29 微睡みの中の・・・・
『そんな、そんなことしたら死んじゃうよ!』
『大丈夫、ちょっとだけキツイかもしれないけど、大丈夫だって。』
『でも・・・・!』
『今までだって、危ないことがあっただろ?でも、今生きてる。今回も、きっと何とかなる。』
これは・・・・?ネリエルと、知らない男の人だ。王宮のような豪華な場所のバルコニーで、会話をしているようだ。太陽は隠れ、月が静かに暗闇を照らしている。湖面に月が映っているのがはっきりと見え、美しい。・・・・くそっ、イケメンな面しやがって。その面がなきゃ、いくら綺麗な景色だっていいムードにはならん。
『がっ・・・いっづぅ・・・』
『だから無茶だって・・・!お父さんも言ってた!魔力は限られてるって。使い切ったら、死ぬかもって!』
『でも、やらないわけにはいかないだろ。俺が、希望かもしれないっていうなら』
場面が切り替わって、どこかの平地になる。一方向以外の周囲が山に囲まれた場所。先ほどまでの優雅な場所とは違って、この場所に優雅の文字はかけらも見当たらない。周りにはそのイケメンと同様に傷ついた人が何人もいる。中には、鎧を着ている人や、鎖帷子を着ている人がいる。全員鎧を着ていたんだろうけど、治療の為に脱いだのだろうか。それにしても、自分が希望かもしれない、か。まるで、救世主か物語の主人公みたいな言いぐさじゃないか。っていうか、ネリエルも何だその顔。変なの。
『ネリエル、諦めちゃだめだ。絶対に、死ぬな』
『え?』
『しばらくお別れだな。絶対に生きてるんだぞ』
場面はまたも変わり、戦乱のなか横たわるネリエルと、何かと戦っているイケメンの場面だ。・・・・もう、イケメンは見たくないんだけど。
イケメンがそういうと、意識を失っていたネリエルのまぶたがピクリと動き、ゆっくりと体を起こす。その瞬間、イケメンは空から突如降ってきた巨大な柱?にぐしゃりとつぶされた。
『うぅっ・・・なんで・・・こんなことに』
『聖女様、お食事を召し上がってください。』
『一人にしてよ・・・・』
『・・・・バルコニーに居ては、風邪をひきます』
『うるさい!一人にしなさいって言ってるのが分からないの!?あなたは良いわよね!?本当は何とも思ってない癖に、気持ちはわかるとかそんなことは望んでないとかいえばいいんだから!!!この痛みが分からないんだから!!!!』
『お食事はここに・・・・失礼いたします』
・・・・急にグロテスクなものを見せられた。まさか、あのイケメンが死ぬなんて。ちょっと愛着湧いてきてたんだぞ。それはそれとして、またも場面は切り替わった。ネリエルが、ネグリジェのようなものの上から上着を羽織り、バルコニーの手すりに突っ伏して泣いている。
使用人?のような人物と泣きながら話し、最後には怒鳴ってしまった。俺が知っているネリエルと違う。多分、あのイケメンが目の前で死んだことでショックを受けているんだろう。可哀そうに。もしかしたら、婚約者とかだったのかも。どっかの国の、偉い人だったかもなのに。見た目が高貴っぽかったし。
『私、生きてる意味ってあるのかな』
『ないよ。愛しの彼が死んだんだ。直ぐ後を追うべきだった』
『でも、彼は死んじゃダメって。諦めるなって』
『そんなの、ウソだよ。自分が気持ちよく死ぬためさ。悪いことをしたって思わないで済むから』
『そう・・・・』
『そう。だから、ね?』
『そうね』
『もう、辛い思いはしなくていい』
『そうね・・・・』
おい、やめろ!だめだネリエル!それだけは絶対にしちゃだめだろ!約束したんだろ、あの人と!『彼』と約束したんだろ!?絶対に死んじゃダメだ!!!生きなきゃ、絶対に!ダメだよ!!!ネリエル!!
「ダメだ、ネリエル!!!」
バルコニーの手すりから落ちる瞬間、何かに気づいたように体を硬直させると、こちらを見た気がした。彼女は、ネリエルは、こちらを見つめ、何かを言おうとして・・・・
海面に突き出た岩に勢いよく叩きつけられた。
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「ネリエル!!!!」
「バっ!!!」
「もごむぐぐっ!!!」
急に口を何かがふさぎ、俺を窒息たらしめようとする何者か。し、しぬ!
