはモノを制御したりする魔法だな。緊急時に停止させるよう改良した」
「か、改良?」
改良と聞いて、俺は思わずオウムのように復唱して訊いてしまう。改良って、もしかしたらこの人凄い人なんじゃないの?大魔法使いみたいな。
「まあ、このくらいは誰にでも出来るからな。魔方式を読めれば、誰だっていじれる。」
「なんだ、そうなんですか」
「え、意外だな。喜ぶと思ったんだが」
お前にもできるぞと言われ、ガッカリした俺に、困惑する表情を浮かべるログウェルド。『え』なんて言っている。『え』は聞いたことなかったぞ。
「まあ、これで圧死したりすることはない、ということだ。安心すると良い。じゃあ、そろそろ戻ろうか。」
「あ、アリスフィア」
「あ。」
アリスフィアの事を思い出して、硬直する。いったん戻った時に挨拶だけしておけばよかったぁ!まぁ、良いか。直ぐに帰ってすぐに会いに行けばいいのよ。
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「うぉううぉううぉう!」
「やっほー!」
「おお、これは中々!」
【リフト】と【クイック】の魔法がこれほどにすごいとは。荷物どころか、荷台自体の重さも全く感じない。荷台にはログウェルドとネリエルも乗っているのに、その重さも全く感じないのだ。それに、極めつけは【クイック】。かなり、速くなっている。めっちゃ加速するのだ。すげえ。俺は今、風になっているぅぅ!!!
「す、すげー!はえー!」
「全揺れないよ、これ!」
「さすがは伝説の金属ということか!ガッハッハッハ!!!」
これにはログウェルドも大喜びである。いつにもましてハイテンションになるというものだ。おそらく、これもロマンに入るんだろうな。
「やっふーぅ!」
「でも、これだけ早く走ってたら魔物に間違われないか心配だねー!」
「え、なんて!?」
「確かに、少し心配ではあるなぁ!ガッハッハッハ!!!」
「なにぃ?聞こえないぞー!?」
一人だけまともに風をびゅうびゅう受けているため、会話ができない。少し疎外感を覚え、若干涙目だ。悲しい。
そんな冗談はともかく、本当にこれは便利だ。どれくらい便利かというと、もう町が見えてきてしまっているくらいだ。まさに、あっという間である。これだけ早く荷馬車が動けるようになれば、色々とまずい方向に利用されそうだ。
「ひゃっほう、到着!」
「おう!・・・・で、どこに運べばいいんだ?」
「じゃあ、迷宮に行きますか。」
「そうしましょうか」
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「ひゃっほ(以下略」
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「ついたか」
「ついたよ」
「つきましたね」
迷宮に到着するまで、たったの二分。すさまじい速度だ。途中でゴブリンみたいなのを轢いた気がしたけど、気のせいだよな、うん。
「で、どうするんだ?」
「えと、どこだっけ?」
「俺は忘れたけど・・・・。」
荷台ごと迷宮に突入する俺たちを、変な物を見るような目で凝視してくる冒険者たちには構わず、俺たちはずんずん進む。が、肝心の入り口が何処だか覚えていない。隠し扉があったあたりでどうするかひそひそと話し合っていると。
「入って来い」
「びっくりしたぁ」
「よいしょ・・・・!荷台が引っかかって入れないぞ、これ!」
「・・・・【破城槌】ッ!!」
ログウェルドが魔法を放つと、壁が吹き飛び、大穴があいた。慎重、冷静が今年の抱負(知らんけど)のログウェルドにしては珍しい、思い切った行動だ。この隠し部屋が見られたらまずいと察知しての行動だろう。もしかしたら、いい加減な正確なだけかもしれないけど。丘の上に神殿みたいなの建てちゃうし。
壁に空いた大穴に急いで荷台を押し込むと、ログウェルドが放った土の魔法で壁は元通りに修復される。なんだか、ログウェルドにあったのは今日が初めてだけど、色々と常識がぶち壊されていくのを感じる。それは、俺がこの世界の魔法に慣れていないからだと思うんだけどさ。
「すげ~!」
お前もか。俺が魔法に慣れていないだけかと思ったら、アリスフィア、お前もか。
「オッサン何者だ?一瞬で壁を直すなんて、A級冒険者ぐらいじゃないとできないぞ!?っていうか、何でここに居るんだ?なあネリエル、こいつ味方か?」
「味方だよ。私のおじいちゃん」
「おじ?・・・・おじいちゃん!?」
ネリエルの『おじいちゃん』という言葉に、心底驚いたような顔をする、アリスフィア。無理もないだろう。数日仲間が顔を合わせなくて、数日ぶりにあったら、知らないオッサンを連れてきて、『私のおじいちゃん』と満面の笑みで言うのだ。驚かないハズがない。
「そう。協力してもらうことになったの」
「協力って、国を救う手伝いってことか?」
「そういうこと」
「・・・・なんで少し目を離した隙にこんなことになるんだ」
やれやれと疲れたように頭に手を当てるアリスフィア。無理もない。俺も、ネリエルの扱いには日々苦労しているからなあ。うぅ。泣いちゃう。
「でも、おじいちゃんが居なかったらコルくん死んでたし」
「なんで数日の間に死にかけてるの!?」
「ここまで1t以上の荷物運べなかったし」
「1トン!?そんなに重かったの!?」
「実は2tくらいあるけどね」
「2トン!?1000キロ増えたぞ!?」
隠し部屋に着いた物の、事の経緯を説明するたびにアリスフィアが絶叫し、頭がパンクしそうになってしまう。そんなことだから、作業が始まったのは結構な時間・・・・具体的に言うと、二時間ちょっと後だった。




