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Quartett  作者: AB
8/14

Siebeter Satz

 休憩時間が終わり合奏練習は後半戦へ移る。今度は指揮台にびよらの順子が立ち改めてチューニングが行われた後、順子が指揮棒を構える。

「それじゃぁメイン行くよ!」


●アントニン・ドボルジャーク作曲

交響曲第九番 ホ短調 作品95「新世界より」

 ドボルジャークがアメリカ滞在中の1893年に作曲した最後の交響曲。元々は出版順に第五番と言われていた時期もあったが、現在では第九番で定着している。ニューヨークのナショナル音楽院の院長として「新世界」であるアメリカに招かれた彼が、故郷のボヘミアを思い黒人霊歌やネイティブアメリカンの音楽に影響を受けて作曲された。特に第二楽章の旋律は有名で、日本や世界各地で多数歌詞を付けて編曲されている。弦楽四重奏曲第十二番「アメリカ」、チェロ協奏曲と合わせてドボルジャークがアメリカ滞在時に作曲した代表的な曲の一つになっている。


 張り詰めた空気の中、静かに順子が棒を振り下ろすとpp(ピアニッシモ)からチェロが緊張感のある音で第一楽章の主題を奏でる。ホルンの物悲しい音で木管楽器に主題が移り、そして突然激しい低弦とティンパが場の空気を一変させると、その後は次々とメロディックな旋律が色々な楽器で奏でられていく。

 第一楽章を一度通すと今度は細かい指示に移る。

「チェロ、冒頭はもっと緊張感を出して。ppは小さくするだけじゃだめだよ」

「ティンパニ、頭の一発目はもっと激しく」

「木管、メロディはもっと抑揚を付けて。そこはソロなんだからもっと楽しんで歌って」

「トランペット、でかい」

 所々曲を止めながら次から次へと気になった所に順子が指示を出す。そして練習は第二楽章に移る。

 静かな和音が短く奏でられると、皐月の吹くコールアングレが美しく朗々とあの有名な旋律を吹き上げる。オーボエの部員が皐月一人しかいないので本来彼女はファーストを吹くのだが、第二楽章だけコールアングレに持ち替えて吹くことになってる。

「あたしこの曲知ってる」

 先ほど恵美子に怒鳴られたのもすっかり忘れて留衣が天茉理に小声で話しかけた。

「この旋律は有名だからな。それにしてもあの小っちゃい先輩、上手いな」

 一貫してコールアングレが支配していた主題もだんだんと小さくなり、弦楽器のソロに移る。コンミスの薫子とチェロトップの智子がどこか嬉しそうにチラッとアイコンタクト交わすと、この二人による短いが美しい旋律が奏でられた。

