22話 戦略眼
「特務大尉殿、お待たせしました」
「ありがとう。シュミット軍曹、あなたはクルト中尉の指揮下に戻って下さい」
「了解しました。ご武運を!」
「軍曹も気を付けて」
私は換わりのビームマシンガンをシュミット軍曹から受け取ると、次の獲物を探して辺りを見回すまでもなく、深緑色のゲムに狙いを定めた。
「ダークグリーンのゲム? スナイパー型か」
あれもヤバいけど、あれの新型はもっとヤバい。幸いにも、まだ戦場に出ている数が少ないのが救いといえば救いか。
そう考えながらも既に私は、機械的に引き鉄を弾いていた。
他の普通のゲムよりも一回り大きめの花火が宇宙に咲いた。
「重武装も直撃を喰らったら、汚い花火にしかならないのです」
「05より04へ。周囲の敵は粗方排除しました。隣の区域に向かいますか?」
「こちら04。あなたたち残弾は大丈夫なの?」
そう、私はシュミット軍曹にビームマシンガンの換えを持ってきてもらったけど、この二人の予備は無いのだ。
「こちら05。少し心許ないです」
「06、ビームライフルは、あと4発です」
「了解した。05と06は一度後退して補給してきなさい」
ビームライフルは弾数が少ないのが弱点なのです。18発しか撃てないのは、いくら威力が強くても欠陥装備といえなくもない気がしますね。
当たらなければ無駄弾になるのですから。安心感と信頼度では、まだまだマシンガンには及ばないみたいですね。
まだエネルギーパックの開発には時間が掛かるみたいです。その弱点を補うために予備に、SSP-80マシンガンを装備しているのが現状なのだから。
そう考えると、私の装備しているビームマシンガンは一応60連射できるのだから、ビームライフルよりは優れものかも知れませんね。
「「了解!」」
エクレア中尉とレイチェル少尉を見送って、私はまだ戦闘が継続している区域に飛んで行った。ちなみに、ヨシュア少佐も補給の為に下がってます。
このころになると、Nフィールドに侵攻してきた敵は半包囲されつつあり、敵は追い詰められています。
敵の逃げ道は、攻撃発起点でもある母艦まで戻るルートだけです。
「しかし敵の数が多すぎる。倒しても次から次へと、きりがない」
私は着実に敵を排除しながらも、数の多さに辟易として愚痴がこぼれる。
そのころ、他のフィールドでは多少のエリアが互角の展開であっても、全体的に見たならば味方が押し込まれているエリアの方が多かった。
一戦線で勝ってはいても、戦場全体でみて負けたなら意味がないのです。
「このままでは不味いな」
そう、私が独り言ちたとき、
「撤退信号だと!?」
私が見上げた先にあったのは、ラバウル上空に上がった明るく大きな光の玉。無情にもラバウルからの総撤退の合図だった。
なぜだ? まだ我が軍は負けてはない! どうしてラバウルを放棄して撤退をしなければならないんだ? ハンスが臆病風に吹かれたのか?
いや、アイツはそんなタマではないと信じたい。が、解せん……
「ローレライ01より中隊各機へ。撤退信号だ。周囲を警戒しつつ後退する!」
「こちら04。なぜ撤退なんですか? 我々はまだ戦えます! グレナダからの援軍だって、」
「マリア! 特務大尉、これはハンス閣下の命令だ! 気持ちは分かるがな……」
「04了解しました……」
珍しく、強い口調でシーマ様に窘められてしまいました。きっと、シーマ様も歯痒いのだと思います。命令を無視すれば組織は成り立ちませんので、それが不本意な命令であろうとも従うしかありません。基本的に軍隊での上官命令は絶対です。
「こちらローレライ16。04は先に後退して下さい。殿軍は私が引き受けます」
「クリス大尉?」
私に弾薬の余裕があるときは、このMOX増強中隊の殿は私が務めるのが暗黙の了解になっているのだ。つまり、いまの私には弾薬の余裕はあっても、心の余裕がないとクリス大尉に判断されたみたいだ。確かに、撤退と聞いて興奮していたのかも知れない。
「ふふ、子供らしい感情を見れて新鮮でしたので、殿軍はサービスですよ。たまには、お姉さんに任せなさい」
「……では、お願いします」
あんな感じで、お姉さん風を吹かすクリス大尉も珍しいですね。ここは、お言葉に甘えさせていただきましょうか。
私が意気消沈しながら、リリー・マルレーンに帰還する途中で見たものは、エメラルドグリーン色をした、とんがり帽子みたいな形のモビルファイターでした。
「あれがシャネルか、誰が乗っているんだろ?」
というか、シャネルがこの戦場にいるということは、グレナダからの増援が到着したってことか? あと一時間、いえ、あと30分でも早く来てくれてたのなら、ラバウルは持ち堪えられたはずだったのに!
これじゃあ、撤退支援に来たようなものじゃないの…… まるで計ったようなタイミングだし。いや、まさか、ね?
