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プロローグ「光を探す悪魔」

 仄暗くひんやりと冷たい闇。足場も何かわからないほどに視界を包み、しっとりと絡みつくようなその闇の中を一人の少年がふらふらと歩いて行く。

 その肌は病的に白く酷く不健康で、体にはボロボロになった黒いマントを纏っている。闇がマントの黒をのみ込み肌が晒されている部位がまるで浮いているようだった。


 そんな黒色ばかりの景色の先に何があるのかは少年にもわからない。しかし、同時に少年には自身が求めるものがこの闇の先にあると直感的に気付いていた。彼の未練というべきそれは少年の小さな体の中に巣食い、少年の精神を食い荒らす魔物。

 少年にも未練(それ)が己の身を滅ぼそうとしていると分かっている。それでも少年は前に進み続ける。


コン、コン、コン


 歩いていた少年の耳にノックをするような音が聞こえ少年は辺りを見回す。しかし深い闇以外がそこに存在することはなく、少年が前を向きなおしたその時だった


「レトデュラ?ねぇ、レトデュラってば」


 少年──レトデュラを呼ぶ声。そこには黒い髪に紅い瞳の老婆が細長い蝋燭を持ち佇んでいた。にこりと燃えるように紅い瞳を細め微笑む彼女に思わず手を伸ばすレトデュラ。

 しかしその手が届くことはなく、けして強くはないが綺麗な蝋燭の灯が暗闇に線を引いて遠ざかってゆく。


「ボ……クノ……ヒ……スク……」


 だが勿論そこには元々誰の影もなく、ぼそぼそと喋るレトデュラの声は誰にも届くないまま冷たい闇の中に溶けていく。そうしてうわごとのように喋りながら歩きどれくらいの時間が経っただろうか。


 時間の感覚も既に狂い、もう何日も歩いた気さえしてくる。しかし実際には数時間程度しか経っておらず、視界を閉ざし孤独を強いるこの闇の世界は想像以上に彼の精神を摩耗させていた。

 だがそれでもレトデュラが進む先には何もなく、もう彼の瞳は何も写すことなどなく本来の役割を果たしてなどいなかった。


「あ……ァ……」


 まともに喋ることも出来なくなりレトデュラは遂にその場に座り込んでしまう──その時だった。力尽きたレトデュラの前にふと小さな灯が現れたのは。


 その灯は虚ろだった彼の瞳から朦朧としていた意識に優しく刺激を与える。

 そうして刺激を与えられた事により彼の目にみるみる生気が戻ってくる。ふと湧いた灯はレトデュラの心に余裕を取り戻させた。


 彼は立ち上がり足をもつれさせながらもその灯の元に駆け寄っていく。次第に距離が近づくにつれその灯の下に何者かが立っている事にも気付くレトデュラ。

 この世界に一人きりだと思っていた彼は思わぬ人間との遭遇に涙が溢れ零れそうになるのをぐっと堪える。


「す、すみません……!あの……ッ!?」


「あらあら、どうしたの坊や。皆とはぐれてしまったのかい?」


 大声で話しかけながら近寄ってきたレトデュラに優しげな声色で返事をしたのは、沢山の皺のある顔にくにゃりと優しそうな笑みを浮かべる白髪の老婆だった。

 しかし、レトデュラの足は老婆と話すには少し遠い位置で止まる。老婆はそんな彼の様子に首を傾げるが、きっと眩しかったのだろうと彼に近寄ることはない。


「あぁ……もしかして今まで一人だったのかい?坊やも大変だねぇ……ここまさぞ心細かっただろう?大丈夫よ。おばあちゃんだけじゃなく村の皆も居るからね」


 レトデュラを気遣い話しかける老婆。しかし彼は答えることなく目を見開き、老婆を恐るかのように老婆から距離を取るべく後退りする。

 レトデュラの怪しげな行動に気付くこともなく老婆は話しけ続ける、が


「皆優しい人ばかりだからね。坊やが心配する事なんて何も……どうしたんだい?そういえば坊や、なんでわたしゃ坊やの顔が見えないんだい……?」


 そう、老婆の周りは明るい。だが老婆はその手に何も明かりなど持ってなどいなかったのだ。

 老婆の頭の上に生えた短い蝋燭。溶けたロウが頭の上に溜まっているのに老婆が熱がることもないが、それは確かに老婆の頭の上に存在し周囲を照らしていた。レトデュラには人間にはあるはずのない異質な存在が暗闇よりも恐ろしく映ったのだ。


