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果てしない世界  作者: さんぼんせんろっく
第2章 異質な屋敷
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第5話 少女

 おかしいおかしいおかしいおかしい…!

 身体を震わせながら部屋の一角で座り込み震える人間がいる。


 1階とは違う異様な雰囲気に飲まれているのだ。絶えず誰かに見られているような視線、動き回るような気配、後ろから付いてきているかのように何かが動くような音。どれもどれもが、おかしい。


 なんなのだこの屋敷は…目に涙を浮かべながら金色の短髪男は震える。


 この作戦が初陣ではない。今まで幾度となく突入しては難なくと遂行してきた経験者だ。ここ1年はザックにボスの相方を任せてはいるが、それまでボスの隣に居たのはこの短髪男だった。

 それを否定はしないし、悔しさや後悔すらも感じない。エロイカは実力や権力を振りかざす団体ではない。みんな1つでエロイカなのだ。


 しかし、しかしだ。この屋敷は今まで体験してきたものとはどれも違う。誰も居ない屋敷…ないのだが気配を常に感じている。

 それも1部屋1部屋調べる度にその存在が大きくなっていたのだ。


 おかしいおかしいおかしいおかしい…


 これまでにない程、得体のない恐怖を感じている。モンスターに襲われるような恐怖とは別の恐怖。

 その恐怖を感じて一歩も動き出せなくなってしまったのだ。出来たのは座り込み頭を抱えるだけ。


 逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい!

 頭の中で反芻する言葉。しかし、思った言葉は誰にも届かずリチャードの頭の中を巡るのみ。


 そこへ1つの影が部屋に入ってくるような気配を感じる。


――ヒッ…


 ビクリと震わせて声にならない言葉を吐き出す。見てはいないのに足音もなく左右に揺ら揺らと身体を揺らしながら少しずつこっちへ来るのがはっきりと分かる。それを見ていないのにだ。


 恐る恐る顔をあげようとした瞬間、その気配は短髪男の元まで一気に距離を詰めた。



――――



 屋敷に入った瞬間から嫌な気配をずっと感じていた。ホールでリチャードとザックと別れてからボスはその場でぐるりと屋敷内を見渡す。


 それから、ザックが向かった方とは違う方へ歩き部屋を確認していく。客間らしき部屋に何もない部屋、そして厨房。どの部屋も生活感はなく蜘蛛の巣が張り、家具等には埃が被っていた。

 外観はそんなに古そうには見えなかった。蔦が至るとこに屋敷に張り付いていたが屋敷内がまさかこんな風になっているとは思わなかったのだ。


 突き当たりの右の扉を開くと、そこにはザックがいた。少し疲弊したような顔。短剣を構えるザックを見て、俺だと表明する。

 確かにこの異様な雰囲気に嫌な気配にと疲弊するのはボスにも理解出来た。


 ザックの横に立ち地下へ行けと命令した後、その足取りで2階へ続く階段の下まで歩く。


(いよいよキナ臭くなってきたな…)


 ホールに付き、再度見渡しながらボスは思う。さて、2階はどうなっているのだろうと階段を上がっていく。絨毯で隠れているが木で出来ているのだろう。一歩踏み出すたびにギシギシと音がなる。


 踊り場まで付くと左右を確認する。2階に続く階段が左右に別れており、右にある扉がいくつか開いており、左はまだ1つも開いていないのを確認すると左の階段を登り始める。


 不意に後ろの右側の通路を誰かが走るような気配を感じ振り返る。が、そこには誰もいなかった。本当にどうなってんだ…この屋敷は…と手を強く握りながらボスは思う。


 2階に上がり1つ1つ扉を開いていくが1階で調べた部屋と対して変わりはなかった。


 しかし、1階とは明らかに違った。


 嫌な気配がより一層強くなっており、空気が重く、常に誰かに見られているような視線。動き回るような気配も感じており、何かが動く、落ちるような音も聞こえてくる。

 最初は気のせいだと言い聞かせてはいたが、こう何回も続くと気のせいだとは思えなくなってくる。


 長くは居たくない。それが2階に上がって感じたボスの本音だった。


(リチャードは上手くやっているだろうか…)


