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曇りなき曇天の世界で  作者: 勇者とんこつこと城
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違和感と納得

 妹の部屋の中は案外、こざっぱりとしていた。

 俺は年頃の女子の部屋というものをあまり見たことがなく、実際この感想が正しいものなのかはわからないが、とにかくあっさりとした印象を受けた。

 セパレートタイプの木の机と、その上にパソコンや勉強道具。東に開けた窓と、それにかかる薄黄色いカーテン。ベッドが一つ。枕元には、これは女の子らしいと言えるのかもしれない、俺が小さかった頃に見た覚えのあるキャラクターのぬいぐるみが置いてある。

「子供っぽい、か。女の子と言うより」

 別に気を使ったわけではないのだが自然と小声になる。なんとなく、人が寝ているときはそうなってしまう。わかるだろ?

 

 美時とやらはすうすうと眠っていた。今日は寝続けてもいい日なのだと信じて疑っていないような寝顔である。なんと形容すればいいのかはわからないが、髪はひたすらに深く黒く、簡潔にショートカットだ。あまり背が高い方ではなさそうで、小柄であると言えるだろう。「線が細い」と言えば伝わるだろうか。

 この際はっきりと言ってしまおう。少しだけだが、可愛いな、とか思ってしまった。おう、どうぞ好きなだけ笑ってくれ。


「おい、起きな。学校に遅刻しちまうらしいぜ、えぇと、美時」

 名前を呼んで起こそうとしたのだが、いかんせん呼び慣れていない感が丸出しだ。一欠片も隠せていない。

 

 そういえば、こいつはどう思っているんだろう。俺のことを本当に兄だと思っているのか、それとも知らないどこかの馬の骨とでも思っているのか。後者の方が俺としてはありがたいのかもしれないが、それはそれで何かしら犯罪のにおいがしてしまうな。美時からしてみれば、自分の家に知らない男が兄として居座っているわけだからな。

 

 俺の語気を強めた呼び掛けに応じるように、美時は布団の中でもぞもぞと動き、うっすらと目を開ける。信じられないくらいに黒くて光沢のある瞳だ。一点の曇りもないと言うのが正しいだろう。これは俺自身よくわからないのだが、その瞳に少し懐かしさを覚えた。なぜだか少しほっとしたのだ。俺の周辺が色々と摩訶不思議な変化をしているわけだから、俺自身も全くの無変化ということではないのかもしれないな。例えば、頭では違うとわかっていても、体の方は美時を妹だと認識しているとかさ。

 もっとも、俺の頭がおかしくなって、ずっと見ている夢が今のこの状態ですよ、いうこともあり得るが。


「今、何時?」

 美時がゆっくりと口を動かす。やっと聞き取れるくらいの囁き声である。こいつが男友達だったなら、おいもっと声を張れよと嘆息していたところだ。そして間違えようもなく寝ぼけている。これでまだ朝の4時だよ、などと嘯こうものなら、ただちに二度寝を始めるだろうという確信がある。


「7時15分くらいだ。ほれ、さっさと起きろ」

 お前が高校生か中学生か、それとも少し育ちのいい小学生か、そのどれかは知らないけどな。どうやら俺はお前の兄になっちまってるらしいぜ、美時。


「7時15分……7時15分……」

 なにやらぶつぶつと呟いている様子だ。そうだ7時15分だ。俺が通っている高校が変化していないのであれば、チャリで走ればざっと5分で着く場所にある。

 今なら間に合うぞ、お前が高校生ならな。中学生やら小学生なら、多分まだ寝ていても大丈夫だろうが、それなら母さんも俺をこの部屋によこさないだろう。


「えっ、7時15分!?」

 美時が突然バネ仕掛けの玩具のように上半身を起こす。反動でベッドがギシリと音をたてる。どうやら夢と現実の狭間からこちら側の岸辺にたどり着いたらしい。

「くっそ、何でもっと早く起こしてくれないのさ!」

 安らかな寝顔からは想像もつかないほどに捲し立ててきた。怒っていますよ、とでも言いたげな眉が途端に傾斜を得る。


「すまんな、俺も寝坊したクチだ。母さんに頼まれて起こしにきた」

「それにしても遅い!ああもう、とにかく出てって!」

 素晴らしい躍動感で寝床から飛び起き、活動を始める美時である。おいおい、起こしたのに出てってとは何事だ。俺は俺で、入っていいのかな、と遠慮しながらおずおずと入って来たんだぞ。

 憮然とする俺に構うことなく、ぐいぐいと背を押してくる美時。思っていたよりだいぶ力が強い。


「着替えるから出てってって言ってんの!」

 ああ、なるほど。

 今更ながらに、美時の怒りに合点がいった。そりゃそうだよな、押し出されるのも頷ける。

「そのくらいわかれ!」

 

 美時の怒声を背に受けながら、詫びのつもりでダッシュで部屋を飛び出し、心の中で失礼しましたと一礼しながら、抑え気味にドアを閉じる。

 

 まったくもって穏やかじゃねぇぜ。妹ってのはこんなに騒がしいもんなのか。そりゃこういうのも嫌いじゃないし、むしろ好きだけどもさ。

「妹なんていいもんじゃねぇよ。可愛いもんだけどな」

 以前、妹を持つ友人に「羨ましいぞ」と発言したところ、このように返ってきたのを思い出した。なるほどな、少し理解できた気がするぜ。

 

 足は止めずに見慣れた俺の部屋にダイブして、学校指定の鞄を手に取る。壁に掛かった時計を見ると予想的中、7時15分を指している。普段のペースなら遅刻してしまうところだが、急げば何ということはない。


「先行くぜ、美時」

 遅刻しそうだわ、よくわからない変化が起こっているわで、本来は焦燥感と違和感で一杯一杯になりそうなところだ。それなのに、なんだろうかこの充足感は。欠けたパーツがぴったりとはまったような。喉から出かかってはいたけれど思い出せなかった言葉を、ようやく思い出したときのような。

 そしてどうにもおかしなことに、早くも俺は美時を妹だと認識しつつあるようなのだ。俺にも変化の手が伸びようとしているのだろうか。それはそれで恐ろしいぜ。そりゃ妹がいるってのは幼い頃からの念願が叶ったも同然だが、こんな不自然な形のままなら、飲み込もうにも飲み込めない。それに、学校の友人や先生はどうなっているんだ。確かに現状のところはあまり悪い影響が起きているとは言えない。しかしそれはあくまで、俺の身辺でのみ変化が起こっているならば、の話だ。

 この変化の事と次第によっては、何とかして元に戻す必要性が出てくるかもしれない。

 とにかく学校に向かおう。話はそれからのようだ。

 

 起きたみたいねぇと言う母に、行ってきますと声をかける。靴の踵を直しながら玄関を出て、雪でも降ってこないかと空を見上げてみたが、幸か不幸かすっかり晴れているようだ。それはもう、青々としていてなおかつ高々としている空だ。梅雨時ではあるのだがな。

 だが、至極自然だ。

 この季節の雪景色なんかに比べれば、よっぽど自然だ。

 

 相棒と呼べるママチャリに荷物を乗っけて、急ぎ気味にペダルをこぎ出す。頬を撫でる風も、やはり季節相応だ。俺の日常の大部分は、今のところは、ほぼ普段通りなのであった。

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