13 アリスフィアの独白が昏い件
やばい。時間が足りない。ヤバイヤバイヤバイ
スタ..スタ..スタ...
「誰ですか?」
「くるるる・・・・」
「あっ・・・・」
足音に感づき、後ろを向くと、そこにはあのコロとか言うワンちゃんがいた。あの、私の足にかみついてきたやつだ。服とはいえ、ちょっとだけ怖かった。
「どうしたんですか、コロちゃん。ネリエルさんは・・・・?」
「くるるるる・・・・」
「・・・・?なにか、伝えたいことでも」
急に、この犬の目の前で演技をするのがバカらしくなってきた。これは、ただの犬だ。ペットだ。知性があっても、人間と話せるほど賢くもない。誰に告げ口することも、出来ない。
「・・・・あーあ。ばからしい。なーんでこんなワンコロの前でも演技しちゃったかな、私は」
「その通り。犬なんぞに構って、もしネリエルさんが来たら大変だ。今のうちに、それを摘み取って持ち帰らねば、計画がおじゃんになる」
「そうだ。私は今なりふり構っている場合じゃねえ。これを加工して売って、もう一度人生をやり直すんだ。ここじゃない、どこか違う場所で。」
「いい夢じゃないか。しかし、将来子が真実を知った時、どう思うのか」
「うるせえ。子供は親の所有物だ。それに、私は子供を作るつもりはない」
「それはどうかな」
「お前に何が分かるッ!」
先ほどから一々反論してくる声に向かって、一括する。しかし、そっちの方向に居るのは、綺麗にワンちゃん座りした、犬だけ。その犬は、急に怒鳴られて不安そうな顔で首をかしげている。
「今になって葛藤の声か。もう、後悔しても遅い。もしあの時に誰かに助けを読んでいればッ・・・・」
「今からでは遅い。それは、諦めからくるものでは?真実は違うとしたら?」
「・・・・かもな。だが誰に助けを求める?一時間くらい前に初めて会ったネリエルか?そこにいる犬っころか?衛兵か?」
「衛兵が一番よいだろう」
「だろうな。だが、表向き衛兵はずっと奴らの事を調べている。内部に、妨害工作している奴らが居ることも知らずに。衛兵に相談しても、そいつらに殺されるだけだ」
「ネリエルは」
「あいつは何も関係ない。ただの、一般人だ。巻き込むわけにはいかないだろ」
「犬っころはどうだ?この頭の悪そうなやつは。任せてみてはどうだ」
「こいつは論外だろ。どうやって助けを求めればいい」
「言えばいい。その頭の悪そうな犬っころに、助けてと」
「・・・・そう言えば助けてくれるのか」
「頭が悪そうか?こうみえても、頭脳派だ。任せろ」
「・・・・ぉ前は」
ハッとする。もしかしたら、これは葛藤の声ではないんじゃないかと。この響くダンジョンの中だから、ただ単に反響していただけなんじゃないかと。自分自身が葛藤しているから、葛藤の声だと思ったんじゃないかと。ともすれば・・・・ここにはオオカミしかいない。
「・・・・助けて」
知らぬ間に、目に涙が浮かんでいた。何年も前に出し尽くして枯れたと思っていた、涙が溢れていた。
「任せてください」
「ね、ネリエルさん、騙してたのに・・・・ぎゃああああああああ!?」
「「え?」」
「ぎゃあああ!!!ぎゃあああああ!!!」
「え、感極まって抱き着いてくるシーンじゃないんですか?なんで叫ぶんですか!!」
「あっ、ネリエル、腕!股!」
「股って言うな、太ももっていえ!」
「ぎゃああああ!!!もう悪いことしたりしないから!!!騙したりしないって!!」
「太もも太もも!腕も!」
「ちょっと待ってて・・・・【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】」
「で、なんでこんなことを」
「ね、ネリエルは人間なのか?」
「人間だよ。さっきまで、痛みでのたうち回ってた。で、なぜ」
「私は、違う町のスラムで生まれたんだ」
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そこでは、秩序なんてなかった。強いものがいき、弱い者は死んでいった。私は、その後者の方だった。弱く、衰弱するしかなかったんだ。衰弱していき、死んでいった。そんな弱い彼らのように、弱い私は順調に死への道を進んでいった。
