四話目
「オラ、とっとと入れ」
「ったく、少しは優しく扱えっての!」
苛立つ俺をよそに兵士たちはテキパキと椅子を牢の中に入れ、すぐさま鍵をかける。
「では、な。行くぞ、お前ら」
ぞろぞろと階段を上っていく兵士たちに侮蔑のまなざしを向けたのち、椅子にどっかと腰かけた。やはり座り心地がよくて、気を抜けば眠りそうだった。が、しばらくしてそれは椅子ウサギの姿に変形する。できればもっと座っていたかった。
「グルゥ?」
「ああ、今日からここがお前の部屋だとさ。よろしくな」
もう俺に対する警戒心はすっかりなくなったようで、椅子ウサギは嬉しそうに身を寄せてきた。ふわふわとした毛皮に身を包まれながら、俺はそっとこいつの体に手を触れる。
「悪いな。ちょっと調べさせてもらうぞ」
あらかじめ了承を得てから注意深く椅子ウサギを観察していく。隅から隅まで、一切見落としがないように注意深く見ていった。
それから数時間――あらかた検証が終わり、俺はほっと安堵のため息を漏らす。大体だが、こいつがどういった生物かがわかってきた。
まず、椅子ウサギは複数の生物を合成している。それも、ただのウサギやクモではなく、魔物の類。一角兎とアラクネ。それから擬態能力を身に着けているミミック。だからこそ、椅子の形態模写がスムーズにできていたのだ。
次に、生態についてだ。こいつはどうやら椅子に座った相手を認識し襲撃する性質があるらしい。座った時にすぐ変形しなかったのは、おそらく読み込みに時間がかかったためだろう。逆を言えば、一度読み込みが完了した状態なら座るだけですぐに起動できるということでもあるが。
ただし、どうやら活動時間には制限があるらしい。感覚からすると――大体一時間。それを迎えると自動的に椅子の姿に戻るようになっている。中々よく作られた合成獣だ。
「グゥ……?」
「ああ、気にするな。ちょっと考え事をな」
心配そうな椅子ウサギの頬をそっと撫でてやる。見かけは確かに怖いが、実はめちゃくちゃ良い奴だった。これはあいつらに感謝しなければなるまい。いい同居人ができた。
「……グ?」
今まで気持ちよさそうに目を細めていた椅子ウサギがとっさにその目を見開き、前かがみになって檻の向こうを見やる。少し耳を凝らせば、誰かが階段を下りる音が聞こえてきた。おそらく、こいつは俺を守ろうとしてくれているのだろう。
徐々に大きくなっていく足音。そして現れたのは――いつもの青年だった。だが、兵装に身を包んだ彼を椅子ウサギは敵と認識したようで、この檻全体が震えるような咆哮を上げた。
「ひっ! ま、待って!」
「こら! 椅子ウサギ!」
勢いよく彼に突進しようとする椅子ウサギの尻尾を掴み、思い切り引っ張る。するとなぜそうされたのかわからないようで怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
「あのなぁ……そいつは襲わなくていいの。てか、お前は立場的にはそっち側なんだから、襲っちゃダメ。わかったか?」
「ギュゥ……ガウ」
「よしよし、いい子だな」
椅子ウサギも事情を理解してくれたようで、すぐに戦闘態勢を解いてくれた。だが、未だに青年の方はあっけにとられた表情でこちらをまじまじと見ている。目の前で起こっていることが把握できないのだろう。まぁ、当然だが。
「夕食持ってきてくれたのか? ありがとう」
「い、いえ……それにしても、あれは……最近開発された合成獣じゃないですか? まさか人に懐くなんて……」
「ハハ、同じ化け物だからな。すぐに仲良くなれたよ」
化け物や怪物と呼ばれるのには慣れたが、まだ俺を人と言ってくれる奴がいるとは驚きだ。正直自分でも人間であるという意識は薄いというのに。
「ほれ、椅子ウサギ。お前も食え」
「ガウ!」
先ほど散々血肉を与えてやったが、聞き分けがよかったご褒美だ。これからは少し礼儀や何かしらの技を教えてやる必要もありそうである。
「では……自分はこの辺で」
「ん。お疲れさん」
「あ、それから……ありがとうございました! 庇ってくださって……このご恩は忘れません! では、失礼しました!」
まくしたてるように言って去っていった青年。正直――久しぶりだった。人に礼を言われるのが。感謝をされるのが。
彼の足音を聞きながら、残りのパンを一かじり。当然のごとくこれもパサパサだったが、なぜだかいつもよりもおいしく感じられた。