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一話 少女は何者なのか

 うっそうと生い茂る森の中。一面に群生する草花の先に露がつく程湿った空気に満ちた空間。

 その空間の奥にぽっかりと口を開ける洞穴が存在した。勿論、本来ならそこに住もうと思う人間は居ないだろう。

 だが、今この洞穴に一つ動くものの気配があった。まだ昇って間もない太陽の透き通った日差し。そこにもぞもぞと出てきたのは色々な獣の毛皮を継ぎ接ぎに繋げたコートだった。


 一目誰かが見たら新種の獣と間違いかねないそれは、日差しを浴びるとブルブルっと震え再び動きを止める。


 どれくらいそうしていただろうか。太陽が優しい日差しをぽかぽかと地上に送り始めたその時、突然継ぎ接ぎの毛皮からきゅぽんっという音が似合いそうな勢いで人の頭が突き出てきたのである。


「ぷはっ。おお……今日もいい天気。今日も一日頑張っていこうかな?」


 継ぎ接ぎの毛皮から生えた頭は少女のもので、その目はとろんと垂れまだ眠気が残っていることがわかる。

 手入れしていないのかボサボサな長髪も相まって、大きな毛玉から人の頭部が生えているようにも見えるが、本人はそのことを全く気にしていないのか大きなあくびを一つすると、ついにのそりと立ち上がる。


 そうして立ち上がった彼女はまず継ぎ接ぎの毛皮のコートを回収しそれを首に巻く。

 流石に無茶があると思われた行いだが、少女が自らの首に巻き終えた頃にはコートは継ぎ接ぎだらけのマフラーになっていた。

 そして最後に毛皮には含まれて居なかったボロボロの布を頭から被り、非常に暑苦しそうな格好になったのを身だしなみよしと確認し彼女はその場を離れ歩いていく。



          ◆ ◇ ◆



 場所を移った少女は森の洞穴からそう遠くない村にまで足を運んでいた。その村は森が近いからか建ち並ぶ家には木で作られたものが目立つ。中には元々建っていた建物に蔦が絡みついているものや、大木が屋根のド真ん中をぶち抜いて生えている建物もある。


 そんな村の中にある一番大きな建物。その一部に開かれている小さな食事処に少女は訪れていた。


「よう嬢ちゃん。昨日はなんとかなったかい?」


 訪れた少女の為に忙しなく厨房で手を動かす店主がぼーっと惚けている少女に問いかける。この店主は前日にふらりと現れた少女に一夜過ごせる場所を聞かれ、例の洞穴を教えた人物で彼は少女に何もなかったかを確認する。

 昼時より少し前の時間、少女以外には誰も居ない店内で話相手も欲しかったのだろう。


「あっ、うん、大丈夫だったよ。ありがとうおじさん。ちょっとじめじめしてたけど、それがむしろちょっと気持ち良かったし」


「……そうかい?まあ、お前さんが満足してるならそいつは良かった。しかし本当に行っちまうのかい?」


 心配そうに少女を見つめる店主。その様子を見て少女は大丈夫、と柔らかい笑みを浮かべる。


「行くしかないよ。だって私は(ひず)みに会わなきゃいけないって……そんな気がするもん」


「歪み……ね。確かにたまにあれに魅入られるやつもいるが、あんなもん関わらない方がいいぜ?」


 そう言った店主の顔は嫌悪感や恐怖、少女を心配する気持ちなどの様々な感情がごちゃまぜになったような、そんな表情をしていた。


──歪み


 そう呼ばれるモノがこの世界(ちきゅう)に現れたのはいつ頃だっただろうか。

 ある日突然現れたそれは今まで人類が築いてきた文明を(ことごと)く蹂躙し、人々が空想の世界としていた童話(メルヘン)のような世界に作り変えた。


 その時世界を侵し異世界へと変貌させたその存在は──


「これは一体誰の夢?さぁ起きて不思議な世界(わたし)。もうここは次の夢、不思議(あなた)()は終わったのだから──『この夢は白か赤か?』」


──人類の頭の中に響いたその声から“アリス”と名付けられることとなる。しかし、その声が響き終えたと同時にそれは全ての人間の意識を奪い、彼らが目を覚ます頃には世界は変わり果てていた。