「君、大丈夫かい?」
彼は、貴族ではなかった。ただの、平民。だけど、スラムに住む子供たちからすれば、裕福な人たちに映った。
「あんた誰」
「君は?」
「名前はない」
「そうだな。じゃあ、キミの名前はアリスだ。」
「あんた、誰」
「僕の名前はメーガン。よろしく」
彼は、そういって私に微笑みかけながら、私の手を取った。彼の後ろから除く太陽が、私を祝福しているように見えた。『もう大丈夫だよ』って、私に柔らかい笑みを浮かべているように見えたんだ。だから、その手に力を入れて、立ち上がったんだ。
助けられた時から、一年たった。あのスラムに居た頃に比べると、メーガンの家に住んでることは、本当に幸せだった。お母さんは優しいし、ご飯は美味しかった。もともとは食が細かったから、お腹いっぱい食べれた。
「メーガン、どうしてあの時私を助けたんだ?」
「ん?すごいいまさらじゃないか、その質問」
「昨日寝る前に考えたら、全部メーガンのお陰だって」
「・・・・本当にどうしたんだ?もしかして、僕に惚れた?」
「バカ。ただ、気になっただけだ」
「そうだなあ。僕は、あの日偶然道に迷って、スラムに来ちゃったんだ。で、君を見つけた。君は、三角座りで、膝を抱えてたね。生きることをあきらめて、目が死んでいた。でも、目は悔しさもはらんでいた。だから、助けたくなった。それだけだよ」
「そ、そうか・・・・」
感謝していた。あの時、メーガンに助けてもらえなかったら、今の私はない。そう考えていたし、それは紛れもない事実だった。私は、メーガンに本当に惚れていたのかもしれない。
その日私は、スラム街に向かっていた。きれいになった顔と、手入れされた髪と、可愛い服を着てた。スラム街に居た時に、世話になってた仲間に、あいさつしに行ったんだ。『私は元気でやってる』って。私の、十歳上だった兄のようだった人に。
「あいつら、今どうしてんだろうなあ。あいつらのことだから、今も元気なんだろうな」
変わらないと思ってた。私は、メーガンに拾われたときは5歳。その時、世話をしてくれた兄のような人は、十五歳。私は当時の兄と同じ年齢になってから、あいさつしに行ったんだ。それまで、踏ん切りがつかなくてな・・・・。変わらず、元気だと思ってたんだ。スラムは、あの時と違うってことを認識しつつも。
「・・・・よォ」
「おやおやァ、身なりの良い娘さんで・・・・」
「なんだお前ら」
「うおッ・・・・なんだコイツ。身なりのわりに言葉遣い汚ねぇな」
「・・・・おやおやァ反抗期ですかなァ?」
「私はココ生まれだ。」
「・・・・成程。道理で」
奴らはチンピラだった。スラムじゃなくて、普通に街中にもいるような、チンピラ。頭悪そうな喋り方で、スキンヘッド。もう片方は、白髪が混じった濃い灰色の髪、白衣に眼鏡、頬がこけていて、ニヤニヤしてる。見た目は、正反対なチンピラだった。でも、そいつらには共通点があったんだ。服装。何処かの軍人みたいな、服装。迷彩柄に、胸に国章を切り裂いたマークを付けてる。博士っぽい服装の方は、軍服の上から白衣を着て、白衣の棟ポケットに国章を切り裂いたマークを付けてる。
「お前ら、反乱軍とか言うイタイ組織の下っ端か」
「下っ端ですか。・・・・ショックですねェ」
「下っ端のまとめ役みたいなのをやってんだがなあ」
「何の用だ」
「う~んこいつも似てるんですよねェ・・・・」
「おいおい、またかよォ。それで前回懲罰食らってるんだぜェ?」
その自称反乱軍の奴らは、誰かを探しているようだったんだ。なんかの紙と、私を見比べて、『似ている』とかなんとか言っていたのを覚えてる。それで・・・・それで・・・・頭悪そうな喋り方の方が、ブレたと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。




