Erster Satz
投稿も小説の執筆も初めてとなります。至らぬ点が多々あるとは思いますが、率直なご意見やご感想を頂ければ幸いです。
私自身、音楽やドイツ語の知識に怪しい点があります。間違い等あるとは思いますが、お気づきの点がありましたらご指摘ください。
仕事の合間に執筆している小説です。更新は不定期で話しのテンポも遅いとは思いますが、丁寧に書いていきたいと思いますので末永くお付き合い頂けると嬉しいです。
この話しを通じてクラシック音楽やアンサンブルの楽しみを少しでも皆さんと共有できたらと思っています。
桜吹雪が舞う四月……ここは中高一貫教育のお嬢様学校で有名な私立D女子学園、通称「D女」。中学から大学まである創立百年を超える名門女子高で、学業だけでなく特に情操教育にも力を入れている。そんな学園内では中等部の入学式を控え、校庭では新入生とその家族が記念写真を撮ったり話しをしたりしており、ここに主人公の一人「日吉 留衣」(ひよし るい)が家族と団欒していた。
「留衣、笑って笑って~!」
と父がカメラを構えると
「にひ~」
と満面の笑みで応える。その笑顔を見て母は
「あんたみたいなアホなお転婆娘が、まぁ良くこんな学校に入れて……」
と泣きそうになる。
「だって一杯勉強したもんね~合格したらなんでも好きなもの買ってくれるって約束、お父さん忘れないでよね!」
その時、校内放送が流れた。
「……まもなく、D女子学園中等部の入学式を執り行います……新入生とご家族の皆さんは講堂にお集まりください……」
その放送を聞いて、留衣達を含め校庭にいた新入生と家族は続々と講堂に向け歩き始めた。
留衣が家族と分かれて講堂正面に着くと、既に新入生のクラス割が貼りだされていた。そこには無数の新入生達がクラス割が貼られている掲示板に群がり、自分達のクラスや出席番号を確認している。
「新入生はクラス表を見てプレートに書かれたクラス毎に並べ~」
女性教師が声を張り上げて新入生を整列させている。そこには各担任の教師が自分の受け持つクラス名が書かれたプレートを持って立っていた。
「え~っと……あたしは二組か!」
留衣は自分が二組であることを確かめると「二組」と書かれたプレートがある人の列に並んだ。
「よろしく~あたし日吉留衣って言うの!」
留衣は自分の前に並んでいる、眼鏡をかけた中学生にしては若干巨乳な女の子に声をかけた。
「あ、どうも。西天茉理です」
留衣が声をかけた相手は本作の二人目の主人公「西 天茉理」(にし てまり)だった。
「天茉理ちゃんっていうの?!可愛い名前だね~」
「まぁね」
「認めるのかよ!」
二人がそんな会話をしているうちに、クラス毎の列はどんどん長くなっていった。
「よ~し、みんな揃ったな。これから講堂の正面が開いたら新入生入場だ。各クラスの担任が君達を案内するからそれに従って歩いていってくれ」
先生の声がすると今までざわめいていた新入生達が急に静かになっていく。
「う~緊張するね、天茉理ちゃん!」
「そうだね」
これから起きる出来事に興奮が隠しきれない留衣と、それを若干冷めた目で見ている天茉理。その時、正面の扉が開かれると同時にトランペットのファンファーレが鳴り響いた。
「なにこれ!?」
突然の音楽に驚く留衣。
●ジョゼッペ・ヴェルディ作曲
歌劇「アイーダ」より第二幕第二場「凱旋行進曲」
1871年に初演されたヴェルディの代表的オペラの一つ。エジプトを舞台にした壮大なオペラで全四幕。特にこの「凱旋行進曲」はサッカー日本代表の応援歌?としても有名。