 そうしてアリスは誰に姿を見せるわけでもなく消え、不思議(アリス)(世界)と化した地球だけが残る。勿論、人類はその環境に抗い元通りにしようとしたが、まるで世界(アリス)が拒んでいるかのように全て振り出しに戻るのだった。


 それから人類は現在の環境に適応するように生活してきた。幸い環境以外のものに大きな被害もなく、生きていくために問題となることも少ない。適応しきるまでは随分早かった──だがそこでまた歪みが現れ始める。


「アリス以外の歪みって奴はなんでも依代っつうもんを得て、俺ら人間と大差ない見た目らしい。そしてそいつらはわけのわからんことに、俺ら人間に無意味に害をなしてきやがる」


「《夢害(むがい)》……歪みたちが起こす抗いようのない災害」


「そうさ、奴らわけのわからん力を使うでな……人間なんざ相手になりゃしねぇ。しっかし嬢ちゃん。そこまでわかってるならなぜ奴らに関わろうとするんだ?」


 ほらよ、と店主は作っていた料理を次々と少女の前に並べる。

 ごろごろ大きな具が入った炒め飯、香料のいい香りが食欲を駆り立てるスープ、瑞々しい野菜がたっぷり盛られたサラダなどの大量の料理を、出てくる側から少女はがつがつと腹の中に収めてゆく。


「それは……なんだろ?わからないけど、なんだかそうしたい気がするから?だってこの世界は間違ってる」


「間違ってる?そりゃ、こんな有様じゃな……」


 辺りに米粒を飛ばしながら喋る少女に頬を引きつらせながら店主は窓の外の景色を見る。そこには相変わらずここ数年で見慣れた光景が広がるだけで、彼が最も長く見てきた景色は存在しない。

