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六話目

 翌日、またメアは俺のところに来た。しかも、今度は大きなバスケットまで持って。

「こんばんは、ウル」

「だから……帰れって言っただろ?」

「ええ。でも、来るなとは言われてないわ」

 言われてみれば、確かに言ってなかったような気がする。しかし、揚げ足を取るとは中々やってくれる……仕方ない。こうなれば――

「なあ、メア」

「なぁに?」

「あのな……俺は囚人なんだよ。悪人なんだ。罪を犯して、ここに入れられた」

 それからしばらく、彼女は黙り込んでしまう。さすがにショックだったのだろう。当然の反応だ。

「……それは、本当なの?」

「ああ。そうだ」

「でも、あなたはそんな悪人には見えないわ。だって、最初に会った時も、今も、優しくしてくれているもの」

「……それが嘘かもしれないんだぞ?」

 はぁ……本当に聞き分けのない困った子だ。こうなれば最終手段である。

 すっと立ち上がり、椅子ウサギの元へ向かう。すやすやと気持ちよさそうに寝ている椅子ウサギの上に勢いよく座った。すると、のそのそとした動作で獣の姿へと変化。すぐさま、俺は穴の方に視線を戻す。

「見ろよ。俺はこいつと同じ化け物なんだぜ? 怖いだろ? なぁ?」

 一歩ずつ、一歩ずつ俺と椅子ウサギは穴の方へと向かっていく。しかし――

「あの……これ」

 穴の方からスッと白い腕が伸びてきた。そこには一切れのパンが握られている。

 だがそこは――椅子ウサギの射程圏内だった。何とか制止しようとしたが、それを振り切って脱兎のごとく駆け出し、その大きな口を開け、

「グルゥ……」

「きゃっ!」

 そこから伸びる細長いピンク色の舌でその手を優しく舐めた。それがくすぐったかったのか、メアは小さく声を上げる。しかし、嫌そうな感じはなくむしろ好意的な印象を抱いているようだ。

「いい子いい子」

 穴のほうまで身を寄せた椅子ウサギの背中を愛おしそうに撫でるメア。椅子ウサギは撫でられつつ嬉しそうにパンを齧っていた。信じがたいことだが、すでに友好関係が築かれているようだ。

 あの野郎……俺にはいきなり襲いかかってきたくせに。まさか少女趣味か?

「ガウッ!」

 こちらの意を読んだかのように吠えてきた。しかし、メアが優しい手つきでそれを宥める。完全に、手懐けていた。

「ねえ、この子のお名前は?」

「……椅子ウサギ」

「じゃあ、椅子ウサギさん。ウルは悪い人?」

「グルゥ」

 ブンブンと何回も首を振る椅子ウサギ。俺が目の前にいるから気を遣って否定しているのかもしれないが、出来ればここは口裏を合わせてほしかった。変なところで忠誠心が厚い奴である。

「ほら、動物は正直だもの。あなたは悪い人じゃないわ。それより、ウル」

「何だよ?」

「外の世界って知ってる?」

「外の世界? 数百年前に見たきりだからなぁ……今は知らない」

「数百年? どういうこと?」

「……俺は不老不死なんだよ。数百年以上前からここに投獄されている」

 その答えは予想外だったのか、メアのハッと息を呑む声が聞こえてきた。だが、次の瞬間には嬉々とした声で問いかけてくる。

「じゃあ、その時のことを聞かせて。あなたがどんなところで育ったのか、どんなものを見たのか、すごく知りたいの」

 正直断りたかったが――断ったらおそらく椅子ウサギがキレる。まぁ、そんなことは関係なく、俺はこの不思議な少女に少しばかり興味が湧いた。話すのもやぶさかではない。

「俺はな、魔法使いの家系に生まれたんだ。それも、名門のな」

「じゃあ、魔法が使えるの?」

「ああ。けど、今は使えない。これがあるせいでな」

 両手足に付けられた枷を指さしながら告げる。

 これらはただ俺の行動を制限するだけではなく、組み込まれた封印の術式によって魔力を封じているのだ。つまるところ、俺は一切抵抗ができない状態である。

「そう……それを外せば使えるの?」

「もちろん。自慢じゃないが、それなりに優秀な魔法使いだった」

 ――だからこそ、こんな体になってしまったのだが。

 思わず呼び起こしてしまった過去の忌まわしい記憶に舌打ちしつつ、言葉を継げる。

「俺の父さんや母さんは、そりゃあすごい魔法使いだった。この国じゃ知らない奴はいなかったし、当時は戦争をしていたからそこで大きな戦果を挙げていた……けど、死んだ」

「戦争で?」

「いいや。遠征に出ている時にな、がけ崩れに巻き込まれて死んだ。魔法を使おうにも間に合わず、あっけない死だったと聞いてる。その時に……俺は恐怖した。どんなに偉大な魔法使いにも死は訪れると知ってな。当時まだ七歳だった俺は、家の書物をひたすら漁ってある物を探した」

「それは?」

「決まってるだろ……禁書だよ」


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