「あの二人息ピッタリ……」

 思わず留衣が呟く。そして静かに第二楽章は終わりを告げた。

「うん、アングレ。やっぱり良いね。日に日に良くなっているよ」

「あ、ありがとうございます」

 順子の言葉に皐月が恐縮してお辞儀をすると、パラパラと団員から拍手が沸いた。

「弦楽器のソロも言うこと無いですね。この楽章が一番上手くまとまっている感じがします」

 緊張感に覆われていた第二楽章が終わって少し教室内はホッとした空気が漂う。

「それじゃ十分休憩してから第三楽章やります」

 そう言って順子は指揮台を降りた。


「どうだった?」

 休憩時間に入って十詩子は留衣と天茉理が座る教室の隅にやってきた。

「みんな凄いねーCD聴いてるみたいだった!とっしーもがんばってたじゃん!綺麗な音が聞こえたよ」

「うーん、付いていくのが精一杯かな?……って、え?私の音が聞こえたの?」

 留衣の意外な一声に十詩子は驚いた。

「だってとっしーの音って良く通るよ?この前聞かせてもらったのとおんなじ音が聞こえたし」

「おまえ、本当に耳は良いんだなーわたしは分かんなかったよ……」

 天茉理も留衣の耳の良さに感心していると

「薫子上手だったねー」

 と言ってカルラもやってきた。

「お、カルラもお疲れさん。そうそう、薫子先輩と智子先輩のソロってお互いの楽器が共鳴しあってるくらいピッタリ揃ってたね」

 天茉理もカルラの感想に賛同していると、彼女達の会話に同じ中一の「烏谷 啓子」(からすだに けいこ)が割り込んできた。

「ねーねー知ってるー?薫子先輩と智子先輩って付き合ってるってゆー噂なんだってー!」

「えー!?」

 カルラはキョトンとしているが、他の三人が驚きの声をあげた。

「つ、つ、つ、付き合ってるって??」

 声が裏返ってどもりながら十詩子が聞く。

「だーかーらーそのままの意味だってー。あの二人は恋人同士ってこと」

 平然と啓子は答えるが、顔を真っ赤にして留衣も聞き返した。

「でも女の子同士だよ?」

「だってここ女子高じゃん。そういう人、他にもいっぱいいるよ?」

「今年の一年生はみんな中が良いのね」

 カルラ達の会話に話題の中心である薫子がふと首をだした。

「か、か、薫子先輩!?」

 一同がびっくりして素っ頓狂な声をあげると、薫子は不思議そうに首を傾げた。

「みんなどうしたの?」

「い、いえ、なんでもないです。それでは!」

 と言って啓子は小走りにその場から離れた。場の雰囲気をごまかす為に、天茉理がたどたどしく薫子に声をかけた。

「か、薫子先輩。さっきの二楽章の智子先輩とのソロ、素敵でした!」

「あら、本当?うれしいわ、ありがとう」

 そう天茉理に言われて薫子は嬉しそうに答えた。するとカルラが薫子の袖を引っ張りながら

「ねーねー」

と声をかけた。

「なーに、カルラちゃん?」

「薫子って智子のこと好きなのー?」

「え?え??え???」

 あまりにも突然の質問に薫子が狼狽して耳まで顔を赤くした。

「音がねーとってもLIEBE(愛)でいっぱいだったよ?」

「あの、その、LIEBEとか好きとかじゃなくて、大好きとか結婚したいとかそんなことなんて考えてなんかないのよ、本当。もーカルラちゃんて上手いとそんなことまで分かっちゃうの??やだ、どうしよう~!」

 顔を真っ赤にさせながら薫子は足早にその場を離れた。

「……あんな焦ってる薫子先輩なんて初めて見た……」

 と十詩子が呟くと

「あれは本物だな」

 と天茉理も納得していた。そんな会話をしている間に殆どの部員は自分の席に座り、第三楽章の練習が始まろうとしていた。

「いけない、席に戻らないと」

「じゃーねー」

 と言って十詩子とカルラが席に戻り

「がんばってねー」

「がんばれよ」

 と言って留衣と天茉理が二人を見送った。


 再び皐月のオーボエでチューニングが始まった後、煌びやかなトライアングルの音色で第三楽章が始まった。速いテンポからドボルジャーク特有の土俗的なリズムの上で木管楽器が踊るように旋律を奏でる。この第三楽章はいわゆる「四七抜き音階」(普通の音階からドとファを抜いた音階)と言われる日本の雅楽と同じ音階で、日本人には親しみやすい曲になっている。

 消え入りそうなリズムから突然の大音量で「ジャン」と締めると第三楽章は終わりだ。第三楽章をもう一度繰り返し、気になる箇所を順子が止めながら細かい指示を与える。

「リズム隊は三拍子をきちんと取って。ここは良く指揮を見てください」

「メロディは自分が出る前から伴奏の三拍子をきちんと感じて出てください。今はリズムとメロディがバラバラです」

「低音パートや打楽器はもっと重みをつけて。ドボルザークっぽくもっと泥臭い演奏をしてください。でも三拍子の枠から遅れちゃだめだよ」

「本番は三楽章と四楽章はアタッカ(楽章間を休まず弾くこと)だからね、このまま四楽章に入ります」

 最後にそう言って順子が指揮棒を構えると、慌てて団員達は楽器を構えて第四楽章の練習が開始された。

 冒頭の低弦のうなりのような、まさにコン・フォーコ(火を吹くように激しく)の序奏から半音階で急ぎ足で駆け上がると、トランペットのみゆきを中心に金管楽器が勇ましく第一主題を活き活きと吹き上げた。

