28話 交差する感情
「マリア! そいつとじゃれるな!」
ハヤテの声が聞こえたと思ったら、私のイェーガーと敵のアレックスの間をビームが走った。あれ? これってさっきの焼き直しですかね?
というか、私とアレックスが離れて二機とも避けたともいう。避けなかったら、どっちかに命中してましたよ。危ないですってば。
といいますか、なんでハヤテがこっちに来てるんですかね?
『おっと、ただでさえ不利なのに新手が来たなら、ここは退くしかないね』
「あら? 逃げるの?」
『お嬢さんには勝てそうにないから逃げるさ、それに命令もあるしな。じゃあな!』
じゃあな、そういった刹那、アレックスは腕部のガトリングガンを乱射して後退していった。まあ、私には当たらないんですけどね。
やけにアッサリとしていたわね。退き際の見極めが良いのも優秀なパイロットの証明でもありますね。
お返しに私もビームスポットガンをお見舞いしてあげました。アレックスは左脚の膝から下だけポロリと取れて逃げて行きました。
背中のランドセルを狙ったのに避けやがった。
「ちっ、悪運の強いヤツめ」
そう毒づきながらも、私は逃げて行くアレックスを見送ることしかできなかった。追撃は深追いになりますし、補給しないとこれ以上の戦闘はリスクが高いのです。
「結局あのギャンバインは、なんだったのかしら?」
私と積極的に戦闘する事を禁止されていたみたいだし、なにをしに現れたのかしら? うーん…… さっぱり分からん。
でも、分かったこともある。アイツを野放しにしておくのは危険ということが。主に私を除いてだけど。
「まるで野獣みたいだったわね」
そう、敵のパイロットは、まるでカザンみたいな感じのパイロットだったのだ。もしかして、本当にカザンだったのかしら?
そう思ったら、本当にカザンのような気がしてきた。でも、相手を確かめる術がないのが残念ではありますね。もう一度戦場で会えるかな?
味方にすれば頼もしいけど、敵に回すと恐ろしい相手ってヤツだね。なぜだか、妙に波長が合うといいますか、親近感が湧いた敵でしたね。なんでだろ?
「野獣? あの新型のギャンバインのパイロットが?」
考え込んでいて、独り言がハヤテに漏れていたようですね。
「ええ、危険な感じのするパイロットだったわ。それで、ハヤテの方の弱っちいギャンバインはどうなったの?」
「ああ、それなんだけど、青い方のギャンバインは僕が撃墜したけど、赤い方は、」
おー! 久々の実戦でギャンバインを撃墜するとは、さすがはハヤテですね! 適当に牽制しておくだけで良かったのに、お姉さんも鼻が高いというものです!
私も乙女の純潔を捧げた甲斐がありましたね!
何十回何百回のシミュレーションよりも一度の実戦とはいいますけど、ハヤテの成長スピードは、やはり異常ですね。これが本当のネオヒューマンなのでしょう。
訳の分からない存在の私なんかとは雲泥の差の気がします。
ん? というか、赤い方は?
「赤い方のギャンバインはどうしたの?」
「ああ、赤い方のギャンバインは…… ピグロがやって来てピグロの爪に持って行かれて、何処かに飛ばされてしまったみたい……」
なんということでしょうか、あのギャンバインがボケをかましやがりましたよ。モブ扱いに成り下がったギャンバインに哀愁すら感じます。
赤いだけに三倍の速度で放り投げられたのでしょうか? 謎ですね。
まあ、実際のところ私にとっては、ギャンバインもゲムも大して変わりはないんですが。
「そう、それじゃあ、一度補給に戻りましょうか。04よりメドゥーサ05へ。補給の為に一度後退する!」
「05了解しました!」
「ハヤテも一緒に下がるよ」
「06、ハヤテ了解!」
こうして、私たち02小隊は補給の為にSフィールドに帰投する事にしたのです。
リリー・マルレーンも無事だけれども、基地が使えるなら基地で補給した方が早いしね。他のシーマ艦隊とモックス中隊のみんなは無事なのかなぁ。
あれから、ロストしたシグナルが三つ増えているのも気になりますね。シグナルロスト=戦死ではないのがまだ救いですが。でも、戦死の確率は極めて高いですけど。
「それはそうと、ハヤテさっきのは、なんだったのかな?」
「え、さっきのとは?」
とぼけているのか、素なのか判断に迷う返答ですね。
「ほら、『そいつとじゃれるな!』って叫んでビームマシンガンを撃ったじゃないの」
「ああ、それ…… あははは……」
本当は、『マリア! ヤツとの戯れ事はやめろ!』これが正解なのかも知れませんけど。でも、これを言ったのはハヤテじゃなくて相手の方でしたね。
「なに曖昧に笑ってるのよ? 気になるじゃないの。ビームマシンガンを撃ったことに対しては別に怒ってないわよ?」
「いや、その、ほら、マリアが敵のギャンバインと楽しそうに戦っているように見えたから、つい…ね」
なるほど、なるほど。要するに嫉妬って感情ですかね? 男の独占欲ってヤツですね。私も前世では男だったから、ハヤテの気持ちは良く分かりますよ。
ふふ、可愛いところがあるじゃないですか。
でも、そんなに戦っているのが楽しそうに見えたのかな? なんだか私が戦闘狂みたいじゃないですか? こうみえても私は淑女のつもりですよ?
