27 伝説(?)の馬車?
やばっ!少し遅れました!20ッ分!
「よし、到着だ」
「・・・・ここは?」
意外に大きい、建物だった。いかにも、それっぽい。パッと見ただけで、用途が分かるだろう。もちろん、日本人もほぼ全員が分かるのではないだろうか。しかし、あえて聞く。もしかしたら、この建物の横の、さらに一回り大きい建物かもしれないから。
「ここは、馬の厩舎だな。見て分からんか?」
「いや、初めて見たので。」
「そうか。」
いや、初めて見たわけじゃない。凛華と一緒に行った卒業旅行で見たことあるし、みたら大体想像がつく。ていうか、とびら空いて仲が見えてる。馬がつながれてるところ丸見え。これで分からない人は流石に居ないだろう。でも、問題はそこじゃない。
「どうしてここに来たんですか?てっきり、920kgの荷物を運べる方法があるのかと思っていたんですけど・・・・」
「ん?賢いと聞いていたが、思い当たらんか。儂は名案だと思ったのだが」
「もったいぶらないで、教えてください」
「ここへはな」
「やあ、どうしたんだいログさん」
と、ログウェルドが自慢げに口の端を歪めてから、話し始めようと口を開いたところに、この厩舎を管理していると思われる中年の方が声をかけてきた。中年と言ってもハゲてたりお腹が出てたりするわけではなく、白髪が混じった髪に眼鏡といった点以外は、年を感じさせない生き生きとした若い人だ。
「・・・・じつは、馬車の荷台のようなものが欲しくてな」
「荷台?商人が荷物を積むようなものかい?」
「いいや、少し多めの干し草を積む程度のもので良い。幌もついていれば最高だな」
「うーん、確か、良さげな奴があったような。じゃあ、ついてきてくれよ。」
ログウェルドが考えていたことは、俺と同じことだったらしい。これで、俺も賢い認定されたのかな?ところで、この人、顎に手をあててものを考えているしぐさが妙に似合う。そんなことを考えながら後をついていく。ここは、どうやら馬の預かり場のようなところらしい。この町に馬車で来た冒険者などが、ここに馬を預けたり、商人が預けたりするとか。
「意外に広いですね・・・・」
「そうだろう。実は、僕が経営している預かり業なんだけど、それだけじゃないんだ。専用の職人を雇って、馬車のオーダーメイドなんてのもやってる。盗賊や魔物に襲われて、車軸がイカれたりしたときには僕の出番さ。まあ、盗賊や魔物を上手い具合に退けて、ここまでこれたらの話だけどね」
案外広いと感じたのか、思わずという言葉がよく似合うようにポツりと呟いた、ネリエル。そんな小さな呟きを逃すことなく、中年の経営者は説明をしていく。
「昔は馬だけ預かっていたんだけれどね。ある日、幌が破けてしまっている冒険者の馬車に、応急処置をしたらとても喜んでくれたんだ。ツギハギでみっともなかったけれど、四人の冒険者はとても喜んでくれた。それをみて、僕は思いついたんだ。こういうことをしたら、もっと便利になるんじゃないかって」
・・・・いい人だ。この場所は、町の出入り口付近に、しかも、馬車などの出入りが激しい方向に作られている。それも、困った馬車がこの場所を見逃さないようにってことなんだろう。それに、馬を見ればわかる。ちゃんと管理されている。預かった状態から、少しも弱らせずに、むしろ健康になって帰ってもらおうという気持ちが、馬の状態に出ている。安心しきって寝ている個体もいるくらいだ。
「さて、こっちの建物に移ってくれるかい」
「あれ、この建物って」
「はっはっは、馬たちを見てもらいたくってね。ちょっとイジワルだったかな?」
長細い形状の厩舎を奥まで行き、その扉をくぐると、少し開けた場所に出た。そして、中年経営者が指さした建物は、さっきの隣の大きな建物だった。俺が、念のため聞いた理由でもあるその建物。もちろん、正面から入ることもできたはずだ。
「・・・・自慢の厩舎を見てほしかったのだろう。自ら設計したというし」
「そうそう。意外と大変だったよ。強度とかのアドバイスをもらいながら、職人さんとあーでもない、こーでもないって言い合いながら設計したんだ。ここは譲れない、ここはこんな風にする!ってね」
そういいながら”隣の建物”の扉を開ける、馬主。なんだか、だんだん面倒になってきて呼び方が雑になっている気がする。でも、問題ないよな。口に出しているわけじゃないんだし。
「む。そうだ。紹介を忘れていたな。紹介しようネリエルとコルダムだ。」
「よろしくお願いします」
「お、こりゃどうも。僕はヘイネル。好きなように呼んで。」
俺がそんなことを思っていると、丁度ログウェルドもそこに思い当たったのか、俺たちの紹介をする。こういう偶然があると、自分が物語の主人公で、ご都合主義的なことが起こったと錯覚出来て楽しい。