序奏部分が始まり新入生たちが次々と講堂に吸い込まれていき、留衣と天茉理が講堂に入る頃、壮大な主題が奏でられる。
「うわぁ……かっこいい……」
留衣が目をキラキラ輝かせて講堂をキョロキョロと見渡す。
「うん、ペットの人上手いね」
天茉理がすかさず相槌を打つ。講堂のステージ前ではD女管弦楽部が淡々と演奏を続けていた。
「すっごい迫力だね、これってCD?」
「あそこにオーケストラがいるだろう!」
すかさず突っこむ天茉理。
「えぇ!!あれがオーケストラなのぉ?あのばよりんとかいるあれ?」
「そうだよ、ばよりんとかいるあれだよ」
「じゃぁさっきのぱんぱぱーんっていうのもばよりん?」
「あれはトランペットだ!」
どうやらこの二人はすっかり仲良くなったらしい。二人がそんな会話をしている間に、新入生達は用意された椅子にそれぞれ座っていく。彼女らが全て席に座る頃を見計らって、オーケストラの演奏は自然にフェードアウトしていった。
広い講堂は一階部分のステージ側に先ほどの管弦楽部、次に新入生、一番後ろに在校生の順に並んでいる。脇には教職員、そして一階部分を見下ろすようぐるりと周囲に二階部分があり、そこには父兄が陣取り娘の晴れ姿をビデオに収めようと、留衣の父が最前列に構えているのが見える。
「校歌斉唱、一同起立!」
講堂にいる全員が椅子から立ち上がると、再びオーケストラの演奏が始まる。指揮を振るのは黒髪長髪の眼鏡女子。彼女の指揮に合わせて校歌が奏でられる。新入生には予め校歌の歌詞が印刷されたプリントが配られているのだが、初めて聴く曲に誰も歌うことができず、留衣と天茉理はコソコソ話し始めた。
「あの棒持ってる人、綺麗だね」
「指揮者の人?うん、確かに。あれは高等部の人だね」
「式者?そっか、入学式だもんね」
「あんたは、何言ってんの?」
相変わらず話は噛み合っていないようだ。校歌斉唱が終わると次は長い式辞が続くのだが、留衣は早くも飽きてきたらしくまたひそひそ声で天茉理に話しかける。
「ねぇ天茉理、さっきの曲なんていうの?」
「入場の時の曲?あんた、クラシック全然知らないの?」
「知ってるよ~じゃじゃじゃじゃーんってやつでしょ?」
「……それってベートーベンの運命?」
「良く知んない」
「運命くらい知っとけ!」
「え~自分の運命なんて知る訳ないじゃん!で、さっきの曲は?」
「(どこまでボケてるんだ、コイツ)……ジョゼッペ・ヴェルディ作曲の歌劇【アイーダ】の中の【凱旋行進曲】だよ」
「え?じょぜぺって曲?」
「だ~か~ら~ヴェルディって人が作った歌劇……」
「過激なの?」
「そうだよ、歌劇【アイーダ】の【凱旋行進曲】って曲だよ。」
「そうか~過激な街宣行進曲なんだね、名前のわりに素敵な曲だよね~」
若干話しがかみ合っていないようだが、そう留衣に言われて天茉理はちょっと意外そうな顔をする。
「……あんた、クラシック全然知らないのにあの曲が良いって思うの?」
「うん、初めて聴いたけど良いなって思ったよ?最初のぱんぱぱーんってとこがなんか凛々しくてさ~その後だんだん盛り上がっていって、じゃーんじゃかじゃんじゃんってとこが迫力があってさ~なんか広がっていく感じがチョーかっちょイイ!」
「ふ~ん、そうなんだ。(意外と良く聴いてるんだな、コイツ……)」
二人がそんな会話をしている間に校長やら来賓やらの長い式辞が終わり、演壇には初老の男性教師が立っていた。
「みなさん、最後に我が校の第二の校歌、ベートーベンの「合唱」を歌いましょう。お手元にお配りしたプリントに、ドイツ語の歌詞をカタカナに直したものがあります。歌詞を知らない方は、それを見ながら是非一緒に歌ってください。」