 反対側で部屋を調べているであろう部下のことを思う。


 最後の扉を開き中を覗き見る。相変わらず空気が重い。ソファとベッドがあるだけで、この部屋も今まで見た部屋と同じだった。


 部屋を一巡し出たところで反対側からリチャードらしき人物が大声で叫ぶのが聞こえた。



――――



カツン…カツン…と壁に手を当てて一歩一歩ゆっくり少しずつ階段を降りていく。暗闇の中を歩くことほど怖いものはない。


 少しずつ足元の感触を頼りに降りていると、続く階段の感触がない。どうやら地下へと辿り着いたらしい。目の前を向くと数m続く廊下の先に突き当たりがあり、その角から少し光が漏れていた。


 思わず短剣の柄を握る。今まで屋敷に光なんてなかったのに…ここだけにあるのは怪しすぎる…。


 足音を消し少しずつ歩いて行く。呼吸さえも忘れて歩き突き当たりの壁に背を預け気配を探るが、どうも気配はない。

 恐る恐る顔を覗き出し角の向こう側を見るが、そこは折り返し地点でまだ廊下が続いていた。そして、廊下の壁に等間隔にロウソクが灯されている。

 思わず息を飲む。屋敷内に火は灯されてはいなかったのになぜにこの廊下だけ…これはいよいよ怪しい…と不安と緊張を胸に歩んで行く。


 すると、ふっと嫌な臭いが鼻を付く。それは、血の臭い。しかも、空気に壁にと至る所にこびり付き染み付いているような臭い。ずっと前からそこにあって当たり前かのように存在しているような臭いだった。

 幾ばくか歩いたであろうか。ザックの目の前に空間が広がる。正方形の空間。


――ウッ…


 思わず声を洩らす。床、壁に限らず天井までも赤く染まり、床には魔法陣らしき紋様。人が一人寝れるような机に、医療器具が辺りに散らばっている。そして、向こう側に更に扉があった。

 臭いもキツくマスクをしているにも関わらず口と鼻を手で覆う。

 ここで何が行われていたのか、想像に難くない。


(人身売買ではなく何か魔術で実験でもしていたのか…?)


 辺りを見回しながら扉まで歩み、壁に背を預ける。左手で鼻と口を覆いながら、右手でドアノブに手を掛ける。一呼吸置き、音を立てずにノブを回し扉を開く。


 数秒置き、顔を覗かせるともう1つの部屋がそこにはあった。厳密に言えば部屋ではない。鈍く光る銀色の鉄格子が幾つにも上から下へと繋がり、右に2部屋、左に2部屋がそこにあった。


(牢屋か…)


 しかし、人の気配を感じなかったのだが、右奥の牢屋からコツンと音が響く。咄嗟に短剣を構え牢屋のある部屋へ一歩踏み入れる。

 ロウソクの火に照らされて、辺りは明るい。右と左と目を素早くやるが人はいない。無造作に枷が転がっているぐらいだった。


 右奥の牢屋の手前で一旦止まり、左奥の牢屋を見て何もない事を確認すると素早く右奥の牢屋の前で躍り出る。


 ビクッと震える気配。その中には人が一人いた。ザックはそれを見て呆気にとられる。それを今日の昼前に見たばかりだったからだ。


 目の前にいる人と昼間に会った人物を脳の中で合わせていく。


 艶やかに光る褐色の肌。ミディアムな黒髪。そして、透き通るような青い瞳。


「きっ君は…昼頃に会った…」


 ザックは確かめるように目の前にいる少女に話しかける。しかし、少女はこちらを怯えるような目で見ているだけで返事をする気配はない。

 震える少女に対しザックはマスクを外し努めて穏やかな口調で話しかける。


「君を助けに来たんだ。ここから一緒に出よう」


「……」


 怯えるような目で見るだけで返事はない。きっと、たくさんの怖い思いをして来たに違いない。そのせいで何も言えないのだろうとザックは思った。


「怖かったろ?さぁ、一緒に出よう」


 そう言うと短剣で牢屋の鍵を破壊し中に入るが、少女は後ずさりしてしまう。


(俺が怖いのだろうか…)


 確かに強面な感じで初対面の人には怖がられてしまうことはあるが、ここまで拒絶されたことはなかった。


「もう大丈夫だよ」


 と手を差し伸べるがパシッと音とともに払われてしまう。


(困った…)


 一瞬、思案するがここで強引に手を引っ張っても暴れ出す可能性がある。そう思うとザックは少女の目の前でしゃがみ、短剣を置く。そして、ゆっくりとはっきりと、笑顔を作りジェスチャーも交えながら少女に話し掛ける。