 そんな彼の顔を見て食事をする手を止める少女。一瞬悲しそうな表情を浮かべるがすぐにぱっと表情を切り替える。


「そう、おじさんにしても他の人にしてもこんな世界は間違ってるって思ってる。だけどね、歪みもそうじゃないかなって……私はそう思うの」


「歪みも?」


 少女の言うことがわからずに首を傾げる店主。そんな店主の眉をひそめた少しマヌケな顔を見て少女はくすりと笑う。


「だって来たくて来た歪みなんてきっと少ないもん。それなのに人間が被害を受けてるからって必ず悪者っていうのは少し違うと思う」


「とは言ってもな嬢ちゃん。侵略してきたのはあっちだぜ?来たくて来たわけじゃないなら奴らは何しに来たんだよ?それにそういうことなら俺たちに協力すりゃ良かったんだ」


「それは……わかんない」


 スプーンを咥えながら唸る少女に店主はなんじゃそりゃと呆れながら、ふと視線を下に向けると


「おまっ!?もう全部食っちまったのか!俺は確かに嬢ちゃんが言う通り四人前用意したんだぜ……?」


 綺麗に空になった皿たちが並んでいた。ぺろりと平らげた少女は、口をあんぐりと開いた店主にむかってごちそうさまのジェスチャーをする。

 その様子を見てしばらく固まっていた店主だが、ふと我に返って皿を下げ始める。

 それからしばらく食事の余韻に浸って黙っていた少女。


「ねぇ……おじさん。例えば私が歪みだったとしたらどうする?」


 しかし、何を思ったのか突然店主に問い掛ける少女。その問い掛けにかちゃかちゃと軽い音をたてながら皿洗いを始めていた店主の手が止まる。

 静まり返った店内に水の流れる音だけがやけに大きく響いた。


「そうだな……どうもしないんじゃないか?」


「…………はい?」


「いや、そんな何を適当なこと言ってんだこいつみたいな顔すんなよ。だってよ……もし嬢ちゃんが歪みなら昨日の時点でどうにでも出来ただろ?」


 店主は頬を掻きながら理由を説明すると皿洗いを再開する。


「でも何か目的があったかもしれないよ?もしかしたら一日かかる何かの儀式でこの村を壊滅させる気かも。別にすぐ人を殺すのが歪みじゃないんだし」


「なんだ!?おめぇさん疑って欲しいのか!?」


 思わず悲鳴に近い叫び声になってしまう店主。そんな店主を見て少女はけらけらと笑う。

 そんな彼女を見て店主は「仕方がないやつだな……」と言葉を続ける。


「おめぇさんがそんなんだからだよ。例え歪みだったとして、俺に害をなしてこようって気を感じないったらありゃしねぇ」


「そう、それだよ!私が言いたかったのは」


 興奮して身を乗り出し大声を上げる少女に気圧され、店主は思わず少し後退(あとずさ)る。


「つまり、私みたいな歪みも絶対いる。だからそういう歪みは帰してあげなきゃいけないんだ」


「でもよ……それは嬢ちゃんが歪みならって話だろ?……いや、まさかな?」


 その可能性を考えまいとしていた彼も考えざるを得なくなる。そうして考えると少女が不気味な存在に見え、本能的な恐怖が彼を支配する。


 彼を見てにこにこと笑い続ける少女。しかし店主が自身に怯えていることに気づいたのだろう。悲しそうな顔をすると、少女はその場から離れ出口に向かう。


「お、おい……!歪みだろうと人間だろうとな、俺は食い逃げは許さんぞ。金は置いてけ、金は!」


 その様子を見て我に返った店主は少女を呼び止める。少女は足を止めると振り返り首を傾げる。


「かね?えっと……何?」


「はぁ!?おめぇさん金もねぇのにあんなに頼んだのか。どうすんだこれ!」


 騒ぐ店主と困ったように首を捻る少女。しばらく二人はその調子だったが、何か閃いたのかパンっと乾いた音をたて手を叩く。


「おじさんおじさん、ならこうしよう。私は歪みを元に戻すから、その時にはきっとその私の手柄でおじさんにかねを渡す!だからそれまではこの私の大事な布を人質におじさんに預ける……どう?」


「そんな汚ねぇ布っきれで逃げられてたまるかッ?しかも人質ってなんだ。人じゃねぇし俺が悪いみたいだろ!」


 店主はぜぇはぁと息を荒くしながら少女の発言にツッコミをいれる。しかし少女は本気で言っていたのだろう。きょとんと呆けた顔をすると憤慨しはじめる。


「私の大事な布に対して汚ねぇなんて酷い!?絶対戻ってくるって言ってるのに!」


「会って一日程度で信じられるわけねぇだろ!?…………くっ……ははっ」


 少女とのやり取りの中。少女を歪みのような化物とは思えなくなるような、その受け答えがおかしく思え店主は急に笑い出す。流石に少女も突然笑い出すとは思っていなかったのだろう。

 そんな店主に(いぶか)しげな視線を送る。しばらく笑っていた店主だが、少女の視線に気づき息を整え目を逸らす。


「ふぅ……まあ、なんだ。お前さん歪みにしちゃ愉快な奴だな」


「あ、あああアレハ例エ話ダッテ言ッタヨ私?やだな……おじさんってば」


「おめぇ誤魔化せてると思ってたのか……」


 唖然とする店主の視線から逃げるように今度は少女がマフラーに口元を隠し目を逸らす。


「まあ、いいか……わかった。おめぇさんのその布で待っててやる。絶対受け取りにくるんだぞ?」


「本当!?任せて、すぐかね持ってくるからちゃんと預かっててね」


 そう言って体に巻いていたボロボロの布をその身から剥がす少女。


「お……おい……」


 布を丁寧に折りたたんでいく少女を見ながらワナワナと体を震わせる店主。だが少女は黙々とたたんでいく。それに耐えられなくなったのだろう、店主は乱暴に少女を掴むと厨房の裏にある更衣室に放り込む。