先ほどの校歌が書かれた歌詞には、カタカナで書かれた第九のドイツ語の歌詞が一緒に書かれている。
「ふろいで しぇーねる げってるふんけん?」
留衣がプリントを見ながら歌詞を棒読みしている。
●ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第九番 ニ短調 作品125 より第四楽章から抜粋
ベートーベンが最後に完成させた交響曲で、言わずと知れた名曲中の名曲。四楽章の歌詞はドイツの詩人・シラーによるもので、実はこの一節は一時間前後の演奏時間中で一分くらいしかない。
再びオーケストラの演奏が始まり、講堂にいる全員が歌いだす。留衣は歌詞カードにかじりついて相変わらず殆ど棒読みだが、天茉理はそらで歌っている。
「え、天茉理!なんで歌詞見ないで歌えんの?適当?」
「あんたも日本人なら第九くらい覚えてなさいよ」
「いやいや、日本人がドイツ語の歌ってむりじゃね?」
新入生や父兄はさすがに歌える人が少ないが、在校生はしっかりと歌い上げている。本来男女四部混声の曲だが女子高なので、ソプラノとアルトにだけ分けている。ちなみに二年がソプラノ、三年がアルトを担当しており新入生や父兄は特に指定をしていない。やがて高らかに歌われていた第九の合唱が終わると、入学式はお終いだ。
「これでD女子学園中等部の入学式を終了します。新入生はこの後、各クラスに移動してください」
新入生から順番に講堂の外へ列を成して出て行き校舎へ向かう。その道すがら天茉理が留衣に話しかける。
「さすがドイツ語教育に力を入れている学校だけあるね、まさか第九を歌わされるとは思わなかった」
「大工?」
「(……多分分かってないだろうけど、いちいちつっこむのも面倒……)私、本当はドイツ語科に入りたくてこの学校受けたんだよね。だけど帰国子女枠とか英語の成績が悪かったから英語クラスになっちゃったんだ」
「そうなんだよね~この学校の入試は英語あるもんね、中学入試のくせに。他の試験もチョー難しかったし!」
「ドイツ語の試験があったら受かる自信があったのに」
「おまえ、どんな小学生だったんだよ!?」
D女は名門お嬢様学校だとは先に書いたが、この学校の教育の特色の一つにドイツ語の授業がある。元々創立時にはドイツ語を勉強するための学校として開校したのが始まりで、今の時代こそ外国語は英語教育がメインになっているものの、主に帰国子女や英語の成績が優秀な者を集めて学年に一クラスだけドイツ語科が設立されている。ドイツ語科は外国語の授業だけドイツ語を習う以外、授業内容は他のクラスと共通になっている。天茉理はこのドイツ語科に入りたかったようだ。
二人が話しながら歩いているうちに二組の教室に到着した。教室の黒板には座席表が貼りだされていて、どうやらあいうえお順らしい。
「天茉理~あたし達席が隣だよ!」
「あ、本当だ」
二人は並びの席にそれぞれ座った。すると担任の女性教師が教室に入ってくる。
「よーし、みんな席に座ってるな。それじゃホームルームを始める」
「キ~ン~コ~ン~カ~ン~コ~ン~」
チャイムが鳴りホームルームは終了した。
「ねーねー」
ホームルームが終わるなり留衣は天茉理に話しかける。
「部活、何にするか決めた?」
「私はオケ部に入るよ、あんたは?」
「桶部?」
「さっきのオーケストラだよ」
「えー!?じゃぁあたしも入る!」
「あんた楽器弾けんの?」
「うーんうん、全然。ダメかな?教えてくれない?」
「いや、きっと先輩が教えてくれるよ。で、何やりたいの?」
「もっちろんばよりん!天茉理は?」
「私はヴィオラ」