「バカ、静かにしてって!あの人たちが様子見に来てるんだから!!!」
「ぐ・・・ぐフっ」
「ちょ、いい加減おとなしくしてって!」
「ぶはっ、息!」
前も言ったような気がしたのだが、息ができないから口をふさぐことはやめてほしい。しかし、ネリエルの言ったことが気になる。あの人たちとは。
「で、何がどうなってんの」
「コルくんが木と荷物に挟まれたときの音が、あまりも大きくて、何事かとこっちにきちゃったの」
「あの人たちって」
「ミーナさんたち」
「ああ」
ここでリーダーであるドランの名前が出ずに、ミーナの名前が出るのは、印象なのだろう。たいていの場合、日ごろの行いは、本人のあずかり知らない場所で効果を見せる。それはともかく、ミーナたちが心配でこっちを見に来たのだという。それを、必死にログウェルドが止めているらしい。様々な手を使って時間稼ぎしているとか。
何故そんなことをする必要があるのか。
「なんで、そんな面倒なことしてるんだ」
「さっきみたいに起きた瞬間何かしゃべるかもしれないからだよ」
「ああ。あれ?なんで俺叫んだんだっけ。なんか、とんでもなく不吉な夢見てた気がする。」
「不吉な夢を見ると、私の名前を叫ぶんですか」
「なんでちょっと赤くなってんの」
「恥ずかしいからですよ」
・・・・なんでオオカミ相手に恥ずかしくなってんすか。いや、自分で言っちゃうけども。俺、オオカミっすよ。確かに、オオカミに大声で名前を呼ばれることはないかもしれないけど。まあいいや。確かに、人がいるところで自分の名前を大声で呼ばれたら恥ずかしいだろう。俺もヤダかも。
「それはさておき、もう起きたわけだから行っていいんじゃないの」
「あ。そうですね」
そこに気付いてなかったのか。やっぱりネリエルはネリエルだな。・・・・なんで安心してんだ、俺?ま、いっか。
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「やっぱりあなたたちだったのね・・・・」
「そんな気はしていたが、まさかだな」
「んー、もしかして、お前らバカだったのかー?」
ネリエルの話通り、あの人たちとはこの三人だった。ミーナ、ドラン、イグン。一昨日別れたばかりだから、全然経ってない。三人とも半ば呆れ気味だ。一昨日もプチ迷惑を駆けちゃったわけなのに、同じ場所でまたも迷惑をかけているからだろう。なんか、非常に申し訳ない気持ちになってくる。
「じつは、かくかくしかじか・・・・」
「はぁー。」
「ねえ、バカなの?」
「・・・コレは私からも何も言えないな」
ことのあらましを説明したら、またも大きなため息をつかれてしまった。俺たちには比較的優しかったミーナも、今回は呆れ気味に『バカじゃないの』と言うほどだ。なんか悲しい。
俺とネリエルが『シュン・・・・』という悲しそうな顔で正座していると。
「まあ、とにかく生きててよかったわ。中には従魔が死んじゃって冒険者をやめることかいるし・・・・」
「あ、ありがとうございます」
「べ、別にいいのよ。」
「ミーナがデレたー」
「こら、ドラン殿冷やかすんじゃない。ぷくく・・・っ」
ネリエルが悲しそうな顔を少しほころばせ、お礼を言うと、ミーナの顔が少し赤くなる。そんなミーナの顔と態度をみたドランが、『デレた』と揶揄うと、それをイグンが諫める。しかし、イグンも珍しいミーナの姿を見て、『その通り』と思ってしまったらしく、顔を手で覆い隠して笑ってしまう。手の隙間から見える顔が赤くなっているところを見ると、かなりツボにはまってしまったらしい。
「あ!イグさんまで!酷い!もう今晩はご飯作ってあげないから!!」
「勘弁してくれ。私とドラン殿ではヘドロしかできん。許してくれ、この通りだ」
「 」
「!・・・・ぐ、ぐふっ、くくっ」
もう諫めることも出来ぬほどに笑ってしまっていた。冷やかされたことを怒っている姿もまた珍しかったのだろう。なんだか、これからドランがミーナさんの事をからかったり冷やかすたびに、イグンさんが笑うということが容易に想像できてしまう。
「・・・・もう、知らないからっ!」
イグンさんにまで完全に裏切られてしまったと思ったミーナさんは、『ガーン!』とした様子で何処かへと走り去っていっってしまった。・・・・なんなんだ、いったい。
「いやあ、久しぶりにミーナの行動で笑ってしまった。そのうち戻ってくるから、心配しないでほしい。ところで、よく無事だったな、コルくんは」
「それが、激突した先が丁度くぼんでいるところで。挟まれたように見えて挟まれてなかったんです。」
「なるほど。運に助けられたと」
「そういうことです」
あれ?そんな都合のいいくぼみなんてあったっけ。っていうか、俺って確か木に激突したよな。くぼみなんてなかったと思うぞ。
「では、一応案内してくれるか?」
「はい!」
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「ここです!」
「ふむ・・・荷台とやらは回収したようだな。この積み荷は、全部土か」
「そうです!頑張って掘りました!」