私が脳内で愚痴ってる間に、とんがり帽子のシャネルは瞬く間に、数隻のアムンゼンとヴァスコダガマを沈めていた。
「さすがはネオヒューマンってヤツかしら」
シャネルのビットからのビーム攻撃が正体不明みたいで、連邦の艦隊の陣形が大きく乱れているみたいです。
誰だって、どこから攻撃されたのか分からなかったら、慌てふためきますよね。ましてや、無人遠隔操作なんて頭の片隅にもないはずですから。
そう考えると、シャネルのビットを撃ち落とせたハヤテの凄さが際立ちますね。
私がハヤテとおなじように、ビットを撃ち落とせるのかと聞かれれば疑問だ。ビットから発射されたビームぐらいは躱せるとは思うけど、ビット本体を撃墜できるどうかは怪しいですね。
私は、敵が私に向けてくる敵意を感じることができないのだから。私に感じることができるのは、私を害する感覚だけですので。ビット自体は機械ですから、敵意も害意もない気がしますし。
まあ、連邦がビットやファンネルやらの類いを開発するのは、十年以上は先の話ですから大丈夫だと思いたいですね。
ダークグリーンの胴にブルーの頭と四肢のマッティーニ? 確か、アルベール・カトーが乗っているんだっけ? そのマッティーニも撤退支援の為に、暴れているのが目に入りました。
彼はこの活躍で、ラバウルの悪夢って呼ばれるようになるんだよね。
みんな頑張っているのに、私は母艦に帰還しなければならないのが悔しくもあります。でも、命令は命令だ。いまは素直に帰還しよう。
「ローレライ04からマグダラ01へ。着艦許可を求める」
「マグダラ01了解。第二デッキに04の着艦を許可します」
リリー・マルレーンに戻ってきました。幸いにもシーマ艦隊はニーベンルグが小破したのみで、落伍した艦は出なかったので良かったです。
モックス隊も撃墜された機はいませんでした。やっぱり、MOX-14Fマッティーニ・シュッズスタフェルの性能とパイロットたちの練度のおかげでしょうか。
そう考えると、先のソーラーシステム破壊時での04小隊のゲンダ伍長はツイてなかったみたいですね。
やはり、ニーベンルグと04小隊はシーマ艦隊の被害担当なのかも知れません。
「上は、なにを考えているのでしょうか?」
「戦力の温存と戦力の集結だろうね」
私はリリー・マルレーンの艦橋で、シーマ様に撤退した理由を尋ねてみた。はじめからラバウルの放棄は決定していたという事みたいです。
ラバウルは捨て石でしたか。でも、史実よりは被害を少なくして撤退できる可能性が高いので、これはこれで良かったのかも。
どうやら私は、目の前の戦場に囚われていて広い宇宙の戦局を見落としていたようです。私には将としての、戦略眼はないみたいですね。
精々がモックスの小隊長が分相応なのでしょう。そのぐらいが楽で丁度いいしね!
「コ・ホコウ・クーに戦力を集結させて、乾坤一擲の決戦ですか?」
「そうだろうね。戦力の集結が戦いの終結になってくれれば良いんだけどねぇ」
えーと、ダジャレですか? 駄洒落ですよね? ここは突っ込んだほうがいいのかな?
「姐さん上手いこと言ったつもりですかい? ビルドアップとクローズじゃあ、なんの関連性もありゃしませんぜ」
「デフ、お黙り!」
カッセル艦長が突っ込みどころか、揚げ足まで取りましたよ! 私にはそんな恐ろしい事はできません。オマケで扇子チョップを貰ってましたが。
もしや、カッセルはシーマ様から扇子チョップのご褒美を貰いたくて……?
「ああ、それとアレだな」
「アレといいますと、まさか?」
「そう、私の出身コロニーのマルハを改造して作ったレーザーを、連邦艦隊にお見舞いするつもりなんだろうねぇ」
「その為には、味方の艦隊が近くにいると邪魔になるということですね」
「そういうことだ」
「それなら、このラバウルの戦いの前にでも撃てなかったんですかね?」
「発射角度の問題と、まだ改造作業が終わってなかったんだろねぇ」
「なるほど」
つまり、このままの予定で行ったのならば、恐らくはグレートグスタフ諸共、チグタリア照準で発射するってことですよね? このままだとグレートグスタフは宇宙の塵ですか。
べつに、グスタフ公王には思い入れはないけど、その後が問題なんです。アメリアにアドルフが暗殺される可能性が極めて高いのですから。
この暗殺の余波で、コ・ホコウ・クーの防衛網が一時的に機能不全に陥って、その綻びからコ・ホコウ・クーは陥落する破目になるのですから。
そう考えると、アメリアの暴挙は防がないといけません。
それから、私たちシーマ艦隊はラバウル撤退の援護をしつつ、コ・ホコウ・クーに後退した。
連邦に倍近くの損害を与えて、ラバウル駐留の艦艇の7割とモックスの半数は撤退できたみたいです。
キルレシオからいったら、ラバウルで踏ん張っていても良かったような気がするのですけど、やっぱり上層部の考えていることは分かりません。
史実よりは多くの戦力をコ・ホコウ・クーに集結させる事ができて、連邦をコ・ホコウ・クーに誘引させて決戦に持ち込めるけど、見方を変えれば、イオンはラバウルを失陥して追い詰められているということだ。
もう後がない、背水の陣。コ・ホコウ・クーを抜かれれば、イオン本国のラウム3まで一直線だ。この作戦が吉と出るのか凶と出るのかは、神のみぞ知るところです。
私は拳を握りしめて、リリー・マルレーン艦橋から宇宙の闇を眺めながら、
「腐ったブタ野郎ども、掛かってこい! 相手になってやる!」
そう、決意も新たに叫んでいたのでした。
「その言葉は、セシリア殿には聞かせられないねぇ。私が監督不行き届きで減俸させられるよ」
あははは…… 下品でスミマセン。
同日 同時刻 ラウム3 イオンズムシティ
「くしゅん!」
「どうしたセシリア、風邪でも引いたか?」
「いえ、どうせマリアが私の愚痴でも言ったのでしょう」
「ふむ、私はこれからコ・ホコウ・クーで直接指揮を執る為に出掛けるが、留守は頼んだぞ」
「総帥、お任せ下さい」
「うむ。オットーとエリーゼの事もよろしく頼む」
「はい。気を付けていってらっしゃい、あなた」