「びよら?」
(ぷちん)
留衣の言葉を聞いた天茉理から何かが切れる音がした。
「留衣さん、今なんつーた?びーよーらーだと~?」
「ひぃ~天茉理ちゃん、なんか怖いよ?」
「その言葉は**に××と言ったり○○に■■と言うくらい言ってはならん言葉だぞぉ、あぁん?」
「天茉理ちゃん、伏字が多いよ?」
「留衣さん、まさかヴィオラを知らない、なんてことはないですよねぇ?」
「もちろん、知ってますですですわ、おほほほ!」
「ヴィオラとはなぁ……」
ここから天茉理がびよらについて熱い思いを語るのだが、長くなるので割愛。
「……だぞ。分かった?」
「はぃ、さっぱり分からなかったけど、音楽室着いたよ?」
留衣は涙目だ。到着した音楽室の入口は黒山の人だかりになっている。人の輪の中心には真っ赤なチェロのハードケースを背負った長身の少女が立っていた。
「これって自分の楽器?」
「いつからチェロやってたの?」
「何弾ける?何弾ける?」
管弦楽部の部員達が次から次へと彼女に質問を浴びせている。彼女が本作三人目の主人公「伊村 十詩子」(いむら としこ)だ。
「いや、あの……入部希望なんですけど……」
十詩子は質問の嵐に少し困惑している。その様子を見て天茉理がつぶやく。
「へ~中学生でチェロの経験者って珍しい」
「そうなの?あれがびよら?」
「今、私チェロって言ったよねぇ?それからヴィ・オ・ラ!」
「天茉理ちゃん、ごめんなさ~い!」
天茉理が留衣のコメカミをグリグリと押したが、やがて力を緩めて話しかけた。
「私達も音楽室に入ろうか」
「うん!」
音楽室の前にいた部員と入部希望者達は少しずつ中に入っていった。
場面は変わってここは職員室。先ほどの入学式で第九の説明をしていた初老の男性教師と、管弦楽部の指揮を振っていた少女が話しをしている。
「今日の演奏も良かったですね。アイーダのファンファーレは最初どうなるかと思いましたが、本番は上手くいきましたね」
初老の男性教師はD女の音楽教師で管弦楽部の顧問「神林 源一郎」(かんばやし げんいちろう)だ。
「そうですね、あの子ものすごく練習してましたから」
もう一方の少女は、管弦楽部の部長でコンサートミストレス(コンミス)を務める高校二年生の「米田 薫子」(よねだ かおるこ)。
「講堂の撤収は終わりましたか?」
「はい、さっき最後の打楽器を講堂から出してからこちらに寄りました」
「今年も沢山新入部員が来るといいですね」
「いつもだと気が早い子はもう部室に来たりしていますからね、これから様子を見に行きます、それでは先生、失礼します」
「はい、お疲れ様」
軽く一礼してから薫子は職員室を出た。
「さて、誰か来ているといいな♪」
そう呟いて小走りに音楽室へ向かった。音楽室は最上階の四階、校舎の一番端にある。校舎内は既に各クラスのホームルームも終わり、薫子は放課後のまったりした空気が流れる中、音楽室へ急ぐ。するとガランとした廊下にヴァイオリンケースを背中に背負った一人の少女を見付けた。その少女は背が低く金髪碧眼で、半べそをかきながらトボトボと歩いている。
(あら、新入生かしら?留学生?あれはヴァイオリンケースよねぇ)
そう考えながら世話焼きな性格の彼女はその子に駆け寄ると、ドイツ語で話しかけた。
「Was ist das Problem? Wie heibt du?(どうしたの?あなたのお名前は?)」
少女は大きな瞳に涙を浮かべて薫子の方に振り返った。
「Carla……」
彼女が最後の四人目の主人公「Carla Mittermeyer 独鈷」(カルラ ミッターマイヤー とっこ)だ。