こちら側の自己紹介が終えると、ログウェルドの知り合いっぽい、厩舎の管理人さんの番だ。自分をヘイネルと名乗ると、親指を上に向けて手を握り、ニコッと笑う。俗にいうサムズアップだ。・・・・この世界にもグッドって手のポーズ有ったんだ。
「じゃあ、早速案内するよ」
自己紹介は手ばやに済ませ、工房の奥へと進んでいく。中にある機材はぜんぜん比べようがないほど違うが、どこか自動車の修理や、タイヤ入れ替えをする場所に似ているかもしれない。手前が工房のになっていて、の機材が置いてある。奥が、馬車などが並んでいる。俺たちは裏手から入ったわけだから、正面から見ると入ってすぐ馬車が置いてあるということだ。
「すごいですね・・・・」
「うーん、最近はスランプ気味なんだけどね。ハハハ」
「何かあったのか?」
スランプ気味。自虐気味にそういうと、頬を少し引き攣らせて乾いたような笑みを漏らすヘイネルさん。その割には、ここに並んでいる馬車のどれも素敵だと思うが。
「それが、迷走気味と言うか、なんというか。馬車って、冒険に使うものと、人をただ乗せる物と、商用のものと。全部違うじゃない?」
「まあ、そうだろうな」
「考えたことなかったですけど、確かに」
用途別で分けられているんだろう。俺は乗ったことがないから、どんなものなのか想像もつかない。だけど、創作物や映画などに出てくるものは、乗り込んで対面式の・・・・いわば、観覧車のような構造になっている者が一般的だ。商用は・・・・よくしらない。御者台と、軽トラの荷台のようなものだろうか?それとも・・・・?
「でも、それぞれがそれぞれの面で特化できていないと思うんだよ。冒険者用馬車なら、速く、そして頑丈に。商用のものなら、物を傷めないように揺れづらく、頑丈に。それでいて早く。移動用のものなら、揺れずに速く。確かに、今の馬車では、全部実現できてない。揺れなんてひどいものだし、速さもそんなに出ない。しかも、頑丈ともいえない。大きめの石を踏んだら、車軸が折れてしまうこともある。それを考え出したら、馬車を設計する手が止まってね。・・・・主に、僕と職人の。職人も一緒にウンウン唸りだしてさ。」
またも、ハハっと苦笑いを浮かべるヘイネル。その表情は、先ほどの満面の笑みに比べると少し老けて見えた。笑わなくなると吹けるというのは本当なのかもしれない。
「良いんじゃないですか?悩むことは良いと思います。でも、悩んでいるときは全部『想像』です。手を動かさないと、想像のまま、終わっちゃうと思います。馬を預かったり、お世話したり、修理したり。大変かもしれないですけど、少しずつ想像を実際に試していかないと。じゃないと、新しいものを『創造』することなんてできませんよ」
「・・・・これは驚いた。まだはたちにもなっていない子に説教されるなんて」
「・・・・この子は、苦労してきてるからな。並みの子よりも、ずっと。儂よりも苦痛の面では上かもしれない。でも、あきらめずに色々頑張ってきたから、ここに居るということなんだろうな」
『驚いた』と、糸目を少し見開きながら言ったヘイネルさんに、『苦労したから』とネリエルの事を言うログウェルド。その眼差しは優しく、壊れそうなものを撫でるかのようだ。実際に撫でながら、笑顔を深める。まるで、十七年間ずっと一緒に居たかのようだが、ネリエルが言うには幼いころ面倒を見てもらっていたらしい。その言い方だと、長くて五年程度だろう。
でも、よほど辛いことがあったんだろう。戦争で親を亡くし、同世代の子供たちから仲間外れにされ、疎まれながら成長したログウェルドが言うんだ。よほど凄惨な子供時代だろう。この件については、ネリエルが自分から話したくなるまで俺から聞くことはないだろう。いや、しちゃいけない。そう思った。
「・・・・この子が。なら、僕も頑張らなきゃな。」
「で、丁度よさげな馬車があるとか言っていたが、それは・・・・?」
「ああ、こっちにあるよ。」
すると、少し走り、馬車がずらっと並ぶその半ばほどで立ち止まる。そこにあった馬車というか、荷台は、まさしく俺の考えていた、『田舎で牧場をやってる人が干し草を運ぶときに用いるような馬車』だった。日本の田舎じゃなく、ヨーロッパの田舎でありそうだ。
「おお。これは立派なものだな」
「少し大きめに見えるだろう。こういう形状のものは小さいのが常識だからね。でも、これは弱点を克服している。100キロほどの加速にも耐えられる頑丈すぎる車軸と、重量1.5tまでなら余裕の荷台!しかも、荷台自体の軽量は従来のものの五分の一!・・・・伝説の金属をつかっているから、とんでもなく金がかかったよ。量産には向かないし、こんな特殊な物使い道もない。でも、君たちならちょうどいいんじゃないかい?なにか、重いものを運ぶみたいだし」
