えっ、えっ、勇者弱っ!?
「あぁ!勇者様がいらしたわ!」
「我々を助けてくだされ!!」
所々で叫び声の聞こえる中、一つの集団が町の中心へと駆けていった。街中には火の手が上がり、崩れていく幸せの象徴。異形の者が徘徊する、地獄のような光景だ。生き残った人々が縋り、助けを求める人物はまさしく勇者に相応しい風貌をしていた。
マントを翻し、鎧を身に着けたリーダーとみられる《勇者》。マントの襟で顔を隠しているが、その下には決意の表情が眠っていることだろう。その後衛に付くのは僧侶らしき女性と、大柄な体躯の巨漢。
彼らがこの街最大の危機を救ってくれることだろう。三人は力強い足取りで町の中央にある《天冥の蓋》へと突っ込む。そこから湧き出す魔物たちの注目は一気に集まり、聞いたことの無いような咆哮が街の外まで響き渡った。一斉に魔物たちは勇者の集団に群がり始める。周囲には、この惨劇に目を向けられず顔を覆う者もいた。その時、禍々しい魔方陣が輝き、古びた血のような色をした太い腕が現れた。その腕は二本に増え、咆哮も一層大きさを増し、声だけで地が揺れるほどだ。
『もう魔王が出てくるのだろうか』そんな緊張感がピークに達したとき、儚い純白の光が群がる魔物の足元を照らし、その光は流星のごとき速さで天に昇った。
「・・・え?」
周囲にいた6,7人と同時に声を上げた。下で戦っていた魔物たちは恨めしそうに天を仰いでいる。その場にいたはずの勇者達は、跡形もなく消えていた。
「勇者が・・・逃げた・・・・?」
私がつぶやいた言葉に周りの人たちは必死に「そんなはずない」と抗議してくる。しかし見ていて思ったのだが・・・勇者がどうも弱そうなのだ。
魔物が迫るたびに、武闘家らしき巨漢とともに小さな声で「ひいぃ!!」なんて弱々しく震えあがっては剣を振るう。僧侶らしき女性も魔物の隙間から見えたのだが、杖の頭で殴っていた。それも目立ったダメージを与えている様子も無く・・・まあ、こういった他の人が見えないような所まで見える私がすごいのだろうか?
私は一応、国衛剣士訓練所においてトップの成績で卒業している。教官曰く、「メイドにするのがもったいない」だそうだ。そんなこんなでそこそこの戦闘力を持つ私から見ると、勇者かどうか疑いたくなってしまう。そこで雇い主には悪いが、根性叩き直したくなるお節介精神に従わせてもらうことにする。
(別にいいよね。愛着無いし、とんだブラック雇い主だし。)
そうして元雇い主への愚痴をこぼしながら、光の飛ぶ方向へ駆けて行った。
(あ、辞職届出すの忘れた。・・・まあいいか、どうせあの人死ぬだろうし。)