ゲームは好きか?
「お前……ゲームは好きか?」
もちろん!大好きだ!
と、俺なら答えたことだろう。俺ならな。
だが相手は小さな女の子だ。この問いは明らかに的を外しているというか、例えるなら弓道の的に向かって砲丸投げをしているようなものだというべきシロモノだった。
「ゲーム……」
女の子は口周りの筋肉だけを動かしているかのような声の大きさで、ゆっくりと呟いた。5秒ほど完全に動きを止め、その後するっとブランコから立ち上がって、こちらに歩いてくる。歩いてくるといっても、一般的なスピードというわけでは全くなくて、一秒に一歩歩くような速度で近付いてくる。この女の子の前髪がめちゃくちゃ長くて顔が隠れていたり、今が昼間じゃなくて夜だったりしたら、半端じゃなくホラーだったと思う。
「ゲーム……」
女の子は俺から二歩分くらい離れた場所で立ち止まった。眠そうに半開きになった目で、俺を見てくる。
なんだお前、ほんとにそれは俺を見ているのか。見られている側からすれば、俺を透かして背後の景色を眺めているようにしか見えないんだが。
ぶわりと、また風が強くなった。うずうずと山が鳴いている。俺と女の子の髪が同じ方向に舞う。女の子の髪は思ったより長かった。どこまでも黒く、光沢のある髪だった。瞳もまた、同じ深みを持っていた。
「ゲーム……」
「ん、なんだって?」
何か言ったようだが、風に隠れて聞こえなかった。うるせぇぞ、止まれ風野郎。
「……」
女の子はちらりと空に目をやった。するとどういうことか、あれだけ吹いていた風が止んだ。それこそぴったりとだ。逆転して静寂に包まれて、女の子が息を吸う音しか聞こえなかった。
そして突然。本当に、突然に。
女の子が叫んだ。
「ゲーム……好き!うん、大好き!」
半開きだった目が、しかと開かれた。真っ直ぐな黒目が太陽の光を反射して、数段大きな輝きを得る。俺は驚いて、思わず二、三歩後退る。しかしその分、女の子がこちらに歩を進める。
「あなたも、大好き……なんだよね!そうだよね!」
信じられないレベルで笑顔になる女の子。俺は後ろを振り返った。
「斎藤!」
「あぁん!?」
遠くで斎藤も叫んだ。女の子の変貌っぷりをあいつも見ていたようだ。俯いていた顔をビクリと上げて、あからさまに女の子の方を見ている。
俺たちの周りで起きた変化。よく分からないゲームと化したようであるこの状況を、女の子が認識しているかどうかは分からない。しかし、常識から外れていると言えるこのキャラクター性は、変化に関係していなければむしろおかしい。
なぜなら、この現状はゲームなのだから。
「あのさ、もしかして君って……」
再び女の子の方に向き直った俺は、先程の女の子の叫びとは違う要因の驚きに、目を見開いた。
向き直った先の景色の中に女の子はおらず、影も形もなく、ただブランコが小さく小さく、揺れているだけだったのである。