「俺は…君を…助けに…来たんだ」


 続けて口を開く。


「ここから…出よう?絶対に…助けるから」


 すると少しずつ少女は俺の顔を確かめるように見てくる。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 少女の目にはまだ恐怖や疑心的な色が見えるが少しずつ表情が柔らかくなのが見て取れる。


「ダイ…ブ?」


 ようやく少女が口を開くが何処と無く言葉が拙い。


「うん。大丈夫だよ。絶対にここから出して、帰らせてあげるから」


 少女の恐怖を取り払うことに勤めて、まだまだゆっくりと話す。少しずつ警戒心が解けて来たのだろうか、震えていた身体は落ち着きを取り戻していた。


(しかし、捕まっているのならなぜ昼はあんなとこにいたのだろうか…その場で助けを求めて良かったはず)


 ザックは考え込むが今ここで色々と質問するのも野暮だと思い頭を振り言葉を振り飛ばす。そして、置いた短剣をしまい、ゆっくりと手を差し伸べる。


「さぁ、一緒に出よう」


 恐る恐ると出しては引っ込め出しては引っ込めを繰り返しながら少女は俺の手を握る。その手は小さく、そしてまだ若干震えていた。


「よし。早くここから出よう。まだ嫌な予感、気配がするんだ。安全な場所まですぐに連れて行くからね」


 そして、少女を引っ張り部屋から出ようとした瞬間、大きなそれも大きな人の叫び声が聞こえて来た。

 思わずビクリと身体を震わせて止まる。少女の手を握る手にも必然と力が入る。


「メマ…」


 少女が口を開く。


「えっ…メマっ?!」


 その言葉の意味する事が分からなかったが、ここは一旦急いで出たほうが良いに違いない。後ろは突き当たりで壁があるだけ。外に出るには来た道を戻るしかないのだ。


 少女の手を握り、走り出す。魔法陣らしき紋様がある空間を抜け、廊下を走り、階段を駆け上がる。そして、月明かりが見えて来た。

 早く、この屋敷を出よう。ここはもうなんか色々と危ない。そう危機感を表すザック。


 勢いよく元が食堂であったろう部屋へ飛び出る。


 しかし、続く一歩が踏み出せない。空気が重いのだ。何かに足を掴まれているような感覚がして一歩が踏み出せない。そして嫌な気配が先ほどより強く濃厚になっているのを感じた。


 それでも力強く一歩を踏み出す。もうここには居たくない。早く出たい。その一心で踏み出す。この食堂を出れば左にすぐ勝手口がある。

 今の叫び声も確認したいが…まずは外へ出よう…そう思うと食堂の出口へ駆け出す。


 食堂を飛び出て左は外だ!と振り向いた瞬間、そこに何かが居た。


 黒い服に白のエプロン、白いキャップを被り、両手は腰あたりで添えられており上品に佇んでいる。が、この朽ち果てた屋敷にそれがいるという事が異様さを際立たせる。


(ハウスメイド…?)


 そして、顔を見るとザックは言葉にならない声を絞り出し固まってしまう。月明かりを背に立っているはずなのに、はっきりと顔が分かるのだ。その表情がありありと。

 微笑むような口をし、あるはずのところにあるはずの物がない。


 くり抜かれたかのように黒々としたものが2つ…そこは目があるはずの部分だった。渦巻くように真っ黒とそこに存在していた。そして、はっきりとこちらを見ているような感覚を起こす。


「ヒッ…ヒレッ…」


 少女がザックの手を引っ張り口を開くが、その言葉はザックには届いてはいないようだった。


 メイドの口角が釣り上がったかと思うと首がグルグルと回りはじめる。


――ヒッ…


 少し後ずさりするザック。しかし、それ以上足が動かない。足だけではない身体全体が動かない。


 グルグル動いていた首が止まる。表情は向こう側なのだが、ゆっくりとこちらへ向き直してくる。すると首が一気に伸びたかと思うと縮み、四つん這いになる。口は大きく開き、くり抜かれた黒々とした目は見開き、こちらを見据えて。


「ヒレクッ!」


 少女が大きく叫ぶ。そこでようやく初めてザックの手を少女が引いているのが分かった。意識が戻り身体が動く感覚を取り戻したかと思うと少女の手を引きホールに向けて一気に駆け出した。


 廊下から天井へカサカサと一周する動きを見ないようにして。

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