「かっこいい……」

 と留衣が金管の主旋律にうっとりしていると天茉理も

「うん、女子高とは思えない迫力があるね」

 そう言って頷いた。

 金管に続いて次は弦楽器が第一主題を歌い上げる。そして三連符の連続からだんだん全体的に静かになっていくと、この曲で唯一のシンバルが静かに鳴らされた。やがてクラリネットによる第二主題が奏でられると次から次へと第一楽章から第三楽章までの主題が再現され、やがて力強く第四楽章の第一主題に戻りクライマックスへ向かって盛り上がっていき、最後に管楽器のエコーのような静かな和音で曲は終了した。

「パチパチパチパチ」

 と思わず立ち上がって拍手してしまったのは留衣だった。

「あ、バカ!座れ!」

 そう言って天茉理が立ち上がった留衣を席に着かせた。

「えーなんでー?すっごく感動したよ?」

 そんな留衣の発言を聞いて順子は笑いながら

「みんな、取りあえず今年の中一には感動してもらえたようだよ。しかもスタンディングオベーション付きだ!」

 と言うと、部員達が一斉に笑いだした。

「えーと、君は日吉さんだっけ?拍手は有難いけど、練習中はいちいち拍手しなくても良いからね」

「……はい」

 留衣は恥ずかしさで消え入りそうに小声で返事をした。

「さて、折角拍手を貰ったけど、気になる所は何箇所かあったので繰り返します」

 と言って順子は再び第四楽章の練習を再開した。

「出だしの低弦、頭をもっと引っ掛けて、音が割れるくらいの迫力をもっと出して」

「トランペット、ホルン、第一主題すっごく良いんだけど、終わるときの音の処理に最後まで気を使って」

「弦楽器、そこの三連符やっぱりきつそうだね。パート毎にちゃんとメトロノームを使ってきちんと縦の線を合わせる練習をしてください」

「木管、メロディックなところはもっと歌って。ドボルザークなんだから、そんなあっさり吹かずにもっと気持ちを込めて」

「金管、最後まで気を抜かずに。唇がきついのは分かるけど、明らかに最後はパワーダウンしてるよ」

「それじゃ今日はここまで」

 最後に順子が宣言すると、部員達は一斉に立ち上がって

「ありがとうございました!」

 と言って本日の練習は終了した。

「はい、みんなお疲れ様。学指揮のみんさん、どうもありがとうございました。それでは終礼を始めます」

 順子の代わりに薫子が指揮台にあがって終礼を開始した。

「まずこの後、臨時の技術委員会を開きたいのでパトリは残ってちょうだいね。他に連絡がある人は?」

「はい、会場係です。当日の進行表を配りましたので良く目を通しておいてください」

「OG係です。トラ(エキストラ)で乗って貰うOGにはきちんと当日の進行表等を各パトリが責任を持って連絡しておいてください。乗らないOGにもきちんと聴きに来てもらえるように、チケットの手配や連絡をしておいてください」

 次々に各係からの連絡事項が伝えられ、今日の練習は全て終了となった。皆、思い思いに楽器を片付けたり譜面台や椅子を片付けたりし、厳しい練習が終わった安堵感に包まれている。やがて一人、二人と教室を去って行き、音楽室には先ほど薫子が召集した技術委員(=パートリーダー)の面々だけが残った。

「薫子先輩、急に技術委員なんてどうしたんですか?」

「今日はね、皆に重要な相談があるの……聞いて貰えるかしら?」

 そう言って薫子はぽつりぽつりと喋り始めた。

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