そうしないと、お姉ちゃんからの小言が増えるんですから。
小言ばかり言っていると小皺が増えるよ。とは、とても恐ろ怖くて絶対に言えませんけどね!
「ふふ、ハヤテは敵のパイロットに嫉妬したんだね」
「嫉妬だなんて、そんな!」
「あら、私はハヤテが嫉妬してくれて嬉しいのよ? ハヤテが私を好きじゃなかったら、嫉妬の感情なんて生まれないもの」
そう、好きの反対は嫌いではないのだ。本当に相手への好意や愛情が褪めてしまった場合の、好きの反対は無関心なのです。
だから人は好意を持っている相手に対して、あの手この手で関心を惹こうとするのです。
これって、動物の求愛行動とおなじですよね。とどのつまり、人間も動物の本能からは逃げられないのです。
ああ、だからか。やけに腑に落ちると思ったら、昨日のハヤテがおサルさんに変身してしまったのは、こういう事だったんだね。
うん、納得した。
「じ、じゃあさ! 今日も戦闘が終わったら、」
アレ? もしかして、私が自らハヤテに余分な餌を与えて地雷を踏んじゃったのかな? ひぇー、続きの言葉を聞かなくても理解できるのも良し悪しですね……
マジですか? 今日も致すといいますか! どれだけハヤテはサルなんですか! 健全な年頃の男の子の性欲は凄まじいですね。
前世の私がハヤテの年の頃ってどうだったっけ? うん、ヤリたい盛りでしたね。これではハヤテの事を馬鹿にできませんよね。
でも、私は精々ハヤテの半分ぐらいの性欲だったと思いたいです。私が男だった時でも、13回はさすがに無理でしたから。
というか、今日は勘弁して下さい! まだアソコがヒリヒリしていますし、すりこぎが入ってる感覚が残ってますから!
うん、おサルさんに余分な餌を与えるのは自重しよう。私は一つ賢くなりましたね!
「終わったら?」
あえて私はイジワルをして、ハヤテに言葉の続きを言わせることにしました。このくらいの意趣返しをしても罰は当たらないよね。
それにヤリたいんだったら、恥ずかしがらずに男は根性を見せるべきなのです。女の口から言わすのは男が廃るってもんですよ。
「せ、戦闘が終わったら、ま、また、マ、マリアの、へ、部屋に行ってもいいかな?」
うん、よく頑張って言えたね。偉いぞハヤテ。 でも、噛みまくりでしたが。
これは、ご褒美をあげないと今度は私の女が廃るってもんだね。でも、まだヒリヒリするしなぁ。ということは、
「あ、あのね? まだ、昨日したあとがヒリヒリして痛いの。もちろん、ハヤテが部屋に来るのはウェルカムなんだけどさ」
「ご、ごめん。大丈夫なの?」
「エッチをするのは、二日か三日は無理そうだけど、ハヤテはしたいよね?」
「う、うん」
ハヤテ君よ、私を気遣いながらも己の欲望に忠実ですね…… まあ、そこも好感が持てるんだけどね。下手にフェミニストを気取るヤツなんかよりも、百倍も千倍も好感が持てますね。
「だからね、お、お口でしてあげるから、それで今日は我慢してくれるかな?」
「うん!」
おう、即答かよ。そんなに出したかったのね。なんだか、耳をパタパタして尻尾をブンブンしている幻影が見えた気がするんですけど。
ハヤテが赤毛だから、アイリッシュ・セッターを想像してしまったではないか。今度バターを塗って試してみようかな?
というか、もう溜まってるのかよ。早すぎやしないですかね? 精力の回復って三日は掛かるんじゃなかったの? これが若さなのか。
まあ、ハヤテも気持ち良くなれて、私もタンパク質の補給ができて一石二鳥なんですけどね。一石二鳥以上の気がしないでもないけど。
「こちら05。さっきから黙って聞いてましたけど、丸聞こえでしたよ。二人ともいい加減にして下さい! まだ作戦行動中ですよ!」
「あばばばばー!」
「す、すみません」
「今度ふざけたらシーマ司令に言い付けますからね!」
なんということだ! レイチェル少尉の存在を完全に失念していたとは! これが恋愛脳というヤツなのか? そうなのか?
ということは、私ってハヤテに恋をしているって事になるのかな?
もう既にヤルことをヤっちゃてるんだから、いまさらな気がしないでもないんですけどね。でも、なにか忘れているような気がするような……?
あ!?
「あ゛ー!」
「マリアなにがあった!」
「隊長どうしました?」
「忘れてたー! ハヤテにちゃんと好きって言ってもらうのを忘れてたー!」
まあ、私もハヤテにちゃんと好きって言ってないからお互いさまではあるんですけども。
なんという戦場の罠。これが吊り橋効果とかいうヤツなのかも知れない。
「そ、そういえば、ちゃんと言ってなかったかも……」
「ハヤテ特務曹長、やはり貴殿とは此処でお別れみたいですね。好きとも言わずに隊長を手籠めにするなど、男の風上にも置けません!」
そういったレイチェル少尉は、銃口をハヤテのガリバルディに向けた。
これって、なんてデジャヴですかね?