おお、凄いな、この性能は。それよりも、気になった文言があったんだけど・・・・伝説の金ぞく?どうしよう、かなり凄い性能なのは分かるんだけど、”伝説の金属”っていう言葉のせいで、凄さがかすむ。
「ふむ、なぜ重い物を運ぶと?」
「本当はただの荷馬車を進めようと思ったけど、そこのオオカミ、足がプルプル震えているじゃないか。大方、運ばせようとしたら全然乗らなかったってところだろう。」
「あはは、当たってます」
まあ、本当は俺が無理して運ぼうとしたんだけどね。全然無理だった。当然だよ、1tのものを運べる生物なんて、そうそう居ない。アフリカゾウなら、なんとか行けるんだろうか?車を軽々横転させていた動画もあることだし。でも、アフリカゾウじゃない俺には、丁度いいと言えるかもしれない。しかし、金額・・・・伝説の金属を使っているのだ。金額は想定できる中でも、最悪な桁数になるはず。
「代金は儂が払うから、心配するな」
「でも、おじいちゃん」
「いいんだいいんだ。じいちゃん孝行だと思ってくれ。じいちゃんは、孫の為に何かできるだけで、嬉しいもんだ」
なんだ、この好々爺然としたログウェルドは。ネリエルもネリエルで、泣いていたことが幻覚だったんじゃないかと思えるほどの笑顔だ。さっき撫でられた時も嬉しそうな顔してたし。
「ログさんがいいかっこしたいと思ってるところ悪いんだけど、代金は頂かないよ。覚えているかい、ログさん。助けてくれた時、『伝説の金属かもしれないんだ、僕をここに置いて行ってくれ!』って涙を流しながらお願いしたこと」
「ああ。たかが金属に何を馬鹿なこと言っているんだ、と思ったな。懐かしい」
ログウェルドは懐かしむように目を細めると、口の端を緩めて思い出に浸る。・・・・いい思い出だ見たいに思い出しているけど、多分しにかけた話だよな。なんで、そんな笑顔で思い出せるんだ?
「実は、あれから全財産で雇ったA級冒険者とともに、もう一度あの山に行ったんだ。そして、大量に金属を手に入れて帰ってきたってわけだよ。冒険者には秘匿義務を課せたから、さらに高くついたんだけどね。でも、そのお陰で大金持ちになった。少しだけしか売ってないのに。だから、貰ってほしい。僕が今話していられるのは、あの時顔面をグーで殴って僕を連れて行ってくれたからだ。あの時鼻の骨と結構な量の血と、伝説の金属を諦めていなかったら、この荷台は作れてもいなかったんだからさ。神器級の荷台、貰ってくれよ」
「もしかして、まだあの時の事を恨んでいるのか?あの後ギリギリ助かったじゃないか。鼻は聖女様に直してもらったし、失った血も治癒師がが分けてくれただろう。しかも、世話もしてくれた治癒師と、結婚までしたじゃないか」
・・・・もしかして、だだをこねるヘイネルさんを無理やり連れていくために、顔面を殴って気絶させたんだろうか。鼻の話は、その時に折れた・・・・?失った血って、もしかして鼻血?でも、その時にお世話をしてくれた治癒師さんと結婚かあ。・・・・いいなあ。いや、俺オオカミだったわ。はは。
「でも、意識が戻った時は激痛と倦怠感に襲われたよ。伝説級の金属をみすみす見逃した絶望感にもね。しかも、あと一時間処置が遅かったら、出血多量で死んでいたっていうじゃないか。」
「むむむ・・・・生きているんだからいいだろう。どうすればよかったんだ」
「きっと、締め落としていればよかんじゃないの?血を止めて、意識が一瞬で落ちるらしいし。おじいちゃんはできるでしょ?」
「できなくもないが、慌ててたからなあ」
出血多量って、鼻血で!?一体、どんな鼻血なら危うく出血多量になりかけるんだ・・・・。もしかしたら、背負いながらダッシュで帰ってたら、血が止まらなかったとか?急いでる時の背中って、がたがた揺れるだろうから・・・・。
「とにかく、貰ってくれ。僕の命の恩人だからね。それに、こんな荷台に使った量じゃびくともしないくらい金属の在庫はあるよ。」
「・・・・はぁ。仕方がない。酒はしばらく奢らせてもらうぞ」
「食事も頼むよ」
「・・・・命の恩人じゃなかったのか」
「酒の時つまみはたべるからね。いちいち計算するのは面倒だよ」
「分かった」
こうして、伝説の金属を使った伝説の馬車(?)をゲットしてしまったのであった。しかし、この荷台にも意外な弱点があることをまだここに居る全員が理解していなかった。そう、この後すぐ、その事実を知ることになろうとは、誰も・・・・。
伝説の馬車に秘められた、意外な欠点とは・・・・!?
次回 急発進、急降下、急停止、事故。