案内した先には、違う場所だった。しかも、そこには荷台はなく、あるのは土の山だけだった。当然だ。表面が木に見えるよう魔法をかけたペンキでコーティングしているとはいえ、相手は熟練冒険者。もしかしたら偽装が看破されてしまうかもしれない。しかし、何で違う場所に案内したんだ?べつに、俺がさっき普通に事故ったところでよかったのに。
荷台がないことにイグンさんが反応した者の、ドランは気にしてはいないようだ。そして、ドランはどちらかというと、大量の土をジロジロとみて気にしているようだった。
「俺とミーナなら、十分で掘れるりょうだなー」
「え?」
「こら、ドラン殿!!」
十分で掘れる。聞き間違いでなかったのなら、そういったはずだ。俺たちが汗水たらして無心で頑張った丸二日が、十分?一体何を言っているんだかワカラナイヨ。二日が十分、二日が十分・・・・フツカガジュップン。
「にしても、これを荷台に乗せたまま坂を下ったら大変な目にあうってことぐらいわかんだろー?本当にバカなのかー?」
「よ、よせっ!失礼だぞっ!ぶはっ!」
いや、アンタが一番失礼だよ。俺たちが噴き出したイグンさんを睨んでいると、申し訳なさそうな表情を作り始めるイグンさん。途中で睨んでいる俺たちの顔を注視すると、もういちど顔を伏せたので、あんまり反省していないんだなあと思ってしまう。
「いや、申し訳ない。コルくんが死にかけたことを馬鹿にしているのではない。もう少し柔らかい言い方をすべきだろう、ドラン殿。しかし、気を付けたほうが良いのは事実だ。下手をすれば、今回即死をするところだったのだからな。」
怒ってるのはドランにじゃねえよ、アンタにだよ。そんな視線を無視して、罪をさりげなくドランに押し付けようとするイグンさん。・・・・もしかしたら、唯一の常識人だと思っていたイグンさんもあまりいいひととは言い切れないのかもしれない。一体何を信じればいいのだろうか。
「それにしても、危なかったって割には随分綺麗な顔してんじゃねーかー」
「え?ええ・・・・」
「おいおい、なんで意外そうな顔で引くんだー?そういう趣味はねーよ。俺が言いたいのは、ケガ一つもしてねーなってことだよ」
慌てたように弁解するドラン。もしかしたら、初めてドランの慌てた顔を見れたかもしれない。これは良い。ナイス、ネリエル。
「ああ、私がプリーストなので、ちゃちゃっと回復させときました。」
「ぷ、プリースト?メイスみたいなものでオオカミの魔物をボコボコにしてたような気が。」
「ああ、私、鍛えてるんで。それに、コルくんに乗ってるだけで筋肉鍛えられるし。すごいんですよ。落ちないように力を常に入れてないといけないから、筋力値がバキバキ上がってくんです。」
「軽戦士なのかとばかり・・・・」
何か恐ろしいものを見るような目で、ネリエルの事を見つめる二人。ネリエルの戦いっぷりは豪快だからなあ。軽戦士と間違えてもしょうがないレベルの戦いっぷりなのだ。因みに、軽戦士というのは冒険者ギルドでなることのできる――――――役割でも職業でもいいけど、俺はどっちも使う――――――役割だ。
主に軽い武器を使い、軽装で戦う戦士系の職。短剣や双剣、短めの片手剣や弓、斧、メイスなどを使って戦う。ほかにも、特に軽い武器なら何でもいいので、風変わりなものを使って戦う人もいるとか。聖なる祝福を受けた小さな石像を武器に戦ってる人もいるとか。伝説の件を模して作った石像らしい。本物のサイズと同様だってさ。
「何の話をしてるの?」
恐れの視線をこちらに向けてくる二人に、我慢の限界を感じていると、ミーナがすっきりした顔で何事もなかったかのように茂みの奥からがさっと登場した。ほっ、助かった。じつはイグンさんが常識人とはちょっとずれているってことが分かったところなんだ。ミーナさん、助けて・・・・
「ああ、実は・・・・」
「え!ネリエルさんって、プリーストだったの!?不気味な笑い声をあげながら魔物を殴り殺してたから、狂戦士か何かかと思ってた。まさか、役割がプリーストだったなんて」
悪化した。ものっすごい悪化した。狂戦士って。バーサーカーって。やっちゃえバーサーカー・・・・。
見給えよ。ネリエルの表情がとんでもないことになってるぞ?
「こ、こら!ミーナまでなんてことを言うんだ!ぶ、ぶぐっふ!!」
「・・・・」
「ああ、すまない!ワザと笑っているわけではないんだ!だから無言でメイスを取り出さないでくれ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて?ね?」
「いや、7割ミーナのせーだろー」
「え、私?私か!!私だ!!!」
俺まで間に入って止める事態に。間って言うか、ネリエルが一方的に三人に対してメイスを振っていたわけなんだけど・・・・注意をされていたと持ったら、ギャーギャー騒ぐことになり、何でこうなったのかと首をかしげるしかないコルくんであった。
さて、ネリエルは『ちょうどいい感じのくぼみにすっぽりと身体だけが収まったから助かった』と言い張っていますが、実際はどうなのでしょう。コルくんはそんあくぼみはなかったように思っています。
次回 「大惨事になるところだった」




