記憶の断片
俺と斎藤は校門から少し歩き、鉄棒やらブランコやらが設置してある一角までやってきた。
というのも、ブランコに乗って遊んでいる子供のような小さな人影が、校門から見えたのである。
改めて見てみる。やはりその姿は子供で、小学2、3年生くらいの背丈をしていた。格好からしてどうやら女の子らしい。俺たちが近づいても気付く素振りも見せず、ただただボーっと遠くを見つめながら、ふらふらとブランコを揺らしている。
「よっ、どうしたんだお前、一人で」
斎藤が気さくに近づいていく。しかし、女の子は遠くを見つめたまま、返事をしない。口は真一文字に結ばれ、真っ黒な瞳はそこらの景色しか捉えていないように見えた。
「一人で遊んでるのか?」
「……」
「今日、休みだろ?」
「……」
「一人じゃ、危ないぞ?」
「……」
「あの……」
「……」
「……っはは、なぁんか、ごめんよ」
女の子の無言に完敗し、辛そうな表情で回れ右をする斎藤。虚しい。それでもお前は斎藤か。
「んだぁ?そんな顔するなよ」
とぼとぼと離れたところまで歩いて行き、しゃがみこむ斎藤。溜め息のようなものを吐き出しているように見える。おいおい、お前の精神力はその程度だったのか。お前の強みはそのメンタルだとばかり思っていたのに。
斎藤が情けないので、仕方なく俺も挑戦することにする。
「よ、よう」
「……」
「あのさ、別に何が気になるってわけでもねぇんだ」
「……」
「ただ、君が一人で遊んでいたのが、不思議だった」
「……」
「それだけだ」
「……」
おいおい子供相手にどんな話し方してんだ俺は。逆に怪しさが溢れ出てんじゃねぇか。
「あー……だからその」
そこまで言ったきり、俺は目を背けてしまう。
おう、すまん斎藤。確かにキツい。女の子が本当に生きているのか、マジで怪しくなるレベルに無反応なのである。子供にも関わらず謎の緊張感や圧迫感と呼べるものがあって、予想以上に精神を削られる。
するりと回れ右をする。
ごめん、やっぱりなんでもないや。
そう言ってから、斎藤に習おうと思った。素直に。
「ごめん、やっぱり……」
その時だった。
穏やかだった風が一瞬強まった。遠くの山で、森が鳴くのが聞こえる程に。
そして。
「だから……なに?」
凛とした鈴の音が、漂っていた締まりのない空間をすっきりと割りさった。
振り返ってみる。
全く表情は変えないまま、しかし今度は俺の目をしっかりと見据えた女の子が、力無く立っていた。
「だから……なに?」
恐らく、この「力無く」という言葉は正しくない。この女の子はきっと、力強い。なぜだかそれはすぐに分かった。だがそれは表面に浮いて見えるものではなく、彼女の中にある何物かを表現するときに初めて用いられるであろう、強さである。
故に、彼女は力無く、立っているように見えた。
「あー……だからだな」
まさか反応が来るとは思っていなかったから、解答を用意していなかった俺はもちろん言葉に詰まる。
そして詰まった結果、きっと焦燥感が回路に何かしらの悪影響を与えたのだろう、俺自身も理解の出来ない質問が口から飛びだしてしまったのである。
「お前……」
もう一度女の子の方に体を向けながらその言葉を紡ぎだした俺の口は、一旦停止という四文字を知らない。
「ゲームは好きか?」
それでも女の子は、表情を変えなかった。