「あいたっ!?な、何するのおじさん。乱暴はよくないよ!」


「るせぇ!肌着までボロっちいもん着やがって。そんな布切れだけでいさせられっか!こいつでも着てやがれ!」


 更衣室で引っ繰り返っている少女にいくつかの衣服を放り投げてドアを閉める店主。少女はしばらくそれを不思議そうに見つめていたが、店主に言われた通りに着替え始める。


「おじさん、これ誰の服なの?流石におじさんは着ないよね、これ。私でぴったりなサイズだし」


「あったりめぇだろ。そりゃ俺の娘の残してったやつだ……まあ、多分おめぇに色々優遇しちまうのもそいつのせいだろうな」


 感傷に浸る店主の元に更衣室から少女が出てくる。確かに彼女が言っていた通りサイズはぴったりだった。しかし


「……やっぱり普段着には向かねぇか」


 所々に特殊な装飾のついた巫女服に似たそれは、常日頃着るには流石に奇妙な出で立ちと言わざるを得なかった。


「そう?私は好きだけど……というか娘さんのものなんて借りちゃっていいの?」


「気にすんな、そんなもんで良けりゃくれてやる。どうせあいつはもう帰ってきやしねぇさ」


 そう口にする店主にそれ以上の追求が出来る雰囲気ではなかった。少女は「そっか……」と店主に綺麗にたたんだボロボロの布を差し出す。


「よし、確かに受け取ったからな。あんまり遅いと処分しちまうぞ」


「話が違うよ!絶対戻ってくるんだから処分なんてしちゃダメだからね!」


 もうこれ以上少女がここに留まる理由もない。店主と少女は笑い合う。


「そういやおめぇ歪みの居場所とか分かんのか?分からねぇなら昨日教えた北の洞穴から、ちょっと東に行ったところにある道を北に行きゃ村がある。なんでもそこにゃ歪みが居ると聞いた。宛がないなら行ってみろ」


「北東……ジュナードの村だっけ?」


「ああ、話を聞いたのは随分前だから移動しちまってるかもしれねぇが手掛かりくらいはあるだろ。後これ持ってけ、飯だ」


 店主は少女に向かって大きな包みを投げる。それを受け取った少女は、尻尾が生えていたらぶんぶん振っているに違いないと、そう思わせるような嬉しそうな表情を店主に向け頭を下げる。


「娘なんかにゃ絶望的にマズイとか言われたが俺の自信作だ。一気に全部食ったりせず少しずつ味わって食えよ」


「勿論!私はおじさんの料理大好きだからね。色々ありがとう、おじさん」


 そして出口に向かう少女に店主はふと聞き忘れていたことを思い出す。


「おい嬢ちゃん。すっかり忘れてたがおめぇさん名前は?」


 少女への最後の質問。またここにやってくるであろう少女の名前を店主は聞いた。


「ごめんねおじさん。私、自分の名前わかんないの」


「なんじゃそりゃ……まあ、分からねぇなら仕方ねぇ。俺は岩波(いわなみ) 浮雲(うきぐも)だ。またのお越しをお待ちしてるぜ、継ぎ接ぎの嬢ちゃん」


「うん、またね。イワナミのおじさん」



          ◆ ◇ ◆



 実のところ少女がこの村を訪れたのは、彼女がこの世界で目を覚ましてすぐのことだった。

 記憶がないわけではないのに名前を思い出せない。確かに記憶はある。名前を呼ばれているところもあるだろう。しかし、その記憶たちからは音だけが消え去っていた。


 なのにこの場所が見慣れた景色でありながらも、知らない世界だということは勝手に脳が理解しているのだ。この世界が自分のような存在──歪みによりこんなことになってしまったことも。


 まるで脳内を勝手に弄られたようなその感覚に、少女は不安になり彷徨(さまよ)い歩いた。そこで出逢ったのがあの心優しい店主、岩波浮雲だったのだ。


「だからおじさんの為にも、きっと元通りに……」


 彼との会話でこの世界を元に戻す。その意思を更に強くした彼女は、自身の後悔に突き動かされるように教えられた村──ジュナードの村に向かうのであった

ここまで読んでいただきありがとうございます。今回はただただ説明回です。上手く会話の流れに混ぜて説明出来なかったのは力量不足感が否めませんが、これからもこのお話にお付き合いいただけると嬉しいです


それとタイトルから分かるように本作は童話を多く扱いますが、それだけでなく児童小説などもごちゃまぜです。童話だけを期待されてる方はご注意をば

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