「あ……え……」


「坊や、もしかしてこれがないのかい?でもこれは村長さんが言うには……いや、坊や。もうちょっとこっちにおいで?お顔を見せて」


 恐怖で足がすくみ逃げることが出来ないレトデュラに近づき、自らに生えたその蝋燭の明かりで彼を照らす老婆。

 優しい光がレトデュラを隠す闇を侵し、闇に隠されたレトデュラの姿がどんどん露わになっていく。何も履いていない真っ白な素足、大きな黒いマント、肘から下が欠けた右腕。そして最後に彼の頭部をその灯が闇の世界に鮮明に描き出す。


「ひぃぃ……ッ!?」


 レトデュラの頭を見た老婆が短い悲鳴を上げ腰を抜かしてしまう。灯が照らし出したレトデュラの頭。そこには老婆のような蝋燭などは勿論なく、その側面には歪に捻れた一対の悪魔のもののような紅い角が生えていた。


「……坊や、あんた悪魔だったのかい?さてはこの暗闇もあんたのせいだね!?なんなんだいこれは!ここに来て何人が死んだと思ってるんだい!」


「違う……だって、ボクは彼女を探して。ボクだって……こんな……違……」


 老婆は先程までの笑顔が嘘だったかのように山姥のような形相でレトデュラに迫り、その体を捕まえる。捕まえられたレトデュラはもう老婆を見てなどなく、自身の何かを確かめるように呟く。

 そんなレトデュラに痺れを切らしたのか老婆は彼を突き飛ばし睨みつける。


「あんたが私たちから奪ったものの重さをあんたは知らないだろうさ!だがね、私たちはあんたを許しゃしないよ。あんたは嫌でも必ず皆の元に連れていくからねぇ!醜い悪魔め」


 老婆が感情に身を任せ吐き出した言葉。それを聞いた途端レトデュラがゆらりと幽霊のように揺れながら立ち上がる。

 強気だった老婆もそのレトデュラの様子の変化に気づいたのだろう。臆したのか今度は老婆がレトデュラから距離を取ろうと後退る。


「ボクが奪う……?違うだろ。それは違う。奪ったのは誰だ?ボクから色々奪った人間だろ?それなのになんでボクが責められる?お前たちには必要ないかもしれない。だけどボクにとってはそうじゃない……差し出せよ。ボクの光を!彼女をボクに差し出せよッ!なぁッ!お前たちがボクに奪ったものの贖罪を望むなら、ボクから奪っていったお前たちも贖罪するべきだろうがぁぁぁッ!」


 突然激昂したレトデュラに老婆は恐れおののき転ぶ。それでも少しでも目の前の悪魔から逃げようと老婆は逃げて行こうと這う。だが開けた闇の世界で灯を持つ老婆が多少逃げたところで意味などなかった。

 しっかりとした足取りで老婆の元へ迫り何も持たない左腕を振り上げる。


「さぁ、望め。望みがボクを強くする──『レント・ディ・ユーラ』ぁぁああ!!」


 そう叫んだ時レトデュラの手には長く細い刃物──刃が血のように紅い包丁が握られていた。自らの蝋燭の灯で照らされ妖しく輝くそれを見た老婆は、自分の居場所を知られまいと蝋燭の火を消そうと頭の上の蝋燭に手を伸ばす。

 それと同時にレトデュラは包丁を振り下ろした




            ◆ ◇ ◆



「あぁ……ボクがやることがわかった。ボクは光を探す……彼女を見つけてボクが。ボクが彼女の命を終わらせるんだ……」


 彼は何か覚悟を決めたように呟くとまた暗い暗い闇の中を再び歩いてゆく。すっかり冷たくなった老婆をその場に残し、存在しているかもわからないものを求めてずっと、